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第四章 死闘 〈2〉

 あまりにもぶしつけな質問に明宏は面喰らった。


土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動とは異なるが、人のものではない波動が混じっておる〉


〈あ、やっぱお前も感じるか。おれの気のせいかと思った〉


 亀鞍要も追随(ついづい)した。


「……でもでも、私は人儺(じんな)の波動を感じましたけど、明宏さんから人儺(じんな)の波動は感じないのです」


 一介の三級感知退儺師(たいなし)が〈百眼(ひゃくがん)〉の感知へ口をはさむのは僭越(せんえつ)だが、ともに死線をくぐりぬけた仲間をののしられた気がして、美千代は黙っていられなかった。


 彼女の感じた人儺(じんな)の波動を椎名季武(すえたけ)や亀鞍要へ送る。


〈なるほど。これが人儺(じんな)の波動か。少年からは微塵(みじん)も感じられねえな〉


 亀鞍要が首肯した。


「でしょ、ですよね?」


百眼(ひゃくがん)〉の口元に小さな笑みが浮かんだ。


〈みどもは少年に「人間か?」と問うたが、それは必ずしも土鬼蜘蛛(つきぐも)人儺(じんな)を疑うものではない。少年の右腕から強い退儺(たいな)の波動が出ておる。少年が土鬼蜘蛛(つきぐも)の類いであれば退儺(たいな)の波動を放つことは矛盾しておる〉


 その言葉に千草が息を呑んだ。あまりにもいろんなことがありすぎて忘れていたが、人儺(じんな)との戦闘中、明宏が尋常ではない波動を持つなにかを手にしていたことを思いだした。


 明宏も無意識に右腕をかばう仕草をした。彼自身、自分の右腕に伊織の内からあらわれた青磁色の刀があることを感じていたためだ。


〈しかも、その波動、蜘蛛切の太刀に似ておる〉


「……蜘蛛切の太刀?」


 明宏が首をかしげた。


「昔々、源頼光(よりみつ)が葛城山の土蜘蛛退治の際に、伊勢大神宮から賜ったとされる伝説の太刀なのです。土蜘蛛を斬ったから〈蜘蛛切〉って云うネーミングは、そのまんまじゃん! って感じですけど、土鬼蜘蛛(つきぐも)を一刀両断できる、世にもめずらしい退儺(たいな)の武器なのです」


〈ま、葛城山の土蜘蛛退治とか、伊勢大神宮から賜ったっつーのは眉唾モンだけどな。蜘蛛切の太刀は退儺(たいな)六部衆のじゃじゃ馬〈羅刹姫(らせつき)桐壺雷華(きりつぼらいか)の武器だ〉


 美千代と亀鞍要が説明した。


〈あらためて問う。少年。その右腕はなんだ?〉


「正直、ぼくにもよくわからないんです。……ぼくは人儺(じんな)に吸いこまれそうになった伊織さんの腕をつかんだつもりだったんです。だけど、伊織さんはぼくの腕をすりぬけて……あの刀をにぎっていたんです。あの刀は人儺(じんな)の左腕をふき飛ばしたあと、ぼくの右腕に吸いこまれました。今も意識すると右腕の中に刀のある感覚がします」


 明宏は冷静に言葉を選んで説明したつもりだったが、ほとんど説明になっていなかった。


 しかし、椎名季武(すえたけ)は明宏の舌足らずな説明を他のさまざまな情報とつきあわせることで理解した。


〈伊織どのの内からでてきた退儺(たいな)の刀と云うわけか。……伊織どのは少年の母の姉だそうだな〉


「ええ。どうしてそれを?」


〈タエさまから報告を受けて、追儺(ついな)局が穴森鬼十郎の家系を調べなおした。穴森鬼十郎直系の子孫である伊織どのに土鬼蜘蛛(つきぐも)を斬る退儺(たいな)の刀が封印されていたとすれば、同じ血統の少年がその刀を手にしたとしてもふしぎな話ではない〉


〈そんな高度な鬼術、あり得るのかよ?〉


〈みどもら純系の退儺師(たいなし)にも〈補強者〉しか生まれぬ鬼術がほどこされていると云うではないか。穴森鬼十郎とかかわった退儺師(たいなし)によってほどこされた封印鬼術であろうな〉


〈ふぅん。昔の人はすげえな〉


 わけのわからない感心の仕方をしている亀鞍要を尻目に、椎名季武(すえたけ)が明宏へ声をかけた。


〈少年。みどもにその右腕触れさせてほしい〉


「わかりました」


 明宏は座った姿勢のままにじりよると〈百眼(ひゃくがん)〉のかざした手に右腕を触れさせた。


 千草の苦手とする〈接触テレパス〉で明宏のすべてを瞬時に読みとった〈百眼(ひゃくがん)〉が愁眉(しゅうび)した。


〈つらい想いをしたな、明宏どの。伊織どのは恩人とも母とも(した)う女性であったか〉


 明宏は顔を伏せた。伊織を想って泣きそうになったからである。


〈まだつらい想いをするであろう。……こんな言葉が慰めになるとは思わんが、右腕に宿るその刀は伊織どのの強い愛の波動で満たされておる。伊織どのは刀の姿となって、そなたとともにあると思うがよい〉


 明宏は右腕がぼうっと熱くなるのを感じた。そこにはあたたかく強い力がみなぎっていた。


〈そなたの右腕に宿る退儺(たいな)の刀は、そなたの意志で出し入れ可能なはずだ。火急の際には意識せずともあらわれるだろうが、今後の戦いに備えて自分の意志で出し入れできるよう練習をしておくとよい〉


「……はい」


 どのような練習をおこなえばそんなことが可能になるのかまったく見当はつかなかったが、とにかくなにかしてみるしかないと明宏は思う。


 椎名季武(すえたけ)は、助言を求めず泣き言を口にせず、すなおに首肯した明宏へうなづくと全員へ向きなおった。


人儺(じんな)が複数匹の土鬼蜘蛛(つきぐも)をしたがえて襲来する可能性は否定できぬ。今後は複数のチームで退治に臨む必要があろう〉


〈そうだな。とりあえず46都道府県の退儺(たいな)国区長へ人儺(じんな)の波動を送って、全感知退儺師(たいなし)へ伝えるよう〈念話〉しておいた〉


 亀鞍要がこともなげに云った。椎名季武(すえたけ)が明宏を視ている間にそれだけのことをおこなっていたのだ。


 ふつうの感知退儺師(たいなし)には到底不可能な芸当に千草や美千代が舌を巻いた。


 ちなみに、46都道府県と云ったのは沖縄県が除外されているからだ。沖縄県に土鬼蜘蛛(つきぐも)の出現例はなく、現役の退儺師(たいなし)もいない。


〈さすがに仕事が早いな〈張界(ちょうかい)師〉。〈修復師〉どのはこちらへ預けて、みどもらは追儺(ついな)局へ戻り〈五古老〉と今後の対策を協議するとしよう。よろしいかな、タエさま?〉


「ほう、ほう。異存はござらん。なにとぞよしなに頼みましたぞ」

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