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努力する天才剣士の成長録――氷剣で己が道を切り拓く  作者: 文ノ陽


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三歳の誕生日②

三歳の誕生日。


部屋の中は、まだ誕生会の余韻に包まれていた。

色とりどりの料理の皿は片付けられ、甘い匂いだけが空気に残っている。

人の話し声や笑い声も少し落ち着き、暖炉の火が静かに燃えていた。


そのとき、外で風が吹き、窓が小さく音を立てた。


きい、と乾いた音。


最初は誰も気に留めなかった。

だが、しばらくして、また同じ音が鳴る。


風は、少しずつ強くなっていた。


窓枠が、かすかに震える。

その変化を、皆が無意識のうちに感じ取り始めた頃だった。


「……そういえば」


不意に、カクタスが口を開いた。


「ヴァイスが生まれた日も、こんなふうに風が強かったな」


場の空気が、少し静まる。


「猛吹雪でさ。窓がずっと、こんな音を立てていた」


カクタスは、遠いものを見るような目をして続けた。


「そのときパパは、北区にいた。エギルさんたちのところだ。仮設の小屋が心配でね」


エリザベスが、穏やかに頷く。


「ええ。外は本当にひどい嵐だったわ」


その言葉に重なるように、窓の外で、白いものがひらりと落ちた。


それはまだ雪と呼ぶには心許ない、細く、軽い粒だった。


「……雪?」


ヴァイスはその光景をじっと見つめたまま、胸の奥にひんやりとした感覚を覚えていた。


寒いわけではない。

けれど、冷たい。


理由は分からない。


この感覚は、初めてではなかった。

今までも、何度かあった。


ーーーーーー


去年の秋。

そろそろ冬になるころだったと思う。


その日も、ヴァイスはいつものように窓際に立ち、外を見ていた。

木々の色が少しずつ変わっていくのを、黙って眺めていた。


その様子を見て、ローザが近づいてきた。


そして、窓を少しだけ開けてくれた。


ひんやりとした空気が、部屋に流れ込む。


「あら……」


ローザは、外を見ながら、ふっと微笑んだ。


「お坊ちゃまのお父様も、お外が大好きだったんですよ」


その声は、どこか懐かしそうだった。


「カクタス様が、ちょうど三歳のお誕生日のときのことです」


ヴァイスは、黙って耳を傾けた。


「もう亡くなってしまいましたけれど……あなたのおじい様にあたる方が、

カクタス様に、練習用の木剣を贈られたのです」


ローザは、少し目を細める。


「それからというもの、朝も晩も、夏も冬も、ちょうど目の前のこの庭で、剣を振っておられました」


その情景を思い浮かべるように。


「小さな体で、一生懸命でしたよ。」


ローザの瞳はどこか遠くを見つめていた。


お母さまが読んでくださる絵本にもカッコいい剣士がたくさん出てくる。

ヴァイスは、胸の奥が、きゅっとするのを感じた。


「……ぼくも」


思わず、口からこぼれる。


「ぼくも、剣がほしい」


ローザは一瞬きょとんとし、それから、くすりと笑った。


「あら。うふふ」


優しい声で、そう言ってから、


「では、旦那様に伝えておきますね」


そう告げて、窓を閉めローザは部屋を後にした。


そのときも、胸の奥が、ひんやりと冷たかった。


外の空気が寒かったからではない。


冬が来ること。

剣士というもの。


それらを思いワクワクするだけで胸の中に冷気が満ち、なんだか落ち着いた。


――あの日も、ちょうどこんな感覚だった。


ーーーーー


けれどその正体を、ヴァイスは知らない。


ヴァイスは、胸元に手をやった。


服の内側、指先に触れる感触。


おじいちゃんからもらった、氷の魔結晶のワッペンだ。


さっきまで、ただ冷たいだけのはずだったそれが、

わずかに――

じんわりと温度を下げた気がする。


冷たい。


けれど、嫌な冷たさじゃない。


むしろ胸の奥のひんやりとした感覚と、ぴたりと重なった。


だが、その瞬間――

ヴァイスの白い髪が、どこからともなく吹き込んだ冷気に揺れた。


本来、室内に風が吹き込むことはない。

