行商の猫と翠の緑の石
「ふうむ。黒の身体に緑の瞳の仔猫の姿の猫又とな……」
身体を丸めて目を細めて座蒲団の上に鎮座していた族長は、サクラより事情を聞き、協力することを約束してくれた。
「琥珀、門の通行記録を確認してやってくれ」
「かしこまりました」
火車の後ろに控えていた琥珀と呼ばれた虎猫が座敷を出ていくと、火車は光葉とサクラに今晩ここに泊まるよう勧めてくれた。
「折角おいでなさったのだから、里の中を散歩して来られると如何かな」
「これは、火車殿。ご親切にありがとうございます。御言葉に甘えさせていただきます」
光葉の言葉に火車は満足そうに目を細めた。
里の門の通行記録は5日分を確認するのに、少し時間がかかりそうなので、里に出てみることにした。
ガヤガヤと猫通りの多い商店街は、見て歩くだけでも楽しくサクラの心を慰めた。
お椀などの食器類、河童の太郎の家で見たような薬草の干したもの、瓶詰めのもの、着るもの、野菜、何かの肉、お菓子、お惣菜……。
時には人間の世界では見たことのないものもあったが、概ね変わらないことがサクラを安心させた。
ふいに醤油の焼けた、なんとも言えない香ばしい匂いがサクラの鼻腔を刺激した。
ぐぅ〜
サクラが匂いの元を求めてキョロキョロ。
あ。
「焼き鳥……なんの鳥?」
小さな丸裸の鳥が三羽縦に串に刺さって、網の上でジュウジュウと脂を滴らせている。鶏肉しか知らないサクラはこれが何の鳥であるか分からなかった。
「……これは、チドリだな。食べてみるか? 」
「はいっ! 」
「クスッ。主人、串をひとつ」
「まいど〜」
光葉が焼き鳥の串をひとつ買い求めると、サクラに手渡した。
サクラは、恐る恐るそれにかじりついた。
「おいしいよ! 光葉さんもはいっ」
無邪気に串を差し出すサクラの手首を掴んで、光葉はサクラが持ったまま鳥肉をかじり取った。
至近距離まで近づいた光葉の顔に、サクラは頬を染めた。
「お兄さん、お兄さん。彼女に買ってあげてよ! 」
反対の店から威勢よく声を掛けられ、二人はそちらを振り向いた。
そこには地面に絨毯を敷いて、色んな石を飾った首飾りや、指環などが並べられていた。
どうやら、宝飾品を扱う露店商のようだ。
そこには、旅人のような身なりの若い男がしゃがみこんで、こちらを見上げていた。……いや、人型をとっているが、黒い猫耳が頭に付いている。
黒猫の猫又か……。
光葉はこの猫がサクラの捜している《翠》かと思ったが、一瞬にして違うと気付いた。
瞳の色が黒だった……。
サクラは、露店商の並べる品々を興味深そうに眺めていたが、ようやくあるひとつのペンダントに目を吸い寄せられた。
「オネーサン。気に入ったのがあった? 」
露店商がニンマリと笑う。
「サクラ、欲しいものかあったのか? 」
「光葉さん……これ……」
サクラが指差したペンダントはシンプルなもので、紐に大振りの翠色の石が通されているものだった。
「翠の……妖力を感じました……」
石から妖力を感じることが出来た事実に茫然となりながら、サクラは呟いた。




