翠たんの旅日記。
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のんびり、まったりの翠の旅を、のんびり更新します。
朱雀の朔日。
オレはギンちを出て旅に出た。
旅に出るっていっても、旅装を調えるでなく、ギンちの厨から干し魚とかりん糖、それから竹筒に入った水を分けて貰い、りゅっくさっくに入れた。
「萩、ありがと」
仲良くなったギンちの厨で働いているオンナに挨拶すると、ふらっと外に出た。
行き先にあてはないけど、テクテクと歩いた。
ぐうぅ。
腹が減った。
目の前に川があった。
「魚いるかな」
清流の中に黒い影がいつくも見える。唾が自然に湧いた。
ちょぽん、と尻尾を川の流れに浸ける。
「ひょわっ」
尻尾の先から伝わる水の冷たさに、背中が震えたが、ガマン、ガマン。
「おい、お前。何をしている」
川に背中を向けていたから振り返ると、川岸に近いところの水面に濡れた獣の顔が覗いていた。
耳は小さく鼻面も短い。
匂いも狐とは違う。
「釣りだよ」
「ふーん。おらが獲ってきてやろうか 」
「いいのかっ♪」
オレは喜んだ。
だがしかし、世間はそんなに甘くないってことをそのしばらくあとに思い出した。
魚を山と積み上げて旨そうに食べているアイツを、オレはくうくうと催促する腹の虫を押さえてただ指をくわえて見ていた。
やつは広い川の中洲で魚を一人で食ってるんだ。
ぴょんと飛び掛かって、魚の一匹くらい奪ってやりたいところだけど、悠々と流れる川面を見ると、気持ちが萎えてくる。
猫は水が苦手なんだ。
何故って、せっかく舐めて整えた毛並みを濡らされるのが嫌だからさ。
あ~あ。どうして猫の好きな魚が、嫌いな水の中にいるんだろう。
「相変わらずだな、黒川主」
ふわりといい匂いの香を焚き染めた衣を着た男が、水から離れた岸に座っているオレの隣に立った。
鹿の匂いのする黒い沓を履いている。
「ひぇっ! 旦那、どうしてここに?」
「まあ、霊体になった俺が言うのも可笑しいが、墓参りといったところさ」
ところで、と男が獺に微笑みかけると、やつはビクゥと硬直したあと、愛想笑いをして魚を一山抱えると男の足元に置いた。
「いや、悪いな」
「いえ、いえ。ご挨拶代わりにと言うことで。それじゃあ、失礼いたします」
化け獺は、ひょんと川面に飛び込んで見えなくなった。
何だか分からないけど、この男、怖い。
さっきから背中の毛ががそわそわしている。
「化け猫か」
逃げるタイミングをはかっていたら、紅い唇がにぃと弧を描いて、声を掛けられた。
「火は興せるか」
「おう。オレに出来ないことはない」
「そうか。では、焼けたら馳走してやろう」
ゴックン。
オレは枯草や小枝を拾ってきて、火を興した。
男はその様子をゆるゆると眺めながら、何処から出したのか、酒を飲み始めた。
甘い酒の匂いに生唾が更に湧く。
ゴックン。
パチパチとはぜる火に、小枝を刺した魚を炙る。
脂が熱に溶けて、ブチブチと音をたてる。
くぅ~、旨そう。
オレは別に生でもいいけどな。
「なあ、アンタ。人間だろ」
「そう見えるか」
男は面白そうに笑った。
「う~ん、多分」
「大したことないな、化け猫」
「化け猫じゃない、猫又だ」
「ミツハを知ってるか」
急に話題を変えられて面食らった。
「はい、焼けたよ。……アンタ、光葉の何?」
「さてな」
男が面白そうに笑う。
魚をかじり、酒を呑むと、ひとりごちた。
「いかん、これ以上飲んでは土産にならんな」
あんなに飲んでいたのに、足元をふらつかせることなく、男は立ち上がった。
「またいずれ会うであろうよ」
オレは魚をかじりながら、男が去っていくのを見送った。
「何だったんだろう、アイツ……」




