プロローグ
プロローグ
俺、京塚イツキが、その日も部室へと入った時、まだ俺は来るべき嵐を予知していなかった。
緑ヶ丘高校電算部は、一年の俺ともう一人の部員にして部長、二年の立花アカネ先輩の二人で維持している。他にも何人か幽霊部員はいるものの、まともに毎日来ているのは俺達だけだ。
すでに季節は6月になろうとしている。ようやく俺もこの部活に慣れてきた頃だ。
そして気付いたのだが、はっきり言ってしまえば、電算部とは名ばかりで、単にパソコンを使ってゲームをするサークルになってしまっている。
あるいは、ニコニコした動画を見て時間を潰すか、ぶつぶつ呟くサイトで「部活なう」なんて言ってしまってるか。
だが、そんな自堕落にして気楽な日々は、今日、突如としてその終焉を迎えようとは果たして誰が予測したであろうか。
「あっ、イツキくん。今日も御苦労」
先輩はいつものように笑みを浮かべて俺を迎え入れた。
立花先輩は、肩までかかったストレートの髪に活発そうな雰囲気の少女だ。実は相当な凄腕ハッカーにしてプログラマーとは、見た目からは到底想像できない。
部室には、いつもの通り、俺と先輩の二人しかいない。
「こんちは、先輩」
俺は軽く頷くと、自分の席へと向かった。
部室にはPCが五台置かれている。そのうち、1台は先輩専用。俺にはよくわからないOSが入っている。残りは部員が使うのだが、どれもWindows 7のOSが入ってて似たようなものだ。俺は先輩の隣のPCを使っている。
PCの電源を立ち上げて、椅子に座って、ブートを待つ。
その時、背後から先輩の甘い声がした。
「ねぇ、イツキくん。あたしさ、昨晩ずっと考えたんだよ」
「……何をですか?」気の無い返事を一応返しておく。
「この部活さ、やっぱ、ダメだよ」
俺はようやく背後を振りむいて先輩の顔を凝視する。
「ダメ?」
「もともとさ、電算部って、プログラミングを勉強する部活だったんだよ? それがいつの間にやら、ここでゲームやネットをする場所になってる。それってさ、あたしやっぱりダメだと思う」
「……はあ」
何を考えているのだ、この女は。俺は全然問題ないぞ。
「だからね、あたし決めたんだ。あたし達、せめてゲームを作る側になろうって」
「ゲームを……作る?」
「そう。プログラミングをしてゲームを作るの! そうする方が、もとの部活のモットーに戻れるでしょ?」
「そうですか。先輩、頑張ってください」
俺はモニターへと視線を戻すと、Windowsの画面を見る。マウスでゲームのアイコンをクリックしようとカーソルを移動させる。
だが、立花先輩は、つかつかと近付くと真横に顔を持ってくる。
「なに言ってんのよ。作るのは、イツキくん。君だよ?」
「……」
モニターを見る俺は、がくがくと震えた。汗がたらりと頬を流れ落ちる。
「……は?」
「部長命令! イツキくんは、一週間以内に、ゲームを作ること!」
「なっ、なっ何を言い出すんです先輩! 俺、そんなの知らないですよ!」
俺は心底慌てた。プログラミング? そんなもん、俺が知るわけないだろうが。
これでも学校の勉強は底辺だぞ。
「大丈夫! あたしが一つずつ教えてあげるから!」
「そ、そんな……無理に決まってますよ」
「最初から、諦めないでよぅ」しばらく先輩は考え込んでから続けた。「そうだなー、もし作ったら……一つだけ、あたしがなんでもイツキくんの願い聞いてあげるから」
なぬっ!
先輩が一つだけ、俺の命令を聞く。
なんでも。
俺の脳は全力で加速して妄想を繰り広げた。
「た、たとえば、デートするとか、いや、それ以上のことも……むぐぐぐぐぐっ」
ぶはっ。鼻血が吹き出した。
「あ、あはは……。あ、あんまりアレなことは出来ないけどね…」
俺は先輩の言葉を聞く余裕すらなく、自らの妄想の世界を爆走していた。
がらりと椅子から立ち上がって先輩へと向き直る。
「やっ、やります俺! 必ず、この部活を立て直します!」
「よく言ってくれた、部員くん!」
立花先輩は、にぱっと笑うと、俺の手を握った。
こうして俺達二人は、ゲームを作るという難行に取り組むこととなったのであった。
果たして、上手くやれるだろうか……?