絡み合う因縁
「つまりそれが、あ・た・し、なのよぉ~♪ 小さい頃は可愛かったんだから」
「今でもお美しくございますよ、お館様」
「あら、ヤダ。信太郎、上手く言うようになったわね♪」
葛葉殿に住まう妖狐一族の現当主であり、お館様と呼ばれているギンは、再び訪ねて来たサクラと光葉をまず客間の座敷に通した。
それから、サクラがキツネに嫁いだという奥の間に住まう女性の事を切り出した途端、昔話を延々と聞かされていたのであった。
「ギン、こっちにサクラの鍵殿である黒猫が雪乃様を訪ねてきたろう?」
ようやく話に一区切り着いたところを見計らって、光葉はギンに尋ねた。
「ええ、ええ。いらっしゃってるわ。はい、サクラちゃんの探していた猫よ」
ギンが長い爪で摘まんでサクラの前に置いた黒い毛玉が、ニャアと一声鳴いた。
「おまえ、いくらなんでも鍵殿にこの扱いはないだろう」
光葉は顔を顰めたが、ギンはそんな光葉の表情を愉快そうに眺め、華やかな笑みを浮かべた。
「正式な客人として訪問を受けたのなら、いくらあたしでもこんな扱いはしないわよ。こそこそと庭に入り込んでいたところを、信太郎が捕まえたの」
うふふ、と笑うギンの声に、ビクゥと黒猫は身を竦ませた。
「翠……?」
サクラが呼ぶと、黒猫はニャアと返事をした。
トテトテと歩いて、サクラの膝に飛び乗ると、ポスンと収まった。おもわず、サクラの手が黒猫の背中に伸び、ふわふらとした毛皮の感触を楽しむように撫でた。
「さて、役者が揃ったわね」
愉快そうにギンが笑う。
「どんな理由で葛葉殿に忍びこんだのか、話してもらいましょうか。喋れるんでしょう?」
耳をピクリと立てた黒猫は、サクラの膝から飛び降りると、コロンとひっくり返って人型に変化した。その姿は、黒の猫耳が愛らしい少年。瞳は翡翠のような緑色のままだ。
「稲守の娘を、サクラを守りたかったんだ!! オレのせいで、異界に一緒に連れてきてしまったから。サクラを天狗に攫われちまって、こっちじゃ雪乃様しか力になってくれそうな人知らなかったから……」
勢い良く話し始めたが、その声は次第に尻つぼみになっていく。しょんぼりと耳まで垂れてしまった。
「あたしの名字、稲守じゃないよ?」
サクラが不思議そうに呟いた声を、翠は拾っていた。
「サクラは稲守の血筋の人間なんだよ。母方のお祖母さんのお祖母さんまで遡らなくちゃ分からないくらいの遠縁だけど、雪乃様の血縁なんだ。オレには匂いでわかる」
「そして、その稲守は、さらに遡って安倍清明の系譜と繋がる。サクラは俺の許嫁だ」
「ええー!?」
翠とサクラが素っ頓狂な声を上げるも、光葉はさらに言葉を紡ぐ。
「攫ったわけじゃない。俺もサクラを助けたんだ。お前が余計なことをせずに、サクラにくっついていれば、今頃は……」
「そうそう、元々はねサクラちゃんはあたしの嫁候補でもあったのよ。なんたって、稲守の血筋の娘なんだから」
ギンもウインクをして会話に加わる。サクラと翠はあんぐりと口を開き、光葉はギロリとギンを睨んだ。
「おっと、怖い怖い♪ でもね、光葉が二千年も待った女の子だからね~、諦めてあげようと思ったのよ。母さんをみても、人間界から連れて来られて屋敷の奥深くに幽閉されている人間が幸せだとは思えなかった。一族の繁栄の為には仕方がないんだけどね。だから、サクラちゃんが迷い込んできた時は信太郎が張り切っちゃって困っちゃった。うふふ。もう一世紀待ったって、大した時間じゃないわ~」
「さて、鍵殿とも会えたし、今日にでもサクラの世界に帰してやれるがどうする」
もちろん即座に「帰りたい」というであろうと、光葉は覚悟してその言葉を待った。




