8話 「12月1日」
「ふっ! はっ!」
気合を込めて打った拳に鋼鉄の人形たちがはじけ飛ぶ。・・・ふむ、今日はこれぐらいにしておくか。
「お疲れ様です。アシュラ様。」
いつの間にか横にいたコーリンが恭しくタオルなどを差し出す。
「いらん。それほどの鍛錬ではない。」
だが、オレの拳はあの時よりもさらに早くなった。自分自身が強くなって行くことを実感できるのは喜びである。同時にかってならば辛いことでもあった。オレと相対することが出来るものがさらに減ったということも意味するからだ。
だが今は違う。オレと相対することが出来る極上の相手がいる。そいつも更なる力を今は得ている事だろう。やつの成長速度は速い、知っているはずの知らぬ相手・・・これほど胸躍らせる戦いは無い。
「ぬっ!?」
オレの探知網に引っかかったものたちがいる。どうやら今日は特上のトラブルの襲来日らしい。
「いらっしゃいませ、皆様。今日はどのようなご用件で?」
「もっちろん、アーくんのお誕生日のお祝いだよ♪」
いつもどうりの笑顔でいつもどおりにはしゃぐはレミー。・・・何故、奴が代表のように挨拶をする?
「コーリンさん、悪いな。こんなに大勢で急に押しかけてきてしまって。アシュラのことだから前もって連絡すると逃げかねない。代わりに俺も料理は手伝うから。」
「クスッ、そうですわね。それに本来はお客様にお料理をなんてもってのほかですが、量が量ですしリュウトさんのお料理は美味しいですから少しお手伝い願いますか?」
くっ、今のリュウト相手に気配を隠して逃げるのは少々辛いな。しかし、何故オレの誕生日を奴らは・・・レミーの奴か。(番外編、アシュラに突撃取材! 参照)
「フフ、アシュラ殿の保有しているお酒は美味しいですので楽しみにさせていただきますわ。」
「済まぬ、メイの言う事は気にしないでやってくれ。なんなら水でも出してやってくれればいい。言わねば気づかぬかも知れぬ。」
「・・・女王様? それは一体どういう意味でしょうか?」
「かまいません。ワインといえど、保存に気を使っていても何時までも持つものでもありません。正直に申し上げれば最近皆様方のおかげでたまりに溜まった在庫を処分できて助かっているのです。」
確かにそのとおりなのだがな・・・奴に酒を与えるのは危険だ。まぁよい、いざとなったらリュウトの奴に押し付けよう。
「えへへ、またきたよ! おか・・・じゃなくてコーリンさん!」
「あら、お母さんと呼んでくれるのではなかったのでしょうか?」
「うう~、皆の前では恥ずかしいよ~。」
ふん、貴様らの容姿を見て気づいてないものなどいない・・・いや、お気楽天使ぐらいなものだ。他にきているのはコクトとレーチェル・・・ふん、あの時のメンバーが全員揃ったというわけか。
「ふん、そろいも揃って暇な連中だ。」
「俺は確かに暇だけどな。アキやメイ、レーチェル辺りは忙しいメンバーだぞ。」
てきぱきと料理を並べながら笑顔でリュウトが言う。こいつは戦うよりもこういうほうが似合うのやも知れぬな。もっとも、だからといって逃がすつもりは無いが。
「忙しいなら来るなと言いたいがな。」
「まぁ、こんなのはある意味口実だからな。祝う気持ちはあるが、皆に会いたいというのも事実だ。俺たちは戦友だろ? ここなら全員集まっても狭くないからな。」
レーチェルは知らんがアキやメイはスケジュール調整頑張ってたぞと笑うリュウトはなんとも嬉しそうだ。・・・しかし
「ふにゃ~、あのリュウトの笑顔良いよぉ~。」
「ちょ、ちょっと女王様! 一応他の人の目もあるんですからしっかりしてください。ほら! しゃんとする! アキ!!」
あの一団はどうにかならんか? ママナやコーリンも赤面している辺りを見ると女どもには破壊力が高いようだが。
「ふん、余興程度に付き合ってやる。」
