キツネのお館様 2
サクラは畳に降り立つと、靴を脱いでその手に持った。
「さあさ、そんなところに突っ立っていないで、こちらにお座りなさいな」
男の目がすぅっと細くなり、笑みを浮かべながらサクラを手招きした男が示した場所は男のすぐ傍。手を伸ばせば容易にサクラを捕まえることができる距離である。
サクラは警戒心も顕に動かない。いや、動けなかった。
「本当、可愛いわぁ、食べちゃいたいくらい」
サクラの怯える様子が男の嗜虐心をそそったのか、ニタリと男が笑った。
蛇に睨まれた蛙よろしくサクラの体は硬直して動けない。
銀の狐は、立ち上がるとサクラの華奢な身体を後ろからゆっくり抱きしめ、白くて細い手を取ると指先にちゅうっと口付けた。
「うふふ」
男が愉しそう笑うが、その目はギラリと光っていた。
突如、襖も開いていないのに座敷に風が巻き起こった。
直後……
ゴツン
銀の髪に拳骨が落ちた。
「痛ったーーい!! 誰よって、光葉?? 」
うっすら涙を滲ませ、頭を抱えて怒鳴った銀の狐が振り向いてみたものは、先ほど異界の扉を独りくぐり不覚にもサクラを置き去りにしてしまった天狗、光葉だった。
不機嫌な表情でジロリと銀の狐を睨んだ。
「なにやってんだ、お前」
「信太郎が女の子を拐ってきたから、なんで異界にいるのか事情を聞こうと思っただけよっ。
あんたこそ、他人の家に勝手に上がり込んで、今日は何の用なのよ」
銀の狐も光葉を睨み返す。
「サクラは俺の連れだ。勝手に拐うな。……だが正直、しかし、ギンのとこで助かった」
光葉はがしがしと頭を掻くと、その場にドカッと座った。
「うふふ。貸しひとつね。
それで、この娘はどうしたのよ」
ギンと呼ばれた銀の髪の狐も座り直して、サクラにも座布団を勧める。
「もう悪戯しないわよ」とウインク付きで。
そこで、光葉はサクラが黒猫と共に異界に来たこと、送って行こうとしたが失敗したことを話した。
先ほど光葉は、人間界にサクラが一緒に来ていないのに気がついて直ぐに異界に戻ったが、その場にいるはずのサクラがいなくなっていて、「拐われたか食われたか」と、心臓を鷲掴みされたような気持ちになった。
幸いその場にキツネの匂いが残っていたので、それを頼りにここまで辿ってきたのだった。