狐の灯明 6
「お館様!! 貴方は何を考えていらっしゃるのですか!!」
屋敷へと戻った途端、信太郎はギンに詰め寄った。
屋敷の他の妖狐などは、お館様にこれだけの強い発言が出来る信太郎を尊敬しつつも、遠巻きにしている。
座敷の端っこに座らされた凛が憐れだった。
信太郎が声を荒げる度に、自分が叱りつけられているようにビクリビクリと震えている。
「だいたいこのような子どもを!」
「あたしの母は12で嫁いで来たけど?」
すかさずギンも揚げ足を取るように反撃する。
「お館様のお相手は稲守の血筋でなければ認められません!」
「直系ではないけれど、稲守の系譜のものよ。信太郎は匂いで分からなかったかしら?」
信太郎のぎりぎりと奥歯を噛み締める音が聴こえて、ギンは愉快な気分を隠せない。
「とにかく、お世継ぎ狐と御使い狐を身籠って頂く為には人間しか認められません!! 半妖など御使い狐に必要な霊力が期待出来ません!」
「そんな事、やってみなくちゃ分からないでしょお? 半分は人間の魂なんだから、案外凄いのが出てくるかもよ。ウフフ♪」
「嫁取り話は今後の一族の在り方にも関わります。おふざけにならないで下さい」
「あ~ら、あたしは本気も本気よ。なぁんにも知らない人間の娘を口八丁で拐ってきて、術をかけて世継ぎを産ますのはいいのかしら?」
「一族の為です!」
信太郎は今にも噛み付かんばかりに上体を傾けてギンの決断を覆そうとしている。
「あのね、信太郎。あたしが長く嫁取りを拒んで来たのには理由があるの。あたしがこんな格好で、こんなしゃべり方をするのはね、……趣味もあるけど、でもね、きっかけは母の事があるのよ。幼心に妖狐一族に利用されて狂っていく母を見ているのは辛かったの。凛、こちらへいらっしゃい」
にこりと笑ったギン。睨みつけている信太郎。成り行きに興味津々のギャラリーにビクビクとしながらも、お館様の命令はここでは絶対であると養母に教えられているため、そろそろと歩み寄る。
そんな凛をギンは膝の上に座らせた。
「あたしは何も長としての役目を放りだすとは言ってないわ。それに嫁取りの話は凛の境遇に同情してのことでもない。私は凛が好きよ。素直なところも、可愛らしいところも。誰も知るもののいないこの里で5年間本当に頑張っていたと思う。ワコの事は残念だったけれど、あれは事故よ。それについて長として貴女を恨むつもりも罰を与えるつもりもないわ。どうせ稲守の家から嫁を貰わなくてはいけないのなら、あたしは凛がいいわ」
着物の袖で囲い込むように抱くと、甘い芳香が一段と華やかに鼻腔をくすぐる。
「ねえ、凛はあたしの事が好きかしら?」
「お館様! それは脅迫です!!」
「信太郎は煩いわねぇ、どうかしら?」
尋ねられて、凛はキョトキョトと視線をさ迷わせる。
「お館様は……優しいから、好き……です」
「うふふ♪ ありがとう」
「お館様! それは男女の情ではありません」
「そんなことはないわ、これから育んでいけばいいもの」
信太郎をはじめ、様子を見に来ていた屋敷の者が一様に体が痒そうに身を捩らせている。
中には狐に変化して、後ろ足で首の後ろを掻き出した者まで出てきた。
「失っ礼ねぇ~」
「ですが! 霊力の高い狐が生まれるかは……!」
「出るまで頑張ればいいわ。ねぇ~、凛」
腕の中の凛はキョトンとしている。15になった今でもそれを教えるものは誰もおらず、恋の話を共に楽しむ同年輩の友もいない。初を通り越して無知なのだ。
反対に信太郎は、曼珠沙華もかくやというほど真っ赤になっている。
「あら~、溜め込むのは身体に毒よぉ~。信太郎も私の結婚に合わせて嫁を貰わないとね。いい狐を見繕ってあげましょうねぇ~♪」
「結構ですっ!!」
信太郎は真っ赤になってその場から一時退室した。
勝ち誇ったギンの笑い声が邸内に長く響いていた。




