キツネのお館様
「どうしようー」
ボヤンとした丸い光が所々に浮かぶ他は薄暗い森のなかで、サクラは足元の異界の扉を見つめて呆然と立っている事しか出来なかった。
「お姉さん、お困り事ですか」
ドキーーン!!
周りには誰も居ないと思っていただけに、急に声を掛けられサクラは固まってしまった。
それでもなんとか、ギギギと首を動かし恐々振り替えって見ると、そこには蜂蜜色のシヨートヘアに同じく蜂蜜色の瞳をした少年が頭の上の大きな耳と、ふさふさした太い尻尾を揺らして、小首を傾げていた。
「あ……いや。あの。」
いくら目の前の少年がキツネ耳つきの美少年であろうと、優しそうな風貌をしていようと、光葉からもののけが人を食べるということを聞かされていたサクラは容易に事情を話す気にもなれなかった。
しどろもどろになるサクラに、白い 水干をふわりと揺らしながら、キツネ耳の少年はサクラの手をキュッと握り込みニッコリ微笑んだ。
「お姉さん、人間でしょう? ここにずっと居たら危ないよ。お困りでしたら、お館様が相談に乗ってくれるかもしれません。どうぞ、こちらに」
そういうと少年とは思えない力で、手を引きサクラを森の奥へと誘った。
「い……いや、私あそこに居ないと。あの、光葉さんが戻ってきたら心配するし。だからね、離して〜」
なんとかその手を離して貰おうと抵抗するが、少年の握る力からは逃れられない。
「大人しくついてきて頂けないとあれば、仕方がありませんね」
少年が薄く笑ったかと思うと、まるで魔法を使ったように、その掌から丸い光が出てきた。
その光はサクラの全身を包むと、ふわりと浮かんだ。
もがいても、叫んでもその光の珠からは出られない。
「暴れても無駄ですよ。その結界からは出られません。さあさ、お館様がお待ちですよ」
少年は愉しそうにサクラの入った風船状の結界と共に森の中を歩いていった。
* * *
森の中に突如、大きなお屋敷が現れた。
白壁に朱色に塗られた柱、緑色の瓦屋根、所々に金の装飾が目を引いた。
かなり派手な建物にサクラは暴れるのも忘れて唖然とした。
その後連れて行かれた座敷も派手で、黒檀の柱に絢爛豪華に描かれた屏風に襖、新緑の色を残した畳が美しい。
その座敷の上座に、錦織のひじ掛けにもたれ掛かった、男がいた。
腰まで届く銀髪に大きな耳……。色こそ違えど、先ほどサクラをかどかわしてきた少年と種族が同じなのは見てとれた。
「お館様、人間の女を連れて参りました」
少年は、お館様と呼んだ男に恭しく礼をとった。
「あら〜、かわいいじゃないの〜。信太郎ってば、どこで拾ってきたのよぉ」
語尾が上がり気味な所など、どう聞いてもおネエだ。細面の美人なので似合わなくはないが……
そして、サクラを強引に連れてきた少年は信太郎というらしい。
「杜の中に迷いこんでおりましたのを連れて参りました。お館様のお嫁様候補にいかがかと。」
「やあね。狐の一族の長は人間の娘を嫁に迎える風習になっているけど、アタシはいらないわ。聞きたいことがあるから、その娘を結界から出してあげてちょうだい」
「かしこまりました 」
信太郎は主に礼をすると、パチンと結界を解いた。サクラはようやく畳の上に降り立った。