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混合比を濃くし、キャブも調整する。
スロットルを絞る。
(なんとなく作者の蛇足
上昇するときにエレベータを引き、速度を増したいときにスロットルを増すと考えている人が多いが、それは現代の超音速ジェット機だけで、他のほとんどの航空機は速度をエレベータで調節し、高度をスロットルで調節します)
なんとなく、左前を見る。
後方を見て、前を見る。もう一度チェック。
エプロンに並んでいる小型機。フライング・コルベットなど民間機もあるが、殆ど軍用機だ。
「ADS1254、こちらT5098。リクエスト・アプローチ」
「T5098、こちらADS1254。ユア リクェスト ワズ アラォウド ウィズ 123」
「了解」
横風もなく、簡単すぎる。
スロットルをさらに開き、フラップを降ろす。機種が上がるのを押える。
そのまま。
速度が150km/hを切る。
維持。
操縦桿を少し押し込む。左にラダー。
戻し、維持。
あと十秒。
フレアを掛けはじめ、機首を水平に。
落ちるに任せる。
最後は地面対降下に任せるように、柔らかく。
スポンジすらへこませない程、緩やかに。
地面に置くようなランディング。
操縦桿を引いて、徐々にブレーキ。
スロットルをカット。
速度を殺して、タキシー。
位置通信装置を切る。
エンジンも止めてしまう。
駐機位置へ。
ブレーキを踏んで、止める。
パーキングブレーキに。
無線を切る。
イグニッションを切る。
キャブをクローズ、燃料も切って、マスター・スイッチをオフ。
バッテリーを外す。トリム中立。
車止めを挟む。菱垣はそれを見届け、機体の外に出る。
僕は自分の席の後ろから車止めを取り、ランディングギアを挟む。
機体を周って確認。機体をロック。
彼女の待つ司令塔へと急いだ。
ドアの前で息を吐き、腰のホルスターと足首を確認してから、押し開いた。
彼女がこちらを向く。
「こちらがテストパイロットの篠滝翠覇です」
「篠滝です」咄嗟に言う。
「中尉です」彼女が補う。知らなかったことだ。
「村山だ」彼は手を差し出してきた。握手。「開発部にいる」
「篠滝中尉は説明は不要ですよね」
「ああ。戦時中はよく聞いたね」彼はこちらを向く。「君に頼みたいのは、プッシャのエンテ翼機の失速テストだ。機体は中古のアクロバット機だが、エンジンは新品の800馬力二重反転のものを積んでいる。交換できるものはすべて交換した状態だ。質問は?」
「エンジンの性能とブレークインの有無を」
「4ローター二重反転式、800馬力で220kgで直噴式。100オクタンのガソリンで回している。工場でもうすでに慣らしているが、高空では回していない。絶品だ」
「あまり子細な結果は取れないかと」
「織り込み済みだ」
「どこか改造個所は」
「重心が移動しやすいよう、水バラストを積める。カナードをオールフライングにした」
「単座ですか」
「単座だ」
「整備は」
「常勤の整備士が担当する。機体構造は簡単だから、簡単な整備なら女史でもできる」
「脚は」
「固定で、前脚のみ稼働だ。実験の時は前脚の沈み具合で重心が図れるようになっている。低圧のものに変えてあるが、着陸は用心してくれ」
「測定機器はどこに載っていますか」
「機首に積んである」
「以上です」
「明日までにマニュアルを読んでおいてくれ」村山は紙袋を手渡す。僕はそれを受け取った。
「二人部屋だが宿舎のゲストルームを用意してある。場所は彼………」彼は受付の中に座っていた男を示した。「彼に案内させる。食事は一階の食堂で摂れる」
「ご厚意、感謝いたします」彼女が頭を下げた。僕もそれに倣う。
「いえいえ…………では」彼は奥へ引っ込んだ。
「では、ご案内いたします」
案内について、二階へ向かう。
「荷物を置いたら見に行っていいわよ」彼女が不意に言った。
「どうしてわかったのですか?」
「顔に書いてある。見に行きたいって」
僕は鏡を見て、手を頬にはわせた。勿論、書いていない。
彼女はそれを見て笑った。
荷物を置いて、すぐにハンガーへ向かう。
少しだけ雲が出ていた。
指定のハンガーの中へ入ると、その機体があった。
白い塗装。胴体下面だけ濃い藍色に染められている。
かなり小さい。中古と言っていたが、見たところ新品にしか見えない。どこかの格納庫で眠っていたものだろうか。
かなりの部品をFRPで作っているようだ。ざっと見た限り、エンジン回りと足回り、コックピットとリンケージに使われているだけだ。
カナードはやや大きい。
エルロンに触って動かしてみる。かなり軽い。スタビライザはプロペラに干渉しないかなりきわどい位置にあった。そこに脚もある。
機首にピトー管。
タイヤを見てみた。言われてみれば少し大ぶりな気もしたが、そこまででもない。
二重反転プロペラのお陰で、かなり脚が短い。そのため、主翼付け根かなり胴体側に増槽がある。
機体のハッチはかなりシンプルな構造だ。ヒンジもかなり細い。
リブの延長がそのままヒンジ部になっているようだ。
プロペラを見てみる。モーター式の可変ピッチだ。
コックピットもほとんど取り換えられている。
ハッチを開けてみる。水バラストがあるが、今は半分ほど入っていた。
エレベーターのリンケージ部はアルミ製で、かなり単純な構造だったが、堅牢そうだった。唯、少し重そうなのが気がかりではある。その分重いエンジンを載せた、というのもあるかもしれない。
ハッチを閉じる。前脚も見てみたが、こちらは低圧タイヤでもないようだった。
機首のピトー管はまるで木の枝みたいになっている。
主翼はウィングレットがついている。下向きのものが太いので、翼端スキッドの役目もあるかもしれない。
触ってみてわかったが、FRPの中は翼端は発泡樹脂のようだ。
エルロンもかなりきれいだ。
スタビライザは後縁から突き出していて、ラダーが後縁を全面的に覆っていた。
エンジンを見てみる。吸気と冷却にかなり気を使っているようだが、シャッタは外されていた。この地域はそこまで寒くはない、ということだろうか。
エンジンから少し離れたところに、ローター同期装置がつながっている。シャフトが一本ならいらない装置だが、二本だと必要になるのだろう。
プロペラはカーボン製。地面に擦ったら飛び散りそうだな、と思う。
足掛けの位置を確認しておく。一個しかないが、下手したらそれすら要らないだろう。
コックピットから手の届く位置にある。
上ってみる。狭いが、僕には丁度良い。
残念だが、後ろはあまり見えない。
キャノピーはかなり軽い。背面で落ちたら簡単に破れるだろう。
いくつかの計器は抜いてある。有視界飛行のみの使用だろう。