猫又の翠 2
住宅地の分譲は好評だった。
駅が近く、大きな道路が都会まで通っていながら、自然の景観が残されているため、自然の中で子育てしたいものの、便利さも手放したくない、そんな若い夫婦を中心に飛ぶように売れた。
またこの土地に愛着が有りながら、都会へ移住した子孫たちもぽつりぽつり戻ってきた。
するとまたその子孫たちによって稲荷神社は手入れされ再び祀られるようになった。
そんな歴史の移り変わりを翠は、山は大部分を削られたものの、残されていた自然の中でただ見守っていた。
いつの時代からあるのか……山頂の公園の中に遺された祠の陰に住んでいた翠は、ある時自分の身体がもう永くないことを感じていた。
この時を待っていた翠は、祠の陰に身を寄せて死を受け入れた。
しかし、魂が天に召されることはなく、翠は猫又へと変化した。
その身体は翠の一番楽しかった頃……仔猫の姿になっていた。
だからと言って、今までと生活は何も変わらない。
ある日翠は、懐かしい匂いを感じて、公園へ出て見ようという気になった。
ガサゴソ、ガサゴソ
低木の茂みから、夕陽が照らす公園の様子を窺った。
匂いの元は、美津子が嫁入りした年頃くらいの少女だった。
例え百年経っていても忘れたことのない『稲守』の匂い。それがこの少女から……。
少女は一人で公園のベンチに座り、その高台から夕焼け空に染まっていく景色を眺めていた。
それから翠は毎日公園の樹の茂みから少女の様子を眺めるようになった。
もっと近寄ってみたくなり、普通の猫の振りをして少女の座るベンチの横まで行ってみたりもしてみた。
知らんぷりを装って、少女の前を通過して見ようかーーそんなことも考えてみたりした。
そんなある日、
「猫ちゃん……おいで〜」
少女が遠慮がちに片手を伸ばして翠を誘っている。遠慮がちな言葉とは裏腹に、何かを期待するような、それでいて愛しい物をみるような満面の笑顔。
先ほどまで『稲守』の子孫に近寄ってみたいと思っていたのに、あまりの歓迎ぶりに、言われるままにする事に一瞬迷ったが……
「んなーーーー」
尻尾をたてて挨拶し、トコトコと歩み寄る。
「こんにちは、猫ちゃん」
少女は軽々と翠を抱き上げ、そのふわふわの毛皮を堪能した。
「瞳が翡翠色だから……翠なんてどうかな〜 なんて、我ながら安直……」
少女が独り言で命名する。『安直』と自身で言いながらも気に入った様子だった。
『ふむ。悪くないんじゃないか。猫又の翠の誕生だな』
と翠も思った。
それから少女と翠は、毎日夕陽の照らす公園で逢った。少女は翠の毛皮を撫で、翠は気持ち良さそうに少女の膝の上に寝そべった。
ーーーーその日は、朝から翠は落ち着かなかった。
夕方、翠は少女といつものように公園へ過ごし、いつもならねぐらである祠へと戻るが、何かに気になって少女と共に公園から住宅地へと下る道を歩いた。
何の根拠もない……ただザワザワとした感覚が全身を包む。
道を下るに従って、ザワザワがゾワゾワに変わってくる。
翡翠の瞳が道にキラリと光るモノを映した。
翠をゾワゾワさせる気配がそこから漂ってくるのを感じた。
翠は思わず駆けた。
少女が後ろから付いて駆けてくるのを感じとりながらも。
ーーーーそして、1匹と1人は、異界の扉をくぐった。
異界の扉は、異界の空に開いていて、夕焼け空を落下した。
落下の最中、少女は翠を引き寄せ、その腕に抱き込んだ。
翠だけならどんなに高い所からでも自力で着地する自信があるが、この体勢はもろとも地面に激突してしまう。
どうにか腕の中から抜け出して、少女より先に地面に着地し、助ける方法はないものかーーーー
翠が何とか少女の腕から抜け出したその時、黒い翼を持った男に少女は抱えられ、再びその空を舞う。
少女を……『稲守』を助けなくては!!




