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異界の扉  作者: 紅葉
そうだ!人間界に行ってみよう。
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妖怪さんたちのクリスマスプレゼント作戦

「明日はくりすますいぶ、だね」


 光葉に淹れて貰った熱いお茶が冷めるのをじっと待ちながら、徐に翠が言った。




 年末も差し迫ったこの日、久しぶりに翠は、光葉の家に遊びに来ていたのだ。

 猫又の里は、居心地がいい。長の火車様も、良くしてくれる。だが母猫も兄妹たちも猫又にはなれなかったらしく、そこにはいなかった。


「まあ、独りには馴れているし、いいけどね」


 だが、異界にもぴゅうっと木枯らしが吹いて、寒さが身に滲みるような季節になると、ふと翠は、サクラは、光葉は、どうしているだろうかと思い出した。


「仕方ない、様子を見に行ってやるか」


 言葉とは裏腹にいそいそと旅支度を整え、土産の干し魚もまとめて風呂敷に包むと、光葉の家に向かって走りだしたのだった。

 


「くりすますとは?」


 光葉がお茶請けのかりんとうを菓子盆に乗せて、差し出しながら光葉が問う。

 翠は菓子盆からそれを1本取り上げコリコリと齧った。


「これ、うまい!」

「ギンの人間界土産だ」


 ギンに置いて行かれたのを思い出したか、光葉は少し顔を顰めた。


「扉の番人の仕事なんて、一日くらいどうにかなったんでしょ? 行けば良かったのに」


 両手にかりんとうを握って、カリコリと齧りながら、翠は小首を傾げて、不思議そうに問う。

 光葉はそんな翠の様子に目を細めながら、お茶を一口啜った。


「会えば、サクラを異界へ連れ帰ってしまいそうでな」

「……ふうん」


 そんな顔するくらいなら、連れて帰ればいいのにと、翠は思ったが言葉にはしなかった。そもそも帰さないという選択肢もあったはずなのに。


「ああそうだ。くりすますってのは、サクラの住んでる辺りじゃ、家にキラキラのデンキを点けて、木にもキラキラの飾りを付けて、けーきってやつと、死んでる鳥を焼いた美味そうなヤツとを喰うんだ。で、人間の子どもは、さんたくろーすって西洋のあやかしからぷれぜんとを貰うんだって。大人はつがい同士でぷれぜんとを贈りあったりするんだってさ」

「翠、詳しいな」

「そうだろ? まあ、何百年も人間を見てりゃ、分かってくるって」


 翠は胸を反らせて、得意そうに続けた。


「なあ、さんたくろーすって、鍵をきちんと掛けてあっても、こっそり寝室に押し入って寝てる間に子どもの枕元にぷれぜんとを置いていくっていうぜ。光葉、さんたくろーすのフリして、こっそりサクラに会ってきなよ」

「ふむ。サクラに贈り物か。いいやもしれん。翠、助言を頼んでいいか」

「まかせとふぇ」


 やれ面白そうだと光葉が菓子盆に手を伸ばした時には、かりんとうは菓子盆に1本も残されていなかった。

 翠はやっと冷めたお茶を飲み、口にいっぱい頬張ったかりんとうを幸せそうに飲み込んだ。



* * * * *



「これでいいのか」

 

 光葉は赤い着物と揃いの袴を長持から引っ張り出して着て見せた。

 光葉の所持する天狗装束の中でも、派手な色合いのそれは、紅葉したモミジのような赤だった。


「そうそう、さんたくろーすってのは、赤い服着てるもんなんだって」

「そうか」

「次は~、ぷれぜんとを何にするかだよな」

「ううむ。サクラは何を所望しているのであろうな」


 光葉も翠も、腕を組んで考える。

 

「サクラが好きなのは~、ごめん。めろんぱんとかにくまんとか、サクラと食べたヤツしか頭に浮かばない」


 贈り物が用意出来なければ、計画倒れもいいところだと二人は頭を抱えて悩ませる。


「そうだ、ギンに相談してみたら? この前、サクラに会いに行ったんでしょ? 何か欲しいもの言ってなかったかなぁ」

「そうだな、聞いてみるか」


 子猫に姿を変えた翠を掴んで、光葉はギンの屋敷へと飛んで移動した。



* * * * *



「まぁ♪ 朴念仁の光葉にしては、良い事思いついたじゃなぁい♪」


 相変わらず派手な女物の着物を着たギンは、訪ねて来た光葉と翠を快く迎え入れた。

 光葉から、サクラへのくりすますの贈り物について相談をされた一言目がこれである。

 

「そうねぇ、特には何も言ってなかったけどぉ、女の子の好きなものって言ったら、宝石とか着物とかかしら~♪」


 光葉から貰うものならサクラちゃんは何でも喜びそうだけどね……と、ギンは小声で付け加えた。


「宝石か……」

 

 光葉が握りこんだ手のひらから、淡く光を発する赤い妖石がいくつも零れ出た。


「こんなものしか出せんがな」

「これいいじゃん! みんなで妖石作って、首飾り作ろうよ」


 翠が名案とばかりに声を張り上げた。耳も尻尾もピンと立っている。


「いいわよ。協力しちゃう♪」


 ギンの妖石はオパールの様な乳白色の石が虹色に輝いていた。


「信ちゃんも協力してあげて」


 ギンの一声で、傍に控えていた信太郎も妖石を作る。彼の作る妖石は、紫水晶のようだった。


「後さぁ、太郎とモモにも声掛けようよ」

「それがいいわね♪ 光葉ちょっと行ってらっしゃいよ」

「そうだな」


 光葉は翠をギンの屋敷に残して、慌ただしく河童の里へと飛んだ。


「急がなければ」


 翠から、ぷれぜんとは明日のくりすますいぶの夜に届けるのだと聞いた。ならば、明日出現する扉で人間界に行かねばなるまい。首飾りに加工する手間を考えれば、材料は早く集めなければと光葉は張り切って翼をはばたかせた。



