表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

6

 起きて、制服を着て、荷物をまとめる。


 上機嫌だな、と思いながら部屋を出て、天気図を貰ってくる。


 風はほぼ追い風。ワンシーターだから、誰かが菱垣の家まで彼女を送っていくのだろう。


 地形も平坦だから、特に気を付けるべきことも無い。


 前脚は出したままにするべきかもしれない。戦闘機だと風圧で壊れてしまうが、この程度の機体なら問題はない。


 ついでに、何かあったときの着陸地点も確認しておいた。多分、どこにだって降りられるだろう。


 離陸は2時間ほど後だ。


 僕は先に行って、プリフライトチェックを済ませた。


 機体の構造が単純な分、殆どすることがない。すでにエプロンに出されていた。


 宿舎に戻ると、彼女が起きていた。まだ半分ほど寝ている彼女を連れて、食堂へ行く。しかし、二人ともほとんど食べない。スープを飲んだだけで、あとはコーヒーを飲んで片づけた。


 彼女も、コーヒーとビスケットだけだった。大きいのか、割って食べている。彼女の小さな口を見た。


 目を逸らして、窓の外を見る。滑走路側に大きな窓はない。かなり安全側の設計である。


 元に戻ると、彼女がこちらを見ていた。どうやら、起きたようである。


 「今日、ここ所属のフライング・コルベットで帰る。質問は?」


 「編隊を組んでですか?」


 「そう。こちらに合わせて」


 「宙返りはしますか」


 「しません」彼女は真面目な顔で答えて、吹き出した。「でも、ロールぐらいならいいでしょう。いや、そうね………多少の慣らしは必要かも」


 「了解。…………あ、一つ思い出しました。増設キットについてです」


 「増設キット?」


 「尾翼と、フロートです」


 「フロートは、簡単。でも尾翼は……」


 「削れば着きそうな気がしますが」


 「いえ、逆よ。水平対向エンジンのビームマウントを削って、防火壁を強化してそこにエンジンを付けてあるから、ちょっと難しい」


 「分かりました」


 「他は?」


 「いつから機体が来ることを知っていましたか?」


 「質問は一つだけだったわね」彼女は即座にそう返して、微笑んだ。


 誤魔化されているような気がするが、仕方がない。


 僕はため息をついた。彼女の空のコップと皿を自分のトレーに乗せて、立ち上がった。


 「怒らせてしまったかな」


 「いいえ、怒ってはいません」


 「へえ、是非、気分を聞かせてほしい」


 「絶好調です」僕は彼女を軽く睨んで、そのまま一度も振り返らずに返却口に進んだ。


 勿論、怒っているわけでも不機嫌になったわけでもない。ちょっとした意思疎通のようなものである。それを口頭で言えないのが、つまり煩わしい社会性って奴だろう。


 彼女と合流して、食堂から出る。彼女も僕も荷物というほどの荷物はない。彼女はフライング・コルベットの方へ歩いて行った。機体の前に立っていた男と会話しているのが見える。


 僕は飛行前点検をざっとして、座席の後ろに荷物を置き、ゴム紐で固定する。操縦席に乗り込む。バッテリーを繋いでからマスター・スイッチを入れ、パーキングブレーキを踏んでからまた機体の外に出る。


 車止めを外して、こちらは機体後部側面内側についているツールボックスに入れておいた。


 フライング・コルベットの方を向くと、あちらもチェックを終えて、エンジンを始動するところだった。


 こちらも始動。こっちの方がずっと早くチェックを終える。


 向こうが動き出した。こっちの方が風上側なので、向こうが通り過ぎるのを待つ。


 ブレーキを解除。左に軸をずらしてついていく。


 フライング・コルベットが離陸。


 左に旋回して、トラフィックパターンに入った。離陸許可が下りる。向こうは待ってくれているらしい。


 親切な奴だ、と思いながら速度を落とさずに、加速しながら滑走路に入る。


 少し脅かしてやろう。


 スロットルを全開に。向こうは高度500フィートだ。向こうが並走する。高度差500フィート、横にもそれぐらいある。


 ぎりぎりまで我慢して、少しだけ引き起こす。前脚を引き上げる。


 ロックした音が聞こえた瞬間、右に捩じりながら引き起こす。世界が捻られながら動く。相手の前方上空を急旋回で横切る。


 瞼ぎりぎりにフライング・コルベットが見える。


 スロットルを落とし、引き続ける。


 相手がこちらを追い抜く。


 ラダーは踏まない。


 加速。


 水平へ。


 相手の右後ろ50m程につけた。


 『おい、危険飛行は───』


 『機体はどう?』


 「かなり良いです」相手のパイロットを無視して会話する。


 『そう。ならぶつけない限り問題はないわ』


 「了解」本当は問題だらけだろう。


 機体を背面に入れる。+Gの運動に強い分、−Gの運動はあまり得意ではないようだ。


 ピッチは早い。ロールも及第点。ただ、ヨーが弱い。


 二重反転の特徴だが、機体の運動がニュートラルで、操縦桿を引けば機首がほぼまっすぐ上を向く。少し特異な部類に入る挙動だ。


 川の上空から逸れ、目的地へ進む。


 フライング・コルベットが高度を落とし始める。


 僕もスロットル・レバーを引き、降下。


 500フィートになったところで巡航に戻し、水平へ。向こうはやがてまた降下しはじめ、最終進入に入った。


 ダウン側に一度緩い旋回をして、180度回ったところでスロットルを絞る。


 降下旋回。


 前脚を降ろす。


 スロットルカット。


 プッシャで、フラップがないからそこそこ早く進入。


 水平に起こした時には、もうあと100フィートぐらいだった。


 そのまま降下。ごくわずかにフレアを掛ける。


 着陸。


 減速。


 ブレーキは掛けない。


 そのままハンガーの前へ。


 最後だけブレーキ。


 キャノピーを跳ね上げ、マスター・スイッチを切る。バッテリーを外し、車止めと荷物をもって降りる。


 車止めを挟んで、荷物を背負ってキャノピーを降ろした時には彼女が近くまで来ていた。


 少し慌てて、ラッチに鍵をかける。


 鍵をポケットに突っ込み、彼女の方を向く。彼女は今閉めたばかりのキャノピーに顔を近づけ、計器盤を見ている。


 「どうだった?」


 「良かったです」


 「向こうはかんかんだったよ」


 向こうのパイロットはそのまま帰るようだ。


 エンジン音が再びなりだした。


 「機体は後でハンガーに入れておいて。多分、明日朝に雨が降る」


 「了解」


 彼女と管理棟に入る。自室で荷物を降ろし、溜息を吐く。


 敗戦国のパイロットが復員せずにここに住めているのは、彼女のおかげといえる。


 僕としては不満もないし、満足している状態ともいえる。


 ただ、戦争の時の夢を見るたびに、次戦うのはいつだろうか、と考える。


 きっともう、空戦には参加できないだろう。


 それどころか、戦闘機に乗れるかすらも怪しい。


 それが、際限なく苦しい。


 ああ、でも…………。


 せめて、彼女のサポートだけでもしないといけない。


 彼女の戦時中の記憶は大部分欠け落ちてしまっている。彼女のような才能をここに隔離しているのも、それが原因だろう。


 服を脱いで、シャワーを浴びる。


 鏡を見ると、一人の女が泣いていた。


 全く、惨めな奴。


 哀れな奴。


 呆れてものも言えない。


 「同情か?笑わせる」


 僕の口から、溜息に交じって言葉が混じった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