6話 「パワー」
黒きマントと風になびかせ、赤き瞳を光らせる女。パンパイア・・・夜の貴族といわれ真祖(噛まれてなったものではなくオリジナルのバンパイア)と呼ばれるものの中には魔王とさえ肩を並べる者もいると言われる誇り高き種族。
「お初にお目にかかる、我が名はカーミラ、長き付き合いになるかはそなた次第だな、竜神殿。」
言葉だけならばアキにも似た雰囲気を持つが内にあるものは異質。いや、ある意味似通っているのか?
「なら、俺の紹介は必要ないな。さて、俺には戦う理由はない。長き付き合いにするなら引いてもらいたいものだが。」
「悪いがそうはいかない。我にも我の事情があってな、そなたの力見せてもらおう!」
バンパイアらしく美しく整った顔を勇ましく変化させ、俺に対して突撃してくる。けして油断していたわけではないが、その速度は俺の予想を遥かに上回るものだった。慌ててバックステップをとったが、気休めにしかならない。鋭い爪の一撃を後ろに倒れこむように避け、腕の力だけで後方に大きく飛ぶ。
だが、相手はバンパイア。肉体も魔力も最高レベルの種族、腕の力の跳躍など簡単に背後に回りこまれる。そして首筋に近づく牙・・・!?
「おっと、さすがにそれを許すわけには行かないな。」
表面上は焦りなど見せず、肘うちとその後の竜神剣でのなぎ払いで阻止ずる。もっとも、後者は避けられてしまったが。
「っ・・・、さすがに受けてはくれぬか。そなたのような強き男、手元に置いておきたかったのだが・・・。」
悔しそうに顔をしかめるカーミラ。それもそうだろう、バンパイアに噛まれたものはバンパイアになる。それも上位(自分を噛んだバンパイア、そしてそのバンパイアの元になっている者たち)には絶対服従の・・・。未熟で純血ではないとはいえ竜族である俺がバンパイア化するとは思わないが、後者の効果は出てもおかしくない。
「悪いな、俺は俺として生きるから意味がある。操り人形になる気はない。」
「あのようなエルフの連れ合いなどをやらせるには惜しい男よ。どうだ? 我の物になる気はないか?」
ほう、珍しいこともあるな。バンパイアはそのプライドゆえに同族以外は見下す傾向にあるのだが? ん? 一瞬ルーンばりの妖艶さを覗かせたな。そうか、バンパイアはアンデットと夢魔の特性を併せ持っていた。ある意味これもバンパイアの姿か。
「ふっ、なら俺を誘惑してみるか?」
俺としては皮肉のつもりで言ったのだが
「そうじゃな、戦う前は召使にでもと思っていたが、そなたにそれはもったいないな。そなたは我が右腕・・・いや、夫にしてくれよう。」
どうやら余計なことを言ってしまったようだ。どうも俺は女性の扱いが下手なようだな。
!? 不意に感じた違和感に後ろに下がると、俺が今までいた場所から無数の針が飛び出している。これは、たしか・・・
「ほう、我がダークニードルから逃れるとはますます欲しくなったぞ。」
闇の基本技『ダークニードル』。実力者ほど予兆から発動までの時間が短くなり避けにくいとは聞くがこれほどとは。これでは立ち止まることは出来ないな。
「ほらほら、攻撃しないのか? それとも我が夫になりたいのか? 自ら頼めば痛い思いはしなくてすむぞ?」
よく言う、攻撃なんて出来る状態じゃないのはわかっているだろうに・・・!? なんだ? 黒い球体? し、しまった!?
「ふふふ、ようやく捕まえた。そう、それはブラックレターじゃ。内部は酸素濃度が低く高圧、さらに恐怖心を増幅する効果つき。ついでに我のチャーム(魅了の魔法。属性ではなく夢魔一族の特有魔法)も加えておいた。さて、いつまでそなたの精神は持つかな?」
くっ、まずいな。酸素は・・・正直あまり必要ないのだが、この高圧に精神的な圧迫はきつい。ん? ・・・今何か聞こえた。アキの悲鳴? 間違いない! 他の誰のものを聞き逃してもあいつのだけは聞きのがしはしない!
