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異界の扉  作者: 紅葉
異界の扉
26/47

サクラ帰還。

「さて、鍵殿とも会えたし、今日にでもサクラの世界に帰してやれるがどうする」

 もちろん即座に「帰りたい」というであろうと、光葉は覚悟してその言葉を待った。



 サクラは、驚きの余り、あんぐりと口を開けて固まっていたが、ハッと正気にもどると、光葉に向かって一気にまくし立てた。


「もちろん帰りたいです!! 帰りたいんですけど、あのっ! 許嫁ってなんのことですか? 私、そんな話を親からも聞いたことなくて、何の事だか……」


「そりゃ、そうよね~、もう光葉ったら焦っちゃって~♪」


「ギン、お前もサクラを混乱させるようなこと言っただろ」


 光葉がギンを睨む。ギンはしれっとそれを流して、薄く笑った。


「あら、私は母さんの昔話をしたでしょ? サクラちゃんはその血筋だって言ってるんだから、意味分かるわよねぇ~?」


「ええ、まあ。でも、ギンさんはお嫁さんにはしないって言ってくれたんで、そっちの話はどうでもいいかって思ってるんですけど」


「や~~ん、サクラちゃんったら♪ 面白い娘だわ~」


 ギンがうふふと笑う。そして、自然に皆の目が光葉に集まった。


「……昔の友人との約束だ。無理強いするつもりもないし、気にするな」


清明の子孫で見鬼の才を持つ少女に出会う事を期待していたのは光葉だけであって、サクラには、遠い先祖と光葉の約束に縛られる義務はない。

 永い間、扉の番人をしている間に、いつか出会う少女のことは、淡い期待として光葉の心の中に残っていたが、昔ほど固執する気にもならなくなった。清明の死後も律儀に番人を続け、「俺も丸くなった」と自嘲しながらも、それでもいいとさえ、思っていた。


 今、なぜサクラが自分の許嫁なのか説明しようとすれば、過去に自分がやんちゃしていた頃のことも話さねばなるまい、それで、サクラに畏怖の目で見られる事に耐えられない、と光葉は思うのだった。


「気にするなって! 気になりますよ!!」


 サクラは尚も食い下がった。

 ぷうっと、頬を膨らませながら。


「サクラは何故そんなに気に掛ける? 天狗の嫁になど……来たくは無かろう?」


「そ……そんな事はないですよ。でもっ! でも、今はダメです!! 家に帰らないと! きっとお父さんもお母さんも心配してるし、友達だって! あっ!!学校どうなってるんだろ?」


 耳まで真っ赤にしながら、サクラはあれこれと言葉を並べたてた。まるで、照れ隠しのように。光葉はおもわず、顔がにやけそうになるのを、ぐっと堪えた。


「……送っていく。そろそろ逢魔ヶ刻だ。急がねば、また明日になってしまう。鍵殿、ご同行願えるだろうか、そなたが居なければ、サクラは元の世界に戻れない」


 光葉に手を引かれて、サクラは立ち上がる。

 翠もピョコンと立ち上がった。


「え~、一晩泊って行けばいいのにぃ~」


 ギンは残念そうに唇を尖らせた。


「まあいいわ、無事帰れることになった事だし、サクラちゃん、あの事よろしくね~♪」


「あ……分かりました。でもどうやって?」


「サクラちゃんが向こうに帰って、落ち着いたらお稲荷さんに呼びに来て~♪」


 ギンはウインクして、にっこり笑った。

 光葉は、隣で苦いものを含んだような顔をしていたが、それ以上はなにも言わなかった。


「ギンさん、信太郎さん、ありがとうございました」

「はいはい、気をつけて帰ってね~♪」


「サクラさん、お元気で」


 ギンと信太郎に見送られて、3人は葛葉殿を後にする。結局、雪乃様には会えず仕舞いなのにサクラは今さら気付いた。


「雪乃様って、どんな方だったんですかね……」


 サクラが光葉を見上げると、目が合った。光葉も困ったような顔をする。


「美しい方だと聞いている。既にヒトの時間を歩んではおられないが、それでも高齢だそうだ。先代の紅蓮殿とは、仲睦まじい夫婦であったと聞いているが……」


「そうなんだ。……こっちに長くいたら妖怪になっちゃうのかな」


「……いや、それはない。男女の交わりによって、少しずつ妖力が影響を及ぼすと言われている」


「ち……ちゅうとか?」


 ふっと光葉が笑う。


「さ、もう帰る時間だ」


 光葉の視線の方向に目をやると、地面が微かに揺らいだ。今日の『扉』の出現場所は、葛葉の杜にほど近い場所だった。数日前の失敗がサクラの脳裏をよぎる。

 

「大丈夫だ。俺がこちらで見守っている。安心して通れ」


「うん、光葉さん、色々とありがとうございました」


 サクラは、ぺこりと腰を折ってお礼をした。光葉はそれを静かに見つめ、徐に袂から、ペンダントを取りだした。


「餞別だ。肌身離さず付けていてくれると嬉しい」

 光葉がサクラに直接それを付ける。透き通った赤い妖石が胸元でキラリと光った。


「もぉ。オレの妖石も付けてるってのに、これだから独占欲の強い男ってのは……」


 翠は小声でブツクサ言ったが、聞いていた光葉に睨まれ、ぴょんと飛び上がり、サクラの影に隠れた。


「行こう、サクラ」


 おずおずと、翠がサクラの手を握る。


「うん。ありがとう、これ大事にするね……じゃあ」


 サクラの視線と、光葉の視線が絡まりあう。

 

 

 最初に翠が、その空間の揺らぎに身を投じる。繋がれた手に引っ張られて、サクラの身体が異界の扉に吸い込まれていった――。


 







「あれ? まだいたの? ただいまー、送って来たよ」


 サクラを元の世界に送り届け、翠は戻ってきた。


「鍵殿はこれからどうする?」


 光葉は翠に問うた。


「いい加減、翠って呼んでよ。俺は猫又の里に行く。またな」


 翠は、黒猫の姿に戻り、その身体を弾ませるように駆けていった。

 翠の姿が小さな黒い点になるのを、光葉は見届けた。地面の空間の揺らぎはとうに消え、異界の空は夕闇に包まれていった――。


これで一応完結です。

次回、ギンの『アレ』番外編を書いて、完結ボタンをポチっとしたいと思います。

ここまでお付き合い下さいました皆様、ありがとうございました。


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