第五話 新たな出会い
立花先輩はPCの電源を切ると、俺に向かって言った。
「じゃあ、イツキくん。今日の部はこれでおしまい。お疲れ様ね」
「お疲れ、先輩」
俺も椅子から立ち上がると、帰り仕度をし始める。
「じゃ、明日までに宿題を出しておくわ」
「しゅっ……宿題!?」
俺はぎょっとして振り返る。
「そう身構えないでよ。簡単なことよ。近くの書店で、『プログラミング言語C』って本を買っておいて。著者はブライアン・カーニハンとデニス・リッチーよ」
「プログラミング言語C、ですか?」
「そ。この本は、別名を著者二人の頭文字を合わせたK&Rって言って、私たちC使いにとってバイブルだからね。著者の一人のリッチー様こそ、このC言語の作者なのよ」
「へぇ。このリッチーとかいうおっさんがねぇ」
「こら、誰がおっさんよ。リッチー様と言いなさい」
「は、はぁ……」
先輩がマジで怒っているので、俺は慌てて訂正する。どうも先輩はこのおっさんの信者みたいだ。
「じゃ、大きな本屋さんには売ってると思うから、よろしくね」
「はいはい。わかりましたよ」
俺はそう言うと、出口へと歩いて行った。
そんな訳で俺は帰りに書店へと寄ってきたのだ。
駅前のこの店は、うちの地元でも最も大きな書店だ。
俺はその店の中の、コンピューター関連の棚へと歩いて行った。
「本屋なんて漫画以外じゃ使ったことないなー」
ぶつぶつ言いながらも、ようやく棚を見つけて、本を探し始める。
「プログラミング言語C、だったな。どれどれ――」
しばらく見渡していると、結構な数のプログラミング言語があることに気づく。
「PHPやJavaが多いな……」
そう呟きつつ、ようやく本を見つける。
「あ、これか」
俺は手を伸ばした。
すると、隣の人も手を伸ばしていたようで、お互いに手をぶつけてしまった。
「きゃっ」
「あ、ごめん」
俺は隣の人の顔を見る。女の子だった。制服を見ると、同じ学校のようだ。
髪の長くて今時珍しく清楚な雰囲気の少女。俺はどきりとした。
(か、可愛い――)
「い、いえっ。こちらこそ、すみませんでした」
「えっと。君、うちの学校だよね? 俺、1-Aの京塚イツキ」
「あ、あの……私、1-Cの西原ミオって言います」
「西原さんか。さっきはごめんね」
そう言いながら、俺は本を手に取る。
「あ、あの……京塚くんも…」
「イツキでいいよ」
「あ、はい。イツキくんも、プログラミングに興味あるんですか?」
「うん。俺、ゲーム作ってるから」
一応、これから。
「凄い……。尊敬します」
「西原さんもゲーム作ってるんだ?」
「ええ。一人で。でも、わからない所だらけですよね。どの言語を使えばいいのかとか」
「そうだねえ、ならCがいいよ。基本中の基本だからね」
ああ、先輩の受け売りだ。
「そ、そうですか? 私、いまC#(Cシャープ)使ってますけど」
「へえ。ま、そっちでもいいとは思うけどね」
よく知らないけど。C#? Cとは違うのか? C♭なんてのは流石に無いよな?
「え、イツキくん、C#も出来るんだ。凄いーっ…」
憧れの視線を受けて、俺はつい勢いに任せてしまった。
「ははは。ま、これくらいの言語はどれも軽く使えるけどね。そうだ、西原さんも、うちの部に来てみるといいよ。電算部」
「電算部?」
「そこのPCで俺、ゲーム作ってるんだ。もう一人、立花アカネって二年の先輩がいるけど、部員が少なくてさぁ。ちょっと見学くらいはしてこないか?」
「そうですね……一度、おじゃまさせて頂きますね。ところで、イツキくんは、どんなゲーム作ってるんですか?」
「え、えーっと……すっ、3DでオンラインでMMOなRPGさ。ま、俺くらいになると、これくらい簡単すぎてね。立花先輩に、逆に教えているくらいだよ」
すらすらと口から出鱈目が出る事に、俺自身驚いている。
「す、凄すぎるーーっ」
「まったく、あいつも物覚えが悪くて教えるのに苦労するよ。はっはっはっはっ」
俺は豪快に笑った。もう、どうにでもなれ!
「そうなんだー。じゃ、私もイツキくんにプログラミング教えてもらおうっかなー」
俺はぎくりとした。早くも嘘がバレるぞ、おい。
「えっ。えっー、と……それは、また今度で、いいかな…。立花先輩も、基礎くらいは出来る娘だから、彼女に教えて貰うといいよ」
「私、これでも基礎くらいはマスターしてますので、イツキくんに……」
「いやっ。あ、あの……あ、ちょっと用事があるんで、これで失礼するよ」
「あ……はい。今度、楽しみにお伺いしますね」
俺は本を手に取ると、レジへ逃げるように走って行った。
あぁ。可愛い女の子の前では、つい見栄を張るこの性格、なんとかしないと――。
そう思いつつ、俺は新たな女の子との出会いに、胸をときめかせていたのであった。