雪乃 1
時代は遡り、妖狐ギンのお母さんの話です。
稲荷神社の守人、稲守賢一の長女……雪乃は、2月の大雪の日に生まれた。
その名に相応しく、白い肌に黒目がちな可愛い女の子であった。
雪乃と名付けられた赤子が、産湯に浸かっている時、父の賢一は雪で白く覆われた庭に、一匹の白いキツネがちょこんと母屋の方へ向いて座っているのを見た。
輝く銀毛にも見える白い体。額には花のような紅い模様……神々しい姿のそのキツネは、稲荷神の眷族。稲守家の者は、その神狐を『御使い様』と呼んでいた。
その御使い様は、賢一の頭に直接語りかけ、こう言った。
『今日生まれた赤子は、12の歳に迎えにあがる。我らが長の花嫁になるおなごよ。慈しんで育てよ』
「……」
稲守家に生まれた女児は百年に一度程度の回数ではあるが、御使い様になる神狐を生む為に妖狐の長に嫁入りするという……。
賢一も当主を継いだ時に父より、そんなお伽噺のような話しだけは聴かされてはいたものの、まさか自分の娘がキツネに嫁入りなど……にわかには信じられなかった。
それでも賢一は、妻に、御使い様の話をした。
妻は泣き暮らし、日に日に弱っていく中で病を得て早世した。
賢一と、長男で兄の惣一は、雪乃を可愛がり、慈しんで育てた。
本来当主の妻の仕事である神社の掃除やお供物を奉納は、雪乃が小さい間は、賢一の叔母であり他家へ嫁いだ美津子が肩代わりしていたが、雪乃が6歳になった頃に美津子は腰を悪くし、それからは雪乃がひとりで任されるようになっていた。
「とうさま、あにさま。今日、お稲荷さまで、白いきつねと遊びました」
夕食の席で、雪乃が可愛らしく首を傾げて笑みながら話す度に、賢一は顔を強張らせて、
「そうか、良かったな」
と、答えるのだった。
そして、雪乃が12歳になった日。
その日も、大雪が降り、山も田畑も真っ白に覆われていた。
ホトホトと玄関を叩く者がいた……。
白銀色のおかっぱの髪の少年。
ヒトでは無い証拠の紅い瞳。
「ゆきちゃん、迎えにきたよ」
まるで、何処かに遊びに誘うような、そんな調子で迎えに来た少年に、雪乃は嬉しげに少年の手を取って、
「とうさま、あにさま、いってまいります」
と、表に駆けていった。
そして、雪乃は戻って来なかったというーー。




