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不思議な黒い魔女

お久しぶりです。

学生の宿命、テストから帰って来ました。

ギル兄さんが去った春が過ぎ去り、暖かさの増していく初夏へと変わった頃。

あたしの生活が変わったかと聞かれれば、大きく変わったようで変わっていない。


兄さんがいない、その事実だけ。


でも、これもいい機会だと思う。

あたしは兄さんに依存し過ぎていた所があったからね。自分一人で何かをするなんて事、ほとんどなかったし。兄さんが過保護なのもあったけど、あたし自身がそれに甘えていた。いくら前世の記憶があると言っても、今世の今はまだ幼い子供だからね。

でも、ちゃんと自立しなくちゃいけないよね。


それに考えなくちゃいけない事もある。

彼を救うと言っても、どうすればいいだろうか。

彼の役目は魔物から封印と巫女姫を守る事。

直接は書かれていなかったがたぶん、その戦闘中に命を落としたんだと思う。


封印が弱まると、弱まってできたすきをついて魔物はこの世に出てくる。

出てくる魔物は強くて中の下くらい、ごくたまにもう少し強いのがいるくらいであとは雑魚ばかり。

でもそれが、質より量で襲ってくるのだ。それをたった一人で立ち向かうなんて馬鹿げてる。

それに魔物は本能に充実なだけのもいるが中には、知能が高くただ襲ってくるなんてしない奴もいる。


もし、それが混ざっていたら?


出てきた魔物は、封印の地の周りに張り巡らされた結界に封じ込められている。気休め程度のものとあったが。

封印を行う時には、余計なものは外さなければならない。そうなると今まで封じられていた魔物達が、暴れだすことなんて目に見えってる。


正に命を懸けた戦い。


あたしがそれに入っていけばどうなるか。

あたしに彼を救えるか。

答なんて知れてる。どうしろと言うのか。


ぐるぐる回る考えを往なそうとしながら、孤児院の裏にある林を歩く。

孤児院の子にとってここは、庭と変わらない。皆でここでよく遊んでいるし。


あたしは考えをまとめたいのと、気分転換をしたかったからここえ来てみた。

考えを巡らせながら、意味もなく歩く。

すると急に開けた場所に出た。考えていたから少し気づくのに遅れたけどね。


そこは、川だった。

周りは木に囲まれ、澄みきった青はゆっくりとけれどたしかに流れていく。

この川を越えて少し行けば、林が終わり町の外に出る。引き返そうかと考えていた時、視界の端に何かが映った。

動かした視線の先には。


黒く美しい人。


一瞬兄さんかと思った。兄さんも黒髪、黒目に黒い服ばかり着ていたし。物語の中でも黒い人て表現されてたから。


でも、違った。

美しく長い黒髪。どこか遠い場所を見つめる黒い瞳。簡素な黒いドレス。

そして、何よりも目を引くその美貌。

どんな絶世の美女でも、この人の前では悔しいの一言も言えないだろう。

この物語の世界の主人公と正反対な色合い。兄さんがそれを担うのに。

美しい人はこちらをじっと見ていて、あたしははっとしてしまう。見すぎていたよね。

何か言うべきか考えるが、何も浮かばない。口だけがまごまご動いてしまう。


「こんにちは」


美しい唇が開き、紡がれ流れる声もまた美しい。

姿に続き声まで聞き惚れてしまったあたしは、答えるのに遅れてしまう。


「…こ、こんにちは」


やっと出た声は少し掠れていて、川の音とともに流れ消えていく。

そして、奇妙な沈黙が流れる。

美しい人はあたしをあの黒い瞳で見つめて、微動だにしない。

あたしは、どうすればいいか分からずに動けない。

林を抜ける風。鳥の囀ずり。川の流れゆく音。それらを感じながら短く、長い沈黙の終わりを探す。


「ねぇ……あなたて不思議。でも普通なの。今まで会った人の中でとても不思議。……名前は」


この人が、何を言ったのか理解できなかった。あたしが不思議?たしかに前世の記憶はあるけど、見ただけで分かるはずない。

混乱する頭と逆に口はいつの間にか、名を紡ぐ。


「…マウ」

「…そう、マウ。マウ、マウ、マウ。覚えたわ。………ねぇ、こちらに来てくれない」


体は勝手に動き、足はたしかに一歩一歩土を踏み進んで行く。

美しい人は、裸足の足を川に浸けていた。あたしも同じように隣に座り靴を脱いで、川に足を浸ける。冷たい。まだ、川遊びには早いかな。


「ありがとう。……私は、ルーレ。ねぇ、あなたにとってこの世界は、何」


唐突な質問は、あたしの頭をぐるぐる回りだす。

何なんて言われても……。

この人はもしかして、知っているのだろうか。あたしが転生者だということを。


「あなたは……!」


何者と聞こうとした口は、人差し指を当てられ止まる。


「ドリフター。世界の傍観者。それと黒魔女とも呼ばれているわ」


聞いたことのない人。記憶にもない人。物語には関係ないから当たり前だけど、不思議な人だ。

変わることのない表情。静かに流れる川のような声。この人の美貌のせいか、纏う雰囲気のせいかこの世の人じゃないみたい。


「私は、知りたいの。あなたが……どう生きるのかを」


あたしがどう生きていくのか?

『私』はこの世界をたしかに知っていて、彼を救えたらって思っている。

でも、ここは“あたし”が生まれ育った世界でもある。


あたしは………。


その時、目の前を通り過ぎた一羽の鳥。

動いている。

囀ずっている。

生きている。


ああ。


流れていく川。

そよぐ風。

世界は動いている。

みんな生きている。

この世界は生きている。


「…産まれた世界。育った世界。生きる世界。大切な人達がいる世界。…大切な世界」


たとえこの世界が物語の世界でも、ここは“あたし”の大切な世界。


「そう、マウ。あなたは、そうなのね」


ふわりふわり、不思議な空気は流れ行く。あたしは、それに酔ってしまったように思考がうまく回らない。


「マウ、あなたに渡したいものがあるの。次に会う時に渡してあげる。………また、会いましょう」


声が空気に溶けるように、消えていく。

言葉の意味を理解した頃には、隣には誰も居なかった。

水の動く音。衣擦れの音。どれも聞こえなかったのに、あの人は居なかった。

あたしは、今までのことが夢なのかあたしの想像なのかと思った。

てもあれが夢でも、あたしには大事なことが分かった。


この世界は、あたしが生きる大切な人達のいる大事な大事な世界。


どこか心の中で、ここは物語の世界だと見下していたかも知れない。作り物だと嘲笑っていたかも知れない。

あたしは大事だと言う人達を大事にしていただろうか。

あたしは自分が優れた人間だと思っていたかも知れない。

でもあたしは、分かったのだ。たとえ前世の記憶があっても、あたしはあたし、マウなのだ。


なんだか少しすっきりした。心の中のいろんなものが、ぴったりはまっていくように感じる。

でもこの世界が物語の世界でも、ただ似かよった世界でもあたしは、彼の運命を変えたい。

知っているのに、それを見過ごして人が死んでしまうのは嫌だ。

結局は目的は変わらないのだ。でも、いいのこれはあたしのわがまま。


初夏の日、あたしは不思議な黒い魔女と名乗る人に気づかされました。

だけど、決意は揺らぎません。

予定ではあと一話でプロローグは、終わります。


読んでくださった方、ありがとうございました。

誤字脱字など意味が分からない所がありましたら、気軽に質問してください。

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