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「そういえばこちらの国でLevel3滑走路って何なのでしょうか」
「Level1が100m以下の障害物の無い土地、Level2が100m級の土地、Level3が200m級」
「200m?何もできないのと同じでは?」
「貴女なら?」
「JATO搭載で、ワイヤー切り離しのスタンディングテイクオフでも武装して一時間ちょっとです。複数機なら同じ手は取れませんから、さらに短くなる」
「そう。この項目にあまり意味はないわね」
「どういった使い方が考えられますか?」
「単純に、機体の避難でしょうね。大きな基地は狙われる」
「なるほど」
「そうそう、かなり前の機体で、面白い構造をしている機体があったわ」
「何ですか?」
「円錐状の構造で、厚めのジェルラミンの筒をブロックごとに分けて作って、隣の筒に被せてリベットで止めるの」
「空気抵抗が凄そうですね」
「まあ、わざわざ安くする必要もあまりないわね」
「採用するんですか?」
「まさか」
菱垣はそのまま溜息をついた。
送られてきたエンジンの図面を手で弄んでいる。
「このエンジンを搭載した機体に乗ったことがないのですが」
「ええ。ウェーヴ癸-C位が積んでたかしら」
「ああ、それではわかりませんね」
「RD-4600を二重反転にしただけだからね」
「ロータリーでもですか?」
「ロータリーだからこそ、といえるわね。レシプロだとシャフトに平行に二台積むか、一本のシャフトからギアで二つに分けるしかなかったから、損失が大きかった。でもロータリーならシャフトと駆動部分が干渉しないから、二重反転にしやすいのよ」
「そうだ、ちょっと飛んでもらいたいのだけれど、いい?」
「どこでしょう」
「ここから300km南。研究部門よ」
「ここからですか」
「そう。52式連絡機があったわよね」
「え…………でも鹵獲機ですよ」
「問題ないわ」
「分かりました」
「一時間後に」
「了解」
敬礼して、外に出る。気温はやや低い。もうすぐ冬だろうか。
ハンガーに近づく。鍵を開けて、パネルを操作してシャッタをあげる。
闇は光に照らされ、
濃紺の単発高翼機が姿を現す。
プロペラとスピナーを確認。
カウルの下端ハッチを外し、除き込む。
V6エンジンに手で触って点検する。異常は見たところない。キャブレターもOK。オイルも許容範囲内。
念のため上端ハッチを開け、もう一度確認。
ハッチを閉め、ロックする。
ランディングギアも異常なし。タイヤを蹴って、空気圧を確認。
ドアを開け、コックピットに入る。交換したからか、計器だけが妙に目立つが、異常なし。キーをひねって、ロックを解除。
操縦桿を動かし、ラダーペダルを踏む。こちらもOK。トリムを中立に戻っているのも確認。今日は人間二人だけなので、エレベータトリムを少しだけアップ側に。
操縦席の後ろに整備記録と耐空証明が載っていることを確認。
イグニッションとマスター・スイッチ、それから無線が切れているのを確認してから、バッテリーを繋ぎ、マスター・スイッチをひねる。
駆動音が鳴る。
燃料をチェック。主翼タンクにつなぐ。
フラップを降ろし、コックピットから降りる。マスター・スイッチを切る。
ランディングギアの足掛けから主翼上面が見える位置まで登り、上面を点検。燃料タンクも点検する。
飛び降りて、フラップが降りているのを手で押す。動かないのを確認。エルロンも手で動かす。ピトー管も確認。カバーを外す。
機体後部へ。エレベータとラダーを確認。尾輪も見ておく。トリムも点検。少し上がっている。
左翼に。燃料タンクを見る。息を吹きかけて失速警報装置が動くことを確認しておく。
ドアを開け、コックピットでマスタースイッチを入れ、フラップを戻してすぐに切る。
車輪止めを外し、左側操縦席の後ろのポケットに入れる。
尾輪をドリーで挟み、押す。
近づいてきた彼女が僕を観察する。キャリーバッグと筒状の容器を持っている。
二輪用のドリーがあれば自動車で引っ張れるのだが、彼女は未だにそれを用意してくれていない。
ハンガーから押し出して、止めておく。
彼女の方を見る。彼女は頷いて、左側の席に着いた。
僕は右側の席に着き、もう一度計器を確認。
マスター・スイッチを入れて、スロットルを少し前に。
周囲を見てから、セルを回し、点火した。
始動。
振動がやや収まり、油圧が上がる。
無線をオン。位置システムも入れる。
ブレーキを切り、スロットルをもう少し出した。操縦桿から手を放す。
もう一度すべて見直す。
風向きに相対する。滑走路といってもただの草原なので、真っ直ぐに相対させる。
そのまま、スロットルを押し込んだ。右にラダー。
加速。
音に耳が慣れたのか、寧ろ静かに聞こえる。
操縦桿を押し下げ、それに合わせてさらに右へラダーを切る。
機体は少しふらつき、そのまま浮き上がる。
上昇し、すぐに巡航高度へ。そもそも、巡航高度が低い。
嫌になる位の晴天。
混合器とスロットルを離昇から巡航へ。
旋回し、進路を南に取った。
「わからないわ」突然、彼女の声。
「え?何ですか?」
「分からない、と言ったの。どうして貴方達が戦ったのか」
「戦争の原因ですか?」
「違う。貴方達が戦う理由。パイロットでなければ、体格的に第一線で戦うことは無いでしょう?」
「そうですね」
「どうしてパイロットになったの?」
「飛びたかったから」
「民間機では不足?」
「ええ」
「アクロバット機でも?」
「戦闘機の方が、満足できるでしょう」
「どうして?」
「その方が、自由ですから」
「でも、相手から逃げないといけないし、相手を追わなければいけない」
「ええ」
「どうして自由だと?」
「さあ……」
本当は、答えを知っている。でもそれは言語に還元するにはあまりにも複雑すぎる。
彼女はしばらくこちらを見ていたが、やがて視線をそらした。
「この機体で、宙返りはできる?」
「おそらく」
「やってみて」
「今ですか?」速度計を見る。宙返りするには、少し足りない。
高度は十分だ。逆宙返りをしたって大丈夫だろう。
「冗談ですよね」
「あら、本気よ」
「何Gまで耐えるんでしょうか、この機体」
「5G」
「できますが、本当ですか?」
「やって」
「舌を噛まないように」
スロットルを押し上げ、操縦桿を引く。勿論、速度はあまりない。
地面が下向きに吹っ飛び、躰が引っ張られる。
左にラダー。
空しか見えない。
機体が真上を向く。
失速警報が鳴る。
速度がもう殆ど無い。
あと45度程。
失速まで一秒。
思いっきり左を踏み込む。
失速。
機首が右に振れながら、下がる。
操縦桿をニュートラルに。ラダーを減らす。
アップ。
地平線が見えてきて、カウルの上で止まった。ラダーもニュートラルに。
スロットルを、巡航に。
「以上です」
「えぇ………」彼女は止めていた息を吐いた。「失速してたわよね」
「ええ」
「普通は入れるの?」
「そうですね、敵が自分の速度を見誤っている、と思ったときは特に」
「そのあとはどうなるの?」
「うまく入れられたら相手は自分を見失いますから、そのまま下降して宙返りを終えた敵機の下から攻撃します」
「宙返りは丸くはないのね」
「上昇より下降の方が速いので開始地点より終了地点の方が低くなりますし、機動も楕円形になります」
「もうそろそろね。あの川に沿って飛んで」
「向こうの飛行場ですか?舗装されている」
「見えるの?」
「はい」
「そこへ」
「了解」