3 サクラ、喰われそうになりました
「サクラ!!」
結界を突き破る勢いで、光葉は幽かなサクラの気配を追って、水蛇の洞窟まで辿り着いた。
光葉が見たものは、苔の上に寝かされ、ハクガに覆い被さられているサクラの姿態だった。
光葉はふらふらとサクラに近寄る。
ハクガはそれをニヤニヤとして見ていた。
いつもなら足許にある結界陣に光葉が気付かないという事は無いのだろう。だがしかし、サクラを心配し憔悴しきっている光葉には気が付かなかった。
光葉が陣に足を踏み入れる。
サクラはそれを見ているしかなかった。
光葉の足がその陣の中央に来た時、陣が白く発光し、ぬるりと蛇の身体のようなものが飛び出して光葉の身体を絡めとり、ぎりぎりと締め上げた。
そう、あの夢が正夢になったように……。
「いい姿だなぁ、光葉。そこでナギの幻影に囚われながら、お前の女が食われるのを見ているがいいさ。お前がナギにしたように、俺はお前の女を喰ってやる」
ハクガがその姿を白い大蛇に変えた。顎がガクンと大きく開いて、サクラをずずっと足から呑みこんでいく。サクラは恐怖に顔色を変えることも出来なかった。ふくらはぎをぬめった肉の壁が包んでいく。そして奥へ奥へと送り込まれ、呑みこまれていく感触にただ嫌悪感でいっぱいにしていた。目の前に迫っている2本の細いが長く尖っている牙から、毒が滴り床に落ち、シュウシュウと苔を焦がしているのが恐ろしかった。
意識を失ってしまえれば、どんなに楽だろう。
『お前はナギを犯してから喰ったんだったな。俺の優しさに感謝して欲しいくらいだ。この女は痛みも感じず、俺の腹の中でゆっくりと溶かされていくのさ』
はははは……洞窟内にハクガの笑い声が反響して聞こえた。
「こんの!! なにすんのよ~!!」
ザシュ!! ザシュ!! ガブッ!!
その時、ギンの鋭い叫び声がした。
そして、ハクガの動きが止まる。
うううぅ……と呻いて、ずるりとサクラを吐きだした。
ハクガは苦しそうにサクラの後ろで、のたうちまわっている。
サクラは術が解けて動けるようになっていた。
ハクガがのたうちまわり、洞窟内の壁や天井に尻尾を打ち付ける。白い身体は、血で赤く滲んでいた。
銀色の狐の牙と前足の爪が血に濡れている。
銀色の狐は息苦しそうに身体を隆起させながらも、依然ハクガを睨みつけていた。
「うにゃ!! にゃにゃにゃにゃにゃにゃあ!!」
サクラが次に猫の鳴き声が聞こえた方に目をやると、翠が光葉に猫パンチを食らわしていた。そちらも術が解けて、動けるようになった光葉は、すらりと携えていた剣を抜いた。
「よくも……サクラをこんな目に!!」
光葉がハクガに向かって一閃、剣を振り下ろした。
サクラは無意識にその身体を、光葉とハクガの前に躍り出た。
「光葉さん!! ダメ!!」
「サクラ!! どうしてそんな男を庇いだてする!!」
サクラの背中はざっくりと光葉の剣によって斬られ、赤い血がどくどくと流れ出て、サクラのシャツを一気に真っ赤に染め上げた。
光葉も、ギンも、翠も……庇われたハクガもサクラの突然の行動に驚き、動けないでいた。
「お前、酷いことをしたこの俺をどうして庇った?」
ハクガがシュウっと音を立てて、人型に戻った。ハクガに倒れ込んでなお離さないサクラをそっと引き剥がすと、苔の柔らかな岩の上に寝かせた。
「だって……。だって……。ハクガさんは……この世界のこの川をずっと守って来てくれたんだもの。妹さんを亡くして哀しかった時もずっと……。復讐は間違ってるけど、光葉さ……ん……殺しちゃ……だ……め……」
サクラは真っ白な顔をして、すぅっと眠るように目を閉じてしまった。身体は完全に脱力してしまっている。
「サクラぁああぁー!!!!」
光葉の慟哭が洞窟内に響き渡った。
呆然とサクラの様子を見ていたハクガがハッと我に返ったように叫ぶ。
「今!! 今なら助けられる。光葉!! 俺を殺せ!! 俺を殺して、この女に俺の血を飲ませてやれ!! 今、妖力を注ぎ込めば、この女は助かる!!」
ハクガはさっきまで憎んでいた男に、涙を流しながらそう訴えた。
大人になったサクラを迎えに行き、もしサクラがそれに応じてくれたら、毎日愛を注ぎ込んで、ゆっくりとあやかしの妖力を与えるつもりだった。
なのに……。
「……せっかくの申し出だが、サクラをハクガ殿の眷属にするつもりは無い」
光葉は、サクラの口元に自分の腕を寄せると、自らの刀で自分の腕を斬り裂いた――。




