3話 「剣士の心得」
僕は今日も森へとやってくる。師匠に剣を習い始めて早数日。なのに師匠は僕に剣を振らせるだけで技の一つも教えてくれない。
「あの師匠? 私はいつまで剣を振っていればいいのでしょうか?」
「ん? 鍛錬という意味ではそれこそ一生だが、ヤマトが聞きたい意味でも当分はこのままだな。・・・技の一つも教えて欲しいとかって思っているんだろ?」
やっぱり師匠は凄いと思う。どうしてこんなにも僕の心情を読み解いてしまうのだろう?
「言っておくが、俺がヤマトに教えるような技なんてないからな。」
えっ!? どうしてですか!? やはり僕はお邪魔なんだろうか。技を教えるとなれば相当な時間がかかるのだろう。師匠は今も自分の鍛錬をしてる。正直、レベルが違いすぎるのだろう。師匠の鍛錬は僕には何が凄いのかさえもわからない。ただ、見ていると身の毛がよだつような恐ろしさというか、凄さが感じられるだけ。・・・それがわかるだけでもたいしたもんだなんて師匠は言ってくれるけど。
「別に教える手間や時間が惜しいわけじゃないぞ。教えても意味がないのさ・・・俺の剣は我流だ。長い時間をかけて精錬されたものでも確立されたものでもない。あくまで俺が戦うためのものなんだ。わかるか?」
僕はその言葉に複雑な表情をしたと思う。だって
「師匠の剣が我流だって言うのはわかります。でも、それが何で教えられないってことに・・・」
「長い時間をかけて人から人へ伝えられてきた剣術はな、ようは誰が使ってもそれなりに戦えるように変化してきたものだってことだ。対する俺のは俺だけしか使っていない。俺の筋力、性格、技、属性、くせや思考に至るまで俺だからこそ使え、戦えるに過ぎない。ヤマトがそっくり真似をしても条件が違う以上最適な戦術とはいえないのさ。」
確かに僕は師匠とは属性が違う。魔法剣の類は当然同じものは使えないだろう。師匠のような動きが出来るわけでもない・・・そうか、師匠の剣は師匠にとってだけ最適なのであって他のものが使って戦えるようには出来ていない!
「わかったみたいだな。まぁ、ようするにヤマトの剣はヤマトが作るしかないのさ。基礎的な鍛錬やそれを作るためのアドバイスはしてやるが、俺の技をそのまま覚えて使おうとは思わないほうがいい。・・・たまたま合っている物があれば教えるけどな。」
正直、僕は感動していた。だって、この言葉は師匠が本当に僕を強くしようとしているってことだから。ご自分のコピーではない、本当の戦場で戦える剣士にするための配慮だとわかったから・・・その言葉はもの凄く嬉しかった。
「師匠! ありがとうございます!」
「そんなにかしこまるなって。そうだな、技術的なことはそう教えられないが・・・一つ心得を教えておこう。俺が勝手に竜神流剣術なんていっているもの、もしそんな流派が出来るとしたら剣技ではなくこちらがその本質だろう。」
そう言ってどっかりと腰を下ろして手招きをした師匠に習って僕も座り込む。師匠の心得、きっとそれは技なんかよりも輝いているものなのだと思う。
「さて、そうだな・・・先ずは一つ質問だ。ヤマトは剣士って何だと思う?」
問われた問い、僕の中の剣士象は・・・
「後衛の者たちを守る為に危険な前線へと出るものです。仲間を守る盾だと思っています。」
師匠は僕の言葉に一瞬笑みを浮かべたけど、すぐに顔を引き締めて目をつぶり顔を横に振った。
「守る盾か・・・。とちらかといえば剣士よりも騎士のイメージだが、それはいい。そして、おそらく後衛のものとしてはその認識は正しいが、剣士ならばそれこそ死んでも言ってはいけないセリフだな。・・・いいか、戦場は前衛も後衛もない。等しく危険なのだ。剣士とは文字通り部隊の剣だ。重ねて聞こう、ならば剣とは何だと思う?」
再度問われた言葉、きっと僕の考えは後衛のものの考えなのだと思う。今まで守られてきたものが感じるもの。『守ってやる』なんておこがましいのかもしれないけど、そういう立場のものが考えてはいけないこと。でも・・・
「仲間を守り、平和を築きあげるものだと思っています。そういうものにしたいと思っています。」
きっと違うと思う。この人はあの誕生会で言ったではないか『剣では本当の平和も幸せも築けない』と! でも、僕が思ったほどには間違ってはいなかったみたいだ。
「それは剣の本質じゃない。だが、一人の剣士の心構えとしては合格だな。剣に限ったことというわけでもないが、剣とは相対するものを切り裂き、破壊し、殺すものだ。いかなる意思、いかなる思いで振ろうともそれは変らない。剣で守るとは・・・襲い来る脅威を切り裂くことで間接的に守るということ。直接的には守れない。剣とは、剣士とは殺すことでしか守れないのだ。」
僕は唐突にわかってしまった。きっと師匠はご自分のことが嫌いなのだと。世界中の殆どのものが憧れているだろう竜神というお人でありながら、自分自身の無力さを噛み締めている。だからこそ、こんなにも魅力的で・・・こんなにも悲しいのだと思う。
「だが、同時に剣は切り開くものだ。理不尽な運命を、受け入れられない未来を切り裂いて自分の望む未来を手に入れてみろ。キミがその心を失わない限り、剣はキミの希望を反映するだろう。」
でも、同時に凄く強い。この人はあきらめていない。本当に・・・本当に自分の望む未来を真っ直ぐに見てる。だから戦えるのだと思う。僕も・・・いつかなれるのだろうか? この人のように強く真っ直ぐに自分の道を歩ける剣士に。
「いかなる時も諦めるな。いかなる絶望も笑い飛ばせ。剣が真に切り裂くものは絶望であると知れ。剣が真に守るべきものは命じゃない、希望なのだ。たとえ、剣が折れようと心の剣だけは折ってはいけない。それがある限りはキミは剣士だし、後ろから皆が支えてくれるだろう。前衛は立ちふさがる者、後衛は支えるものだ。忘れるな、折れない心こそ最強の武器だと。」
きっと僕は忘れない。今日、ようやく僕は剣を持ったものから、剣士への扉の先を垣間見れたのだから。
昔に比べると少し前向きになったリュウト。でもやっぱり彼は自分のことは嫌いなんですよね。
マリア「あれはきっと死んでも治らないわよ。」
・・・あなたを見てると凄く説得力があります。
マリア「どういう意味かな~? でも、リュウトくんにしては意外とまともなお師匠さんやっているわね~。うん、お姉ちゃん、ちょっと感心しちゃった。」
日本では戦場で人一人斬れば一人前なんて格言もあったりしますからね、そういう意味ではリュウトは相当斬っていますからね。本人から見ればいいことではないのでしょうけど。
マリア「剣士としては超一流か・・・。まったく、あの子らしいというか。見ているものは真っ直ぐなのに、その過程でフラフラと迷うのよね。昔からちっとも変ってない!」
あはは、リュウトもマリアさんにかかると形無しですね。さて、次回もまだまだ2人の鍛錬は続きますよ!