温度も、暖炉の炎でちょうどいいはずだった。


扉も窓も、閉じられたまま。

暖炉の火も、揺れてはいない。


それでも、彼の周囲だけ、冷気が蠢いていた。


ヴァイスは息を飲み、周囲を見渡す。


何かが始まることだけは、確かだった。

理由は分からない。


誰かに呼ばれている――

ただ、そう思った。


再び、どこからか冷気が吹き込んだ。


刹那、ヴァイスは小さな椅子から飛び降りる。


がたん、と音を立てて椅子が倒れた。


その動きに合わせるように、ひやりとした冷気が、部屋に吹き渡る。


場の空気が、目に見えて変わった。


皆が息を飲み込む。


さっきまで笑い声と祝福で満ちていた部屋に、氷の魔力が満ちていく。


駆け出したヴァイスの背後で冷気は尾を引き、まるで彼を追うように漂い始めていた。


「――どうしたの」

「ヴァイス、どこへ行く!」


一拍遅れ、

驚きと戸惑いの声が次々と背後から飛ぶ。


何が彼を突き動かしているのか。

彼に、何が起きているのか。


誰にも分からない。


それが、余計に不安を煽った。


ヴァイスは振り返らない。

答えもしない。


やがて扉へとたどり着き、取っ手に手を伸ばし幼い力で押し開けた。


外の冷気が流れ込む――

はずだった。


だが実際には、冬の冷たさが彼を迎えに来たように集まり始めた。


頬を打つ風はない。足元の空気だけが、静かに冷える。


いつの間にか、外には大粒の雪が降っていた。


ヴァイスは庭の中央で立ち止まり、空を見上げる。


雪は、彼に積もらない。

だが、拒まない。


むしろ――

白い粒は、彼の周囲に寄り添うように落ちてくる。


冷気は、幼い少年に牙をむかない。

逃げもしない。


ただ、そばに留まっていた。


まるで、ここが本来あるべき場所だとでも言うように。


遅れて追いついた大人たちは、その光景を前に、誰一人として動けなかった。


言葉を失い、ただ息をのむ。


空一面に降りしきる雪へ、ヴァイスはそっと手をかざした。


その瞬間、空気が震えた。


けれどヴァイスの心には、疑問も不安もなかった。


今はただ、心のままに動いているだけだった。


ただ――

触れられると、そう確信した。


彼の頭上で、雪の落ち方が変わる。

ばらばらだった白い粒が少しずつ、少しずつ、同じ方向へと引かれ始めた。


それは、水が低い場所へ流れるのと同じ、あまりにも自然な集まり方だった。


雪は空中で溶け合い、微細な氷へと変わっていく。


冷気をまとった氷たちが重なり、層を成し、密度を持ち始める。


――そこに、

「核」のようなものが生まれた。


エリザベスにはそれが、ヴァイスの魔力と周囲の冷気が一点に集まった結果のように見えた。


白い粒子が、輪郭を持ち始める。


淡く、儚く、それでいて確かに“そこにいる”。


冷気が、鼓動のように脈打つ。


ヴァイスは理解した。


それは、自分の一部だった。


だから、拒むという発想もなかった。


ただ、そう在ることを許容しただけだ。


そして――

氷の精霊のようなものが、生まれた。


小さく、透明で、淡い光を内に宿した存在。


それはヴァイスを見下ろし、静かに瞬いた。


小さく、澄んだ氷の瞳。

雪と同じ色で、はっきりとした輪郭を持っていた。


次の瞬間、精霊は迷いなく宙を跳び、ヴァイスの胸へと飛び込んだ。


触れた刹那、二つに分かれていたものが音もなく溶け合う。


境目は消え、違いもなくなり、最初から一つだったかのように馴染んでいく。


その瞬間、周囲の冷気が、まるで応えるように震えた。


ぱきり、と音もなく、歓喜の鼓動が空気を打った。


雪は舞い、冷気は集い、ヴァイスの白い髪は純白の雪と溶け合うように煌めく。


ヴァイスは、不思議そうに首を傾げただけだった。


驚きも、恐怖もない。


胸元につけていた氷のワッペンは、小さな欠片を残し溶けるように消えていた。


次の瞬間、

ヴァイスの身体が、ふっと力を失う。


その場に崩れ落ちる小さな体。


「ヴァイス!」


我に返った大人たちが、一斉に駆け寄った。


雪は、

静かに降り続けていた。

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