狐の灯明 4
ザァっと風が凪ぐと、赤い曼珠沙華は一斉に揺れた。まるで目眩を起こしたように錯覚する。
風に揺れる音は、花が囁いているようにも聴こえる。
なにを?
凛の犯した罪を。
いや、凛になる前の沙耶という名前の頃の話だ。
全て思い出した。
5年前は、曼珠沙華の花に隠れてしまっていた凛だが、もう屈んでもその姿を隠すことは出来なくなっていた。
「凛。何をしていたの」
ギンが声を掛けると、華奢な肩がビクリと震えた。
ゆっくりとギンは近付いた。
金茶のキツネの耳はフサフサとして、不釣り合いな艶々とした黒髪はゆるく結わえて背中に垂らしている少女。ほっそりとした身体は食べさせても縦に伸びるばかり。
5年で随分娘らしくなったものだとギンは思う。
ゆっくりと振り返った凛の瞳は濡れていて、白い頬に絹糸のような髪が貼り付いていた。
「どうしたっていうのよ」
苦笑しながらギンは凛を腕の中に抱き込んだ。
「凛……じゃない。私は……沙耶」
「あなた……」
何がきっかけかは分からないが、記憶が戻ったのだとギンには分かった。
「そう……沙耶。あなたはどうしてここにいたの? 話せるかしら」
沙耶はコクンと小さく頷いた。
あの日、同じ村の男の子たちと競争をした。
石を蹴って村をひとめぐり。どっちが早く一周回れるか。
そんな他愛もない競争。
沙耶は遅れ気味なのに気が早って、石を遠くに飛ばそうと思い切り石を蹴った。
沙耶が蹴り出した石が勢いよく前に飛ぶ瞬間、傍の藪がガサガサっと揺れて、まだ子どもだと判るキツネが飛び出してきた。運悪く石はキツネの眉間に当り、パタリと倒れた。
沙耶があっと小さく叫ぶ声も間に合わず、まるで長い長い悪夢を見ているような一瞬。
「あっ! おまいら、何しとるんじゃ!」
畑仕事を終えた鍬を担いだ村の大人に見つかり、それからは……。
この村は、昔々お狐様を祀る一族のほんの一部が移り住んだ小さな村。
キツネは神の遣い。
キツネを殺したら一緒に埋められて、おキツネ様の魂を慰めなあかん。
そんな因習が色濃く残っていたが、キツネの方も人間を恐れてそうそう出てこない。
掟に触れるような事が起こることは稀だが、と父から聞かされたばかりだった。
怖くて怖くてガタガタ震えた。
「すまんな」
その一言で降り下ろされた無慈悲で圧倒的な力。
ガツンとした衝撃の後、真っ暗闇に居た。
ポワンと温かくて明るい光の玉が目の前にひとつ生まれた。
目を凝らせば、その光の中にはあの仔ギツネがいた。
真っ暗闇の中のひとつだけの温かな光り。ふよふよとそれは浮かびながら、何処かへ飛んで行こうとする。
「あっ、待って」
ひとりぼっちになりたくない沙耶はその光を追って歩いた。