「リュム・・・第一封印、解除!」
先ずはアキへと力をつなげる。ついでにアキの気配を探す途中で見つけたレミーにも分配しておこう。アシュラは・・・落ち着いてから探してもあいつなら大丈夫だろう。そして
「リュム・・・闇を切り裂け!」
闇の球体、闇の基本技『ブラックレター』を切り裂く。強化された俺とリュムならば切り裂けぬはずがない。
「馬鹿な!? 何故、何故恐怖を煽られた状態で能力が使える!? そなたには恐怖心がないのか!? 我のチャームが効かぬというのか!?」
怖かったさ。また大切なものが失われるのかと気が狂わんばかりに怖かった。そう、魔界に来る時アシュラは言った。『貴様の心の内にある本当の思い。真に得たいもの、守りたいもの・・・それを見出せなくば貴様は必ず死ぬぞ』と。守りたいものを守ろうとする思いはときに恐怖を振り払い、実力以上のものを引き出す。つまり、俺が答えを出すのはギリギリ間に合ったってことなのかな。・・・ん? そういえばチャームの影響は殆ど、いやまったく感じなかったな。ルーンの強力なフェロモンを受けたことで慣れていたんだろうか??
「さぁな、だがお前の手は失敗に終わった。さっさと勝負をつけさせてもらうぞ!」
この手のタイプは失敗をすると立て直すのに時間がかかることが多い。そして、そんな時間を与えてやる気は俺にはない。
「っ・・・い、出でよ! この地に眠る者たちよ!」
カーミラの掛け声で現れたのは無数の悪魔のゾンビたち。・・・まぁ、バンパイアもアンデットの一種。それも最上位種を争うような種族だからな。ゾンビ化蘇生ぐらいは朝飯前か。
「フフフ、こいつらはただのゾンビではないぞ。そなたも知っておろう、生前の力が強ければ強いほどゾンビも強くなる。つまり・・・」
ここは深層魔界。そりゃ、眠っている悪魔たちも強いだろうな。だけどな・・・
「竜神流剣術・・・刹那!」
そんな奴らに手こずるほど俺は弱くもないんだ。刹那で邪魔な奴らを切り裂いて俺はカーミラに迫る。だが、俺は見てしまった。斬りつけられる時、ほんの一瞬だけみせたカーミラの涙目を・・・。
「ちっ!?」
一瞬の硬直はカーミラに逃げる時間を与え、気づいた時にはカーミラは霧へと変っていた。・・・たしかに霧化はバンパイアの能力だな。
「そなたは・・・甘いな。だが、その甘さに免じて、そして此度の我の負けを認めここは引こう。」
だが、なんにしろ殺さずに勝負がついたなら、それが最高か。
「最後に、そなたの・・・そなたの名を教えてくれぬか?」
きっとまた俺とカーミラは出会うことがあるのだろう。次ぎ合う時は、こんな無益な戦いをしないでもいい状態だといいな。
「ああ、俺の名はリュウト・・・リュウト=アルブレスだ。」
「リュウト・・・リュウトか。リュウト、次に会うときはチャームなどではなく我の、我自身の魅力で魅了して見せよう。それまで・・・死ぬなよ。」
・・・どうもまた厄介ごとが増えた気がする。アキにばれるとやばかったりするのだろうか?
・・・え~! リュウトは危なげなくカーミラに勝ちました! めでたしめでたし、ですね!
アキ「・・・リュウトの、リュウトの浮気者~~~~~!!!!」
・・・あ、アキさん? 別にリュウトがどうこうしたわけではないような。
アキ「知らない! 涙に気をとられて止め差し損ねたり! 私にばれるとヤバイ? そんなことを考える時点で論外よ!!」
あ~、それはその~・・・まぁ、後は主役にお任せしましょうか。すでに女王の顔を取り繕う余裕もないようですし。
アキ「フフフ、リュウト~私を怒らせると怖いんだからねぇ~。」
リュウト「誰か・・・誰か、俺を助けてくれ・・・。」