「ああ、それでいい。とはいえ、このままじゃまとまりがないな。しょうがない、今回は俺が音頭を取るか。・・・ゴホン! え~、俺が言うのもなんだが料理も出揃ったことだ、そろそろ始めたいと思う。アルコールの類もふんだんにあるが未成年者は飲まないように! あと、大酒のみ2人はほどほどにするように! では、我らが戦友の誕生日に乾杯!」
「かんぱ~い!」
リュウトの声に一瞬静まり返り、そして大合唱。あとは先ほどと変わらぬ騒動だ。だが・・・悪くは無いな。
「なかなか決まっていたではないか?」
皮肉交じりにそういうと奴は
「旅の間ずいぶんと個性的なメンバーのリーダーもどきをやらせてもらったからな。」
とこちらもニヤリと笑いながら返してきた。ふん、どうやらメンタル面の弱点も改善されてきているようだ。それでこそ、オレのライバルといえる。
「さて、じゃあ俺はアキとメイのお目付け役に戻らせてもらうぞ。それに、あいつも黙っていないだろうからな。」
「何?」
楽しげに笑ったリュウトが戻ってすぐ、厄災はやってきた。
「アーくん♪ ほら~! 折角の誕生日だよ~、もっと笑おうよ~。」
リュウトよ・・・貴様はオレにこいつをどうしろというのだ?
「知らん。貴様らがかってにやってきたのだろう。飯はくれてやる、貴様らだけで勝手に騒いでいけば良い。」
「・・・駄目だよ? それじゃあ駄目なんだよ。」
何時に無く弱気な、消え入りそうな声に思わずレミーの顔を見る。貴様は何故・・・
「何を泣いているのだ、貴様は。」
「わかったんだ・・・やっと、わたし、わかったんだ。」
何? ・・・こいつは何をわかったというのだ。
「以前、リューくんが言っていたこと。アーくんの弱さがようやくわかった。」
オレの・・・弱さ?
「ふん、そうだな。オレはまだ弱い。だが、貴様よりは・・・」
「違う、そんな強さじゃない。」
レミーは静かに首を振って言う。
「アーくん、アーくんの生き方寂しすぎるよ。やっと、やっとわかった。アーくんは生きることに必死になりすぎて、そういった心を閉じちゃったんだ。それがアーくんの弱さなんだ。」
ポロポロと涙を流しながらレミーは言う。くだらん、くだらんと思うのに・・・何故否定できぬ?
「ふん、仮にそうだったとしてそれが何だというのだ。オレには戦いの高揚感がある。娯楽が無いわけではない。貴様に泣かれるほどオレは・・・」
「違う・・・違うの。アーくんはきっと心のどこかでそれを必要としてる。わたし、馬鹿だからうまくいえないけど・・・でもそれって凄く寂しくて悲しいことだと思う。」
何故だ? 何故・・・何故オレはこんなくだらん言葉に心を乱される?
「だからね! だから、きっとわたしがいるの! わたしにアーくんが必要なように、きっとアーくんにはわたしが必要なの!」
何? ・・・オレに貴様が? 何を言っているのだ。そして、先ほどまで泣いていた顔とは一転してニパッっと笑ったレミーは
「は~い! エントリナンバー1番、レミー=エンジェル歌うよ~! 歌は・・・アーくんへのラブソング!」
部屋の中央に駆けて行ったかと思うととんでもないことを言い出すお気楽天使。コクトの殺気がオレに突き刺さるがオレは知らんぞ。そんなに止めたければ自分でとめて来い。・・・オレにはやつは止められん。
「愛しい愛しいアーくんは~♪」
・・・頼む、できるのなら止めてくれ。
12月1日はアシュラの誕生日です。
アシュラ「以前も(突撃取材で)言った様に推測に過ぎんがな。」
推測でも何でもその日と決まったことに意味があるのでしょう。・・・きっと平穏な誕生日は二度と帰ってきません。
アシュラ「血なまぐさい誕生日なら歓迎したいところだがな。」
普通の人はそんな誕生日はトラウマものだと思うけど・・・まぁ、アシュラらしくはあるか。
アシュラ「で、次は12月24日か。この章最後は奴、ある意味最後にふさわしいかも知れんな。」