河童の宝物 5
間一髪で、妖怪の爪がサクラを引き裂く前に奴を仕留めた。
怒りの余り、頭頂から一刀両断にした妖怪からは、派手に血しぶきが上がった。それは、光葉とサクラを頭から汚したが、そんなことよりもサクラの無事を確かめると衝動的に彼女を抱き締めた。
抱き締めた途端、サクラの力が抜け、腕の中が重たくなった。みれば、サクラの頬と肩に血が滲んでいた。傷は深くは無さそうだが、確か……奴の爪には毒があったのではなかったか!!
気を失っているサクラは熱を持ち、呼吸は浅く胸が大きく上下している。
「まずい!!早く解毒しなくては!! 」
光葉は翼を出して、家に戻ろうとした。
家まではまだ一刻(30分)程かかる……
一刻も早くと、踏み出そうとすれば、誰かに着物の裾を引かれていた。
見やれば先ほどまで腰を抜かして座り込んでいた男児が、光葉の着物の裾を掴んでいた。
「僕たちの家は、この森を抜けた直ぐのところにあるんです。僕たちのおとうさんはお医者だから! だから! あのっ!! 」
舌がもつれて上手く言えないようだったが、つまり、庇って貰った恩返しがしたいということは光葉にも届いた。
河童の一族が薬草などの知識に強いことは知っていたし、光葉としてもその申し出は有り難かった。
「有り難く世話になる。案内してもらえるか」
「うん!! 」
男児は、まだ腰の立たない女児をおんぶすると、森の中を案内して走った。
幸い森の中では、それ以上もののけに逢うことはなかった。
血の匂いは、それを好むもののけを誘うものではあったが、光葉の撒き散らす殺気と緊迫した気配に、力の無いもののけたちは畏れをなしていた結果だった。
森を抜けると、田畑と小川が長閑な集落に着いた。男児はそのうちの一軒に光葉を案内した。
「おとうさん!!おかあさん!!ちょっときて!! 」
男児が家の中に叫びながら飛び込むと、光葉もそれに続いて敷居を跨いだ。
「あらあら、太郎、モモ。どうしたの? 」
男児によく似た容貌の優しげな女性が現れた。
太郎の後ろにいた光葉を、そして光葉が抱いている少女の様子を見て、ハッとした表情になった。
「おねぇちゃんをたすけてあげて! 」
必死に太郎は母に訴えた。
状況を把握した太郎の母は、板の間にサクラを寝かせられるよう支度を調えた。
この騒ぎに奥の部屋に居たらしい太郎の父親も出てきた。
太郎の父親はサクラの様子を診るなり、「これはイカン」とバタバタと薬草庫へ走っていった。
サクラは浅く速い息になり、汗をびっしょりかいて苦しそうにしていた。
光葉は太郎の母親が用意してくれた水盥に手拭いを浸して汗を拭う。
足側には太郎とモモが心配そうにちょこんと並んで座っていた。
そこへまた、太郎の父親がバタバタと走ってくると、干した薬草を何種類かゴリゴリと引き潰すと、湯呑みに入れ、湯を注いだ。
そしてまた違う薬草を潰しては、水を加えペーストにすると、布にそれを伸ばした。
次にサクラの着物の襟元を広げ肩を出すと、その傷を水で洗い、薬草のペーストを湿布した。
頬の傷も同様に手当てを施した。
「あとは、この薬湯を飲ませられれば、一応の手当ては済むのですが……」
しかし、……意識の無いままでは飲ませられない。悩んでいる暇はなかった。
程よく人肌に冷めた薬湯を受け取ると、サクラを背中から支え、上半身を起こすと、薬湯を口に含んだ。
そして、むせないように慎重にサクラの口に流し込んだ。
コクリ……
サクラの喉が小さく震え、薬湯を飲み込んだ。
さらに、コクリ……コクリ……
やがて、全て飲ませ終えると、再びサクラを寝かせた。
「あ……あの、光葉殿。お風呂の支度が出来てますので、良かったらお使い下さい。お嬢さんは私どもが看ておりますので」
太郎の母親に勧められて、自分が血塗れた姿であったことを思い出した。
「お嬢さんの方も、もう少し体調が良くなられたらお拭き致しますね」
「色々とお世話になり、ありがとうございます。遠慮なく、お借りします」
光葉は太郎に案内されて、その場を離れた。
失神してる人に口移しは危険じゃ…ってツッコミは無しでお願いします。
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