狐の灯明 5
光の玉は暗闇の中をふよふよと漂いながらも沙耶を何処かへ案内するように移動する。
真っ暗なのに赤い曼珠沙華がそこここに咲いているのが何故かわかった。
「きつねさん、どこにいくの?」
どこまで行っても暗い道は、どこまで続くのか。たまらず沙耶は光の玉に問いかけた。
『おかあさん……おかあさん……』
沙耶の問いに答えているとも思えない返事が返ってきた。
「きつねさんもおかあさんに会いたいよね。沙耶もおかあさんのところに戻りたいよぉ」
『二人で力を合わせて会いにいこう』
「うん。二人なら怖くないね」
幼い二つの魂が溶け込むように、沙耶の胸に光の玉がすうっと入っていった。
親への強い思慕は、その身を妖へと変えた。
人間とキツネの半分こ。妖狐にはなりきれていない半妖。
妖となり、霊道を外れた一人と一匹は曼珠沙華の花に導かれるようにこの花畑に着いていた。
魂が融合した後は、まるでなんにも覚えておらず、胸に染み込んだキツネもどこにいったやら、それさえも記憶になかった。
途方に暮れてしくしくと悲しい気持ちでいたときに、綺麗で優しくてお母さんみたいな話し言葉の不思議な男の人に拾われて、大きいお屋敷に連れて行かれた。
顔を洗わせてもらったときに盥の水に写った自分の顔をぼんやりと見る。頭の上にある大きなふさふさした耳。
周りを見ても似た風貌のものばかりで、特におかしいとも思わなかった。
あのキツネの子は確かにここに溶け込んだのだと今思い出した。
沙耶はそっと胸に手を添えた。
「凛……。あなたが、うちの仔を殺したのね……」
震えるような儚い声に、はっとして振り返ると、そこには養い親の女がいた。
ギンは女が沙耶に近付くにつれ、傍観を決め込んだように距離を開けた。
妖怪は寿命で死ぬことはないが、滅されることはある。力の弱い妖ほど滅されやすい。
女は沙耶の前に立つと、沙耶の首に手をかけた。
「ごめんなさい……おかあさん。おかあさんがしたいなら……いいよ……」
涙を溢し苦しそうに顔を歪めながら、それでも抵抗はしない沙耶に女は狼狽しつつも、手に力を入れる。
『おかあさん……ただいま……』
『わたし、死んでないよ、還ってきたよ』
沙耶のものではない声が、沙耶の口から発せられた。
「ワコ……ワコ……!」
首に手をかけながら泣き崩れる女の手にギンは手を添えた。
「あなたの負けね」
女は沙耶の首から手を外し、その場で泣き伏した。
「けほっ」
ひゅーひゅーと息をしながら座り込んだままの沙耶に、ギンは目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
にっこりと冷酷にも見える笑顔のままで。
「もう貴女は凛なのよ。人間の沙耶は死んだの。貴女とワコの魂が絡み合って出来た妖狐が凛、貴女なの。分かるかしら?」
じっと視線を合わせたままの凛が、コクンと頷いた。
「じゃあ、凛。貴女、あたしのところにお嫁にいらっしゃい」
「ちょっとお待ち下さい!!」
「あら、信太郎」
凛と女がギンの言葉に目を丸くしていた横から鋭い声で待ったをかけた強者がいた。
信太郎が赤い曼珠沙華を踏みつけながら、ものすごい勢いでこちらにやってくる。
まだ五間も間が開いているのに鼻息まで届きそうであった。
五間=約9m




