第二十六話 御堂サヤ
日曜の正午の昼下がり、俺は駅前の自由広場にて立花先輩が来るのを待っていた。
なぜか?
それはつまるところ、俺が惰眠を楽しんでいた11時、携帯ががなり立てて俺を叩き起こした事に始まる。
「ねえ、イツキくん。暇でしょ?」
寝ぼけ眼を擦りつつ携帯を取った俺に、立花先輩の声が目を覚まさせる。
「は、はあ……」
「ならさ、ちょっと買い物を手伝ってよ。ユカがどうしても都合がつかないってんでさー」
つまり、俺は代理ってわけか。
俺は半ば呆れつつも、「わかりましたよ」と答えた。
「じゃあね、お昼の12時に、駅前の広場で──」
と言う訳だ。
まだ6月の今、日差しはそれほど厳しくない。周囲を歩く人々も、晩春の陽気を楽しんでいる風だ。
ちなみに腕時計は既に12:30を指している。
「先輩、遅いな……」
一度、携帯で催促の電話かけようか。
そう考えていた時、俺は、見た。
「あ……」
黒衣の銀髪の少女。
「サヤちゃん」
俺は呟くと、少女、御堂サヤも俺に気づいたようだった。歩いている足を止め、俺のほうを見る。
「あ、お兄ちゃん、こんにちは」
軽く頭を下げる。
俺はふらりと近づきつつ言った。
「今日は、ショッピングか?」
「うん。本を買いに」
「なるほどな」
俺はふと近くの歩道にある小さなクレープショップへと目を向ける。
「なんか食うか?」
「t」
彼女の独特の呟きを聞いて、俺はなぜか安堵する気持ちになった。
俺たちは店に近づいた。
「で、どれが欲しい?」
「このcadrの」
「……え?」
日本語で頼むよう。
「あ……」サヤちゃんも気づいたようだった。恥ずかしそうに言い直す。「左から二つめの」
「あ、それ二つください」
俺は店員に言う。
やがて俺たちは、クレープを片手にベンチへと向かって行き、二人で座る。
暖かな日差しの中、ぼうっとするにはいい時期だ。クレープを齧りつつ、午睡めいた淡い感覚を楽しむ。
そんなひと時、ふと俺は彼女のことがもっと知りたくなった。
俺は尋ねる。
「なぁ、サヤちゃんは、友達とかいないのか?」
少女は首を振る。
「ネットのLispコミュニティに少し」
「そんだけ?」
「問題ないもの……」
「ソーシャルネットとかやらないのか? モバゲとか」
そう言うと、サヤちゃんはしばらく考え込んだ。
そして歌うように小さく囁いた。
「人は孤独から逃れたくて、ネットワークを作った」
「……え」
「お互いに繋がりあっている幻想を欲して」
「さ、サヤちゃん?」
なんなの、この子? 電波系?
「でも、どれだけ偽りのコミュニケーションをお互いに与えあってても、人は結局、孤独からは逃れられないのよ」
「そ、そうなのかな?」
サヤちゃんは口をつぐんだ。
「馬鹿な俺にはよくわからないけどさ、サヤちゃん、そんな暗いこと考えてちゃいけないぜ」
「……そう、かな?」
「なあ、俺の部活に、今度来ないか? きっと他に友達も出来るだろうし──」
そう俺が言った時。
「ごめんねー遅れちゃってー、って誰その子?」
立花先輩の声が背後から聞こえてきた。
しまった。先輩のことを忘れていた。
「あ、先輩」振り向いて彼女を確認する。「えっと」
「あれ? イツキくん、ロリコンの趣味あったの?」
「ちっ、違いますっっ! 変な誤解しないでくださいっ!」
速攻で否定する。
サヤちゃんの方を見ると、彼女も怪訝な表情で先輩を見ている。
「えっと、こちらは、御堂サヤちゃん、この前、俺、Lispの話してたでしょ? この子から聞いたんだ。凄い使い手らしいよ」
適当に想像もまじえて説明する。
「へぇ。こんなに若いのに、凄いなー。あ、あたしは立花アカネ。イツキくんの部活の電算部で部長をしてるの。よろしくね!」
「あ、はい。御堂……サヤ、です」
「それで、先輩、今度、うちの部活を見にこないかって誘ってたんだ」
「え? でもこの子、まだ中学でしょ?」
「あの……」サヤちゃんが言った。「見てみたい……です」
「ほらー、サヤちゃんもそう言ってるんだし。固いこと言わないで」
「もう。勝手なんだから」先輩は苦笑する。「ま、部長としては、人が多い方がいいけどさぁ。じゃ、うちの顧問の先生に一応、許諾とっておくわ」
「やりぃ。さんきゅ、先輩」
「あ、あの…」
「じゃ、今度の月曜、来てくれよな」
「うん……お兄ちゃん」
サヤちゃんは薄く笑った。
そう言えば、彼女の笑顔を見るのは、初めてだった。
こうして我が電算部は、新たにLisp使いの仲間が増えたのであった。