蒼穹に染まる
「よ! おはよ」
後ろから声をかけられる。キュ、と自転車のブレーキ音が響くと、私の胸もキュ、と音を立てて詰まった感触がする。
「最近早いじゃん、どしたの?」
お前に会うためだよ、ばーか。
って、心の中で叫んでみた。彼は気づく様子もなく、呑気に欠伸をしている。時計を見ると、まだ七時にもなっていない。秋の早朝のせいか、空気は冷たく張り詰めていて、彼の息も、ほんの少し白かった。
「別に。相変わらず、部活頑張ってるんだ?」
「おう、頑張ってる」
眠そうに目を擦りながらも、「頑張ってる」と言う時に、鋭さに似た煌きが瞳を掠める。私は高校に入るまで、彼がこんな強い眼差しを持っていることを知らなかった。
「次の大会、絶対優勝するんだ。応援しといて」
自信に満ちた瞳を少しだけ和らげ、親しげな笑みを浮かべる。笑い方だけは変わってない。目を糸のように細くさせて、くしゃんと顔を歪めて笑う、あどけない笑い方。
「了解。応援しとく」
私の声も、安堵で少しだけ柔らかくなる。正直に感情を映してしまった声が悔しくて、さり気なく唇を噛む。
私はいつも焦ってる。彼がどんどん変わっていくから。
いつの間にか、背は私の頭一個分大きくなっていて、幼かった顔立ちも大人っぽく涼しげに整っている。小学生の頃は、鈍くて、ドッチボールの時は女の子を盾にして逃げ回ってたくせに、中学に入ってからは、物怖じせずコートを駆け回る部活のエース。アクセサリー一つ付いていなかった素っ気無いバックには、今ではいかにも手作り感満載のマスコットのキーホルダーがぶら下がっている。アンパンマンの顔の右上に丁寧に彼の名前がひらがなで縫われていた。
私の知ってる彼じゃなくなってしまう。そう、感じてしまう自分が嫌だった。
幼馴染として(例え、それに一方的な恋愛感情が混じっていたとしても)、一途な彼の夢を心から応援するのが当たり前ではないのか。
そんなことを思っていると、彼が、げっ、と悲鳴に似た声をあげた。
「やべえ。もう行かなきゃ! またな!」
彼は早口でまくし立てると、力強くペダルをこぎ始める。
「ばいばい!」
私も少し早口にそう言って手を振ると、彼も片手を振り返してくれた。
あっという間にスピードの乗った彼の自転車は、坂道も平坦な道と変わらないように楽々と進んでいく。それにつられたように、とても気持ちの良い風が吹いて、私の頬を滑っていく。澄み切った青空のように健やかな彼の背は、坂が下り坂になると同時に消えた。それはまるで、彼が空に飲み込まれたようで。
私は嫉妬に少しだけ爽快感を混ぜたような不思議な気持ちで、道路のアスファルトと雲ひとつ浮かんでない蒼穹のコントラストをじっと見つめた。
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高校生のときはゴールデンウィークなんて部活で綺麗に消え去ってました。