* * * * *



「おねえちゃん、無事に帰れたんだね」


 太郎とモモを訪ねた光葉は、河童の里を後にした後の顛末を話し、無事にサクラが元の世界に戻った事を伝えた。


「なぁんだ、てっきりおねえちゃんは、光葉様のお嫁様になるのかと思ったのに」


 と大人びた事を言い、光葉は飲み込みかけた茶を噎せ、周囲を慌てさせたのは、すっかり大きくなったモモ。


「ゴホン……それでだな、明日サクラの世界にくりすますという祭りがあってな、サクラに贈り物をしようと思うのだが、協力して貰えまいか」

「ですが、光葉様。手前共には薬草くらいしか……」


 申し訳なさそうな兄妹の父の様子に、光葉は苦笑してその言葉を遮った。


「いや、無心をしに来たのではないんだ。サクラに縁が出来たみなの妖石を繋いだ首飾りを作ろうと思ってな」

「モモ、がんばるー!!」

「そんなもので良ければいくらでも協力させて頂きます」


 太郎は青い妖石を難なくと作りだし、モモは少し手こずったが、透き通った桃色の妖石を作った。

 兄妹の父はとろりとした碧色、母はその性格を表したような優しいクリームイエローの妖石を光葉に託した。



* * * * *



 クリスマスイブの深夜。

 サクラの私室によぎる影が……3つ。


「なんでお前らまでついてくるんだ……」

 

 光葉の囁きに、月光にキラキラと銀髪が輝く方の影が答えた。


「だって光葉、サクラちゃんの家知らないでしょ♪ それに光葉がサクラちゃんに悪戯しないようにと思ってねぇ、うふふ♪」

「オレだって、サクラに会いたかったんだもん。」


 闇に二つの緑色の眼だけが爛々と輝いて浮かぶ小さな影も返事をした。


「光葉、さっさと枕の横に置いて来なさいよぉ」



「う……ん……」


 ひそひそとあやかし達が話し合っていると、ベッドの上のサクラがむずかるようにもそりと身動ぎした。

 3つの影がビクゥと固まる。


「……」

「……起きてないよね?」


 そっと、光葉がベッドに近づいて、有志で作った妖石の首飾りの入った巾着を、サクラの枕元にそっと置いた。

 しばし光葉は、サクラのあどけない寝顔を眺めた。

 安らかなサクラの寝顔を見るにつけ、サクラのいるべき世界はやはりここで、迎えになど来るべきではないのではないかと考えさせられる。


「くちづけしちゃえ!!」

「意気地なし~♪」

「うるさい!!」


 やいのやいのと囃し立てる影に向かって抗議をしようとした時、再びサクラがもそりと寝返った。手近にある枕に抱きつくかのように腕を伸ばしながら……。

 サクラの腕が捕らえたのは、近距離で半身を後ろに振り返っていた光葉の出しっぱなしになっていた翼。

 サクラは幸せそうに綻んだ寝顔で、フワフワとした羽毛を抱き締め、手触りを楽しむように撫でている。

 動けばサクラを起こしそうで、困惑しきった光葉はギンと翠に助けを求める視線を送った。

 そんな二人の様子に口元を押さえて、悶絶しそうに笑いを堪えているギンと翠。

 光葉はしばらくの間、サクラのいいように翼を撫でさせた後、ギンに手伝ってもらい、そっとサクラの腕から翼を抜け出すことにした。

 

「光葉、サクラちゃんが羽根を握って離さないんだけど、どうする?」

 

 光葉はしばし逡巡した後、答えた。


「羽根を抜いてくれ」


 ギンが、サクラの握って離さない羽根を光葉側から引き抜くと、光葉はサクラの傍からそっと離れた。

 そして、3人はサクラの部屋を後にした。




 日付も変わった丑三つ時。(午前2時過ぎ)

 稲荷神社の境内にあやかしの影が3つあった。


「なぁ、今夜の扉が開くまでどうする?」

「公園の結界の中にでもいるさ」

「あたし、稲荷寿司食べに行きたい~♪」

「お、オレも食べたい!!」

「仕方ない、付き合う」



* * * * *



 12月25日 朝。

 気持ち良く起床したサクラの手には、一本の大きな黒い羽根が握られていた。


「な、なにこれ? 大きいし烏の羽根じゃないよね? でもなんで?」


 振り返って目線を下げると、枕元に就寝時には無かった巾着があった。

 紫色に白い菊柄の派手派手な着物生地で作られたその巾着の柄にもサクラは見覚えがあるような気がした。

 

「ギンさんの着物の柄に良く似てる……」


 そう一度思ってしまえば手に持った巨大な烏の羽根は、光葉の翼の羽根に良く似てはいないか。

 

 巾着を開けると、じゃらんと色とりどりの石を繋いだモノが出て来た。

 サクラはそれを目の高さまで持ち上げてみた。


「ネックレス……?」


 光葉の妖石である赤い石を始め、翠の緑、太郎の青い石まである。他にも色々……。意識を集中させると、誰の妖石なのか見た事の無いはずなのに、微かにその妖力を感じる。


「もしかして妖怪さんたちからの……クリスマスプレゼント?」


 光葉がサンタクロースの格好をしているところを想像して、おかしくなりながらサクラはその羽根とネックレスを宝箱に入れた。

 

「もう、今度来るときはちゃんと起きている時に会いに来て下さいね……」


 サクラは光葉の赤い石にそう話しかけ、ちょこんと指で突いてから、ゆっくりと宝箱の扉を閉めた。


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