夢の中で。
足の裏が、ふわり、と沈む。
雪の上を歩いているのに不思議と冷たくない。踏むたび、音がしそうで、でも音はしない。代わりに、光が薄く弾けて、足跡の形だけが一瞬浮かんで消える。
息を吸う。
空気がすごく綺麗だ。水みたいに澄んでいる。
冬の夜空の中にいるみたいだ。
「こっち、こっち」
僕を呼ぶ声がする。
ふり向くより先に、背中をツンツンと押される感覚がある。誰かの指先。触れた場所だけ冷んやり冷たい。
振り向くと、精霊さんたちがいる。
たくさん。どこから現れたのかわからないのに、最初からそこにいたみたいに笑っている。髪の色も、輪郭さえも少しずつ違っていて、でも全員が同じ青白い光をまとっている。
初めて会ったはずなのに、なんだか懐かしいようなそんな感じがした。
「追いかけっこしよう!」
誰かが言った。次の瞬間にはもう走り出している。
僕の足も前へ出る。身体が軽い。
地面を蹴る感覚が、いつもよりずっと軽い。
風が頬を撫でる。
精霊さんたちは、笑いながら逃げる。
僕が追いかける側だ。
速い。速いのに、遠ざからない。僕が手を伸ばせば届きそうな距離を保って、わざと捕まらないように、わざと楽しませるように――くるり、と跳ねる。
「ほら、もうちょっと!」
「がんばれ、ヴァイス!」
僕も楽しくて笑っている。
走って、走って、いくら走っても苦しくない。
いつまでも走っていられそうだ。
……けれど。
ふっと、風が止まる。
精霊さんたちの笑い声が少し遠のく。消えるわけじゃない。ただ、音が薄い膜を一枚隔てて聞こえるようになった。
僕は足を止める。
止めた瞬間、周りも止まる。
「……あ」
粉雪みたいにふわふわ跳ねていた子が、小さく息を飲む。
そして、ほとんど同時に――あちこちから、残念そうな声がこぼれる。
「もう終わり?」
「えー……まだ遊びたいのに」
「はやいよ……」
その言葉は、鈴の音のように響いた。
彼らは、もうわかっている。終わりの時間が来たことを。
小さな氷の精霊さんたちは、僕の周りに寄ってくる――でも、途中で止まる。
名残惜しそうに僕を見る目が、きらきら揺れている。
そのとき、前方の景色が歪む。
氷の精霊さんたちが、自然に左右へ退く。
残念そうに唇を尖らせながらも、道を作る。
「……来ちゃったね」
誰かが、ぼそっと言う。
その声に、周りの精霊さんたちが同じ気持ちで頷く。
そして、現れる。
大きな氷の精霊さん。
その人が一歩踏み出すたび、足元に薄い氷の輪が広がって、音もなく溶けて消える。
「ダメでしょ勝手に連れてきちゃ。」
そう言って小さな精霊さんたちに注意する。
とっても綺麗な精霊さんだ。
最初に目を奪われたのは、髪だ。
月明かりを束ねたような白銀が、肩から腰へ静かに流れている。一本一本が細い氷の糸みたいに透けていて、揺れるたび、かすかな光の筋が生まれる。
顔立ちは、息をのむほど整っている。
肌は雪そのもののように白い。輪郭は柔らかいのに、凛としていている。
すごく優しい目をしている。
淡い水色の瞳だ。見つめられると心の奥まで見透かされている気がする。
目の前に現れた大きな氷の精霊さんは、僕を見るなり、ほんの少しだけ目を細めた。
驚いているような、そんな顔だった。
「まだ小さいのに、こんなに大きな魔力があるのね。」
そういうとコツコツと僕の一歩前まで歩いてきた。
精霊さんは、少しだけ真剣な顔をした。
「黙って連れてきちゃう気持ちがわかったわ。」
そう言って、精霊さんはそっと僕の胸に手を当てた。
ひやり、とする。
でも、ふしぎと落ち着くような感じがした。
指先が触れた場所から、じんわりと何かが広がっていく。
胸の内側に何かが流れる。音はしないけど確かに“通った”とわかる。
流れてくる精霊さんの魔力と僕の中の魔力が混ざり合う。
胸の奥に眠っていたものが、きゅっと形を整える。散らばっていた氷片が、ひとつの結晶になるみたいに。
「……これでよし。」
そう言うと、精霊さんは胸から手を離した。
離れたはずなのに、ひんやりとした優しさが、まだ胸の真ん中に残っている。
「会えて嬉しいわ。」
次の瞬間、柔らかい指が僕の頭を撫でた。
氷の指なのに、髪が凍ることはない。むしろ、心が落ち着く。
「それじゃ、送るわね。」
精霊さんは静かに立ち上がった。
そして、空中に指先を伸ばす。
何もないはずの場所に、氷の魔力の線が生まれた。
細い線が、すうっと伸びる。
伸びた先で折れて、また伸びて、曲がって、輪になって――
空気の中に、透明な彫刻を作るみたいに、美しい幾何学が浮かび上がる。
線は光り、淡い青を帯びていく。
氷の結晶のように規則正しいのに。
精霊さんは、描きながら僕の名を呼ぶ。
「ヴァイス。……あなたが正しく魔法を使う限り、私はあなたの力になる。」
その言葉が、僕の胸の中に触れた。
さっき流れ込んできたものが、そこで“約束”として固まる。
精霊さんが最後の線を結ぶと、魔法陣がふっと脈打つ。
次の瞬間――
ぱっと、周りが明るくなった。
僕の目の前をやわらかな光が満たしていく。
「またね...。ヴァイス。」




