猫又の里へようこそ
漆黒の翼が羽ばたき、大空を舞う。
光葉の腕に支えられてはいるけれど、やはり高いところは本能的に恐怖を感じる。サクラは彼の首に腕をまわしてしっかりとしがみついていた。
「身体に異常はないか?」
光葉はサクラをやさしく見つめながら問う。
サクラは先日の怪我の事を訊かれたと思い、
「大丈夫」
とだけ小さく答えた。
本当のところ、声を出すとまた無数の妖怪がサクラを嗅ぎ付けて襲ってくるのではないかと、気が気でなかった。
『かくれ簑』も紛失してしまった。けれども、これまでしつこく『声』を出すなと言われていたのに、今日は言われなかった。なぜ?
バサバサ
遠くから羽ばたきの音が近づいてきた。
サクラはぎゅっと身体を強張らせた。
その羽音はどんどん近づいてくる。
黒い翼の鳥。ーーカラス?
そのカラスはサクラの近くまでやって来た。
『光葉様、昨晩の『扉』は異常ありませんでした』
「そうか、ご苦労だった」
カラスと光葉が会話しているようだった。ーーというのも、サクラにはカラスの方の言葉は聞き取れなかった。
『そちらが、例の? 』
「そうだ。しばらく迷惑をかけるな」
『光葉様のお役に立てるなら、喜んで。では、失礼致します』
去り際に睨まれたような気がしたが、カラスはスイッと離れて飛んで行ったので、サクラはホッと息をついた。
「どうした?疲れたか?」
「いえ、大丈夫です」
もうすぐ翠に会えるかもしれない。
そして、猫又の里。
「きゃーー!!もふもふ天国!」
猫又の里はのどかだった河童の里とは違い、活気があった。
大通りに面して店が並び建ち、住人はヒトの姿をとった猫、大人サイズの猫、子猫サイズの猫と様々。
毛皮の色も茶、黒、三毛、白など多種多様。
光葉とサクラは里の入り口、結界の前にいた。
各種族の里や村は、同種族以外は結界に阻まれ侵入出来ないようになっている。異界の扉と同種類の結界で出来ていた。
異種族が結界を越える方法は、里の住人と共に入るか、里の族長の許可がいる。
先程里の入り口まできた光葉とサクラは、結界を守る大きな虎猫に呼び止められ、ただいま許可申請中……という名の足止めをくらっていた。
ただ結界といっても灰色の壁があるわけではなく、里の様子は見通せる。
先程からサクラは、結界のこちら側から里の中を覗いてはしゃいでいた。。
門番の虎猫が戻ってきた。
「族長との面会の許可がおりました。どうぞ、お入り下さいませ」
里へ通され、虎猫が先を歩く。
「俺が付いている」
光葉のこそりと囁く言葉に、サクラは浮かれていた気持ちを引き締めた。
案内された家は、妖狐のお屋敷より簡素だったが、里を通ってきた時に見かけたどの家よりも大きかった。
座敷に通され、族長とサクラ達は対面に座った。
猫又の族長は、白い長毛種だった。
キラリと光る黄色い眼光は鋭い。
「火車殿、お久しぶりです」
「これは光葉殿、人間の娘さん、猫又の里へようこそ。今日は相談事があっていらっしゃったとか。どうなさいましたかな」
族長は見た目は天井に頭が付くような化け猫で、その口はサクラをひと飲みしそうなくらい大きい。
「実は若い猫又を捜しております。お力を貸して戴けないでしょうか」
「ふむ。事情を伺っても宜しいかな」
いいとも悪いとも言わない。里猫を守るのが長の務め、しかも相手はもののけを取り締まる『扉』の監視役人だ。
サクラが光葉を仰ぎ見る。
光葉は仕方あるまい、と頷いた。




