表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1話


(ここは……?)

 ぼんやりとした意識のなかで、須崎乃依(すざきのえ)はゆっくりと顔を上げた。

 重い瞼を開いて正面を見つめると、よく知った人物と目が合う。


 昼夜を問わず、場所にかかわらず、毎日見ている顔。

 嫌いではないが、さりとて好きと言えるだけの自信のない顔。


 ――何のことはない。自分の顔だ。


 彼女の両指は、ノートパソコンのキーボード上に置かれたまま。数秒前までは、まるでダイイング・メッセージを残して死亡した被害者のようだったが、彼女はちゃんと生きている。

(家だ)

 わざわざ確認する必要なんてない。見慣れた、自分の下宿先だった。


 つけっ放しの電気。

 熱を入れたままのこたつ。

 スリープモードのパソコン。

 これらの状況証拠と、今の彼女の状態を見れば、探偵でなくとも真実に辿り着けるだろう。

(まただ……)

 この一か月で、もはや恒例となってしまったうたた寝。月の初めにこたつを出してから、急激にその回数が増した。いけないと分かっていても、ついつい誘惑に負けてしまうのだ。


 カーテンの隙間から見える色は、黒一色。明るくなっていないことにほっとする。

 時間を確認しようと、乃依は携帯電話を手に取った。

(四時二十分……二時間半か)

 意識を失っていた時間だ。

 道理でぼんやりするわけだと、納得する。しっかり睡眠を取るには短過ぎ、うたた寝にしては長過ぎる、最も中途半端な時間。

 いや。昨夜の酒が残っているのかもしれない。昨晩飲んだ量を数えながら、彼女は思った。何れにせよ、気分は非常によろしくない。

(うぅ眠い……)

 正面の真っ黒なディスプレイには、相変わらずの寝惚け眼が映っている。このまま二度寝してしまおうか――そんな誘惑に駆られるが、

(さむ……)

 微睡みの時間は長く続かない。乃依は肩を震わせた。

 さもありなん。こたつがフル稼働しているような時期、地域である。フリース生地の部屋着を身にまとっているとはいえ、肩丸だしで二時間半も眠っていたのだ。身体は当然冷え切っている。

 取り敢えず両肩に応急処置を施すべく、乃依はこたつ机の下に全身を押し込んだ。一人用のミニこたつだが、足を折り曲げれば、すっぽり全身を収納してくれる。

(風邪、引いてないといいけど)

 この時期に風邪だなんて最悪過ぎる。卒論の提出まで、あと二ヶ月を切っているというのに。

 これからラストスパートをかけるという時期に、風邪でダウンでは笑えない。一に体力、二に気力、と先輩が言っていたっけと、乃依は院生の言葉を思い出した。研究者に必要な力らしい。

(あったかい……気持ちいい……)

 一気に全身が温まる。再び訪れる微睡の時間。

 しかし太腿がちりちりしてきたので、ごろりと身体を反転させると、腰がヒータ部分にぶつかった。痛くはないが、やや窮屈だ。


(ん?)

 ふと額に違和感を覚え、手で撫でると奇妙な凹凸感。芋虫のように這い出てから起き上がり、それまで額を押し付けていた場所を見て納得する。

(よく無事だったな、ノーパソ……)

 少なくとも頭一つ分の体重はかかっていたはずだが。

 大丈夫だろうが、一応無事かどうか確認してみよう。そう考えて、彼女はパソコンに手を伸ばした。

 スリープ状態になっているパソコンを起動。パスワードを入力すると、直前の作業画面が表示される。


(え?)


 それを見た乃依の表情は、一瞬色を失い――直後、


「なっ……!」


 眠気は一気に吹き飛んだ。

 目に映るのは、大学で使用している学生用ウェブメールの画面である。

 普段ならば、眠る直前までメールをチェックしていたのだろうなと思って終わりなのだが、今回ばかりは事情が違った。


 送信ボックスにある、送信済みメール一覧。そこに、高階孝司(たかしなこうじ)の名がある。勿論、送信者は自分だ。

(やだ……凄くやな予感する……!)

 送信時間は一時四十七分。眠る直前だということが分かる。

 だんだんと意識がクリアになっていくなか、乃依は恐る恐るマウスを握った。

(見たくない……物凄く見たくないけど……!)

 そこに何が書かれているのか。

 一部頭にもやが掛かっているものの、おおよその内容は分かる。眠る直前の行動は、ほぼ完全に想起されつつあった。

 カーソルをその位置に持っていくのにたっぷりと時間をかけ、彼女は遂に人差し指を動かした。

 軽い音が、いやに耳に残る。これほどまでに、クリック音をはっきりと聞いたことはなかったかもしれない。今日何度となく聞いた、終了を告げるベルの音よりも緊張した。

(やっぱり見たくない! 見たくないっ!)

 だって、もう思い出してしまったから。この上、決定的な動かぬ証拠を見せつけられたら――今すぐベランダに出て絶叫したくなるレベルの恥ずかしさだ。

(もうやだ……)

 のろのろと、絶望的な表情で画面を直視する乃依。果たして表示されたのは、彼女の予想と寸分違わぬものだった。

(ああ……)

 やっぱり。見なきゃよかった。いや駄目だ。見なきゃいけないものだった。でも、見たくなかった。

 乃依はこたつ机に突っ伏した。

 次に目が覚めたら、全て夢でした――なんていうオチだったら良いな、と思いながら。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