雪乃 2
「ゆきちゃん、ぼくのお嫁さんになってくれる?」
「うん、いいよ」
幼い二人の約束事は、おままごとのようで……。だが、しかし、見た目程は幼くなかった少年は、巧妙に雪乃を絡めとっていくーー。
黒い松林の中に、二人は手を繋いで入っていく。
気が付かないうちに、雪乃は異界の扉へと足を踏み入れていた。
景色は変わらない、冬景色の化粧を施した松林のまま……。
ガサガサ。
金色のフサフサとした冬毛を纏ったキツネの群れが、姿を現した。そのうちの一匹が、少年と雪乃へと近づいてきた。
「わあ。綺麗なキツネ」
雪乃は声を上げて喜んだ。
『紅蓮さま、お帰りなさいませ』
『カノジョを連れて来たよ。葛葉殿にお連れしよう……』
少年は紅い唇に笑みを浮かべた。
「ねえ、撫でてもいいかな?」
「いいよ」
雪乃は屈んで、そっと金の毛皮に手を伸ばす……。
「ふわふわだ」
花のように雪乃は笑った。
ガサガサ、ガサガサ。
少し離れて見ていたキツネの群れが近づいてきて雪乃と、少年を取り囲む。
キツネたちの発した妖気によって辺りにふわりと幾つもの光の玉が拡がった。その光がどんどん大きくなって、皆を包むと雪乃も少年も、キツネも姿を消した……。
幾日かを葛葉殿で楽しく過ごすうちに郷愁はやがて雪乃の心の中に拡がっていく……。
「紅蓮、わたしおうちに帰りたいのだけど……」
少年は、困ったような笑みを浮かべなからも、はっきりと宣言する。
「もう帰れないんだよ、ゆきちゃん」
「そんなの、いや……。とうさまにも、にいさまにも会いたいのに……」
雪乃の大きな瞳に、大粒の涙が溜まっては、頬を伝う。
「困ったね。ゆきちゃんはもうぼくのお嫁さんになったのだから、帰してあげられないんだよ……約束したでしょう?」
「約束……」
「そう、約束」
少年は、雪乃の涙で潤んだ瞳を覗き込んで、繰り返す。
「そう……約束…したね」
ボヤンとした表情になった雪乃は、同じように、言葉を繰り返した。
「でしょう? 楽しくここで一緒に暮らそう」
「うん」
微笑み答える雪乃の返事に、少年は満足そうに嗤った……。
落ち着きを取り戻した雪乃は眠った。
それを確認して、少年は雪乃のいる離れを後にした。
少年の足許には、彼に付き従う金色のキツネがいた。
『雪乃さまと契りを結ばれては……? その方が雪乃さまの為にも……』
『雪乃はまだ小さいよ。雪乃を護るためには、一刻も早くそうしたいところだけれど……もし身籠ったら雪乃が壊れてしまうよ』
『……』
『花嫁は雪乃でなくてはならない……。稲守の血でなくてはならないんだ。雪乃には可哀想だけれどね……。』
雪乃が、15歳になった冬ーー。
紅蓮と雪乃の祝言が挙げられた。
雪乃に用意された花嫁衣装は、純白の絹の打ち掛け……。
「綺麗……」
花嫁衣装を見た雪乃は感嘆を洩らす。
紅蓮は、打ち掛けをそっと雪乃の肩に掛けた。
「雪乃が綺麗だよ」
紅蓮の言葉に雪乃は頬を桜色に染めた。
それから暫くーー。
紅蓮が『お館様』を継いだ、ある年の冬……。
雪乃は、一匹の銀色のキツネの子どもを産んだーー。




