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努力する天才剣士の成長録――氷剣で己が道を切り拓く  作者: 文ノ陽


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6/10

ヴァイス2歳

カクタスの過去も少し触れています。

昼過ぎだった。太陽がいちばん高くて、空気が重くなる時間。窓の外は白く揺れて見えるくらい暑い。


僕はヴァイス。ヴァイス・グレイシャーだ。

僕は夏が嫌いだ。夏は暑くて疲れる。お父さんは外で遊ぼうと言うけど嫌だ。


暑いから絵本を読んでほしい。昨日お母さんが読んでくれた『氷の英雄』っていう絵本はすごく面白かった。


僕と同じでヴァイスという名前の魔法使いが、困っている人を助ける話だ。


ヴァイスは氷魔法で暑い夏も涼しくできる。


熱中症になった人も魔法で助けていたし、冷たい飲み物が欲しい人には氷をプレゼントした。


もちろん、魔族に襲われている人は魔族を倒してあげるし、魔獣に襲われている村では進んで魔獣を討伐した。


『氷の英雄』を読むと、僕も胸の奥がひんやりと冷たくなった。ヴァイスが魔法をかけてくれたんだ。


お母さんに言ったら「よかったね」って言ってくれた。僕も大きくなったら、みんなを助ける魔法使いになるんだ。


「アイスランサー!」


魔法使いヴァイスが使っていた必殺技だ。どんな魔族も、どんな魔獣も、この魔法でひと突きだ。


廊下を走っていると玄関からお父さんが帰ってきた。


「アイスランサー!」


お父さんは強い剣士だってローズが言ってた。僕はお父さんより強くなって、みんなを守るんだ!


________________


一仕事終えて帰ってくると、廊下の奥からヴァイスが走ってきた。


「ただい……」


「アイスランサー!」


帰ってくるや否や、魔法使いヴァイスの攻撃魔法を撃ち込まれる。


外が暑かったからか、冷たい風が吹いた気がした。


「ただいま、ヴァイス。元気なのはいいことだが、お父さんに攻撃魔法を撃っちゃだめだぞ」


「僕は、アイスランサーでみんなを守るんだ!」


「そうかそうか、それは偉いな。ヴァイスは将来、魔法使いになるのかい?」


「うん!」


迷いのない返事だった。

瞳はキラキラと輝き、ヴァイスの心境を物語っている。


「お父さんは魔法が苦手だからなぁ。ヴァイス、剣には興味ないか? お父さんみたいに強い剣士になるんだ」


「えー。僕は魔法使いがいい!」


だめだった。当面はエリザベスと魔法のレッスンだな。


息子に剣を教えるのを楽しみにしていたが、その夢が叶うのはまだ先になりそうだ。


_________________


いつのまにか、疲れたヴァイスは眠ってしまった。


すくすく成長しいつの間にやら屋敷中を走り回るようになった。

随分と大きくなったと思っていたが、寝ている顔はあどけない。


カクタスは寝台の縁に腰を下ろし、そっと息子の髪を撫でた。指先に触れる髪はまだ柔らかく、額は少しだけ汗ばんでいる。

先ほどまで廊下を駆け回っていた勢いが嘘のように、今は静かに、規則正しい寝息だけが部屋を満たしていた。


「……元気に育ってくれたな」


口に出した声は、自分でも驚くほど小さかった。

撫でるたびに、ヴァイスの眉がわずかに動き、安心したように呼吸が深くなる。その仕草がたまらなく愛おしくて、カクタスは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


規則的に動く胸を見ていると、父としてこの子を守っていかなくてはと、強く思う。


その思いは、胸の奥で静かに熱を持ち、やがて別の記憶を引き寄せた。

守るという言葉が大切な人を失った日をーー。


カクタスは視線を落としたまま、ゆっくりと息を吐く。

次の瞬間、意識は自然と過去へ滑っていった。

________________


私は男爵家に生まれ、王都で剣の修行をしていた。父が領地を守り、私が継ぐのはもう少し先だと思っていた。しかし、両親が王城へ出向いている時、ことは起きた。


魔族の襲撃だ。


夕暮れごろ、急に街のあちこちで魔族が現れ、民は襲われ、建物は壊された。


私も当時は王都にいたので、何体かの魔族と戦った。


その際、両親は王城で争いに巻き込まれ、命を落とした。


一番やばそうな魔族は、王城に詰めていたラインハルト様が追い払ったと聞いたが、ギリギリの戦いだったとも聞いている。


父母が亡くなったと聞いてかなり落ち込んだが、すぐに領地を継ぐこととなった。毎日忙しく、くよくよしている暇もなかった。


四年前に王都でお世話になったイグニ家のエリザベスと結婚し、今はヴァイスも生まれ、とても幸せだ。


だからこそ――この温もりを、当たり前のまま続けさせたかった。


________________


カクタスは寝台の縁に手をつき、眠るヴァイスの顔を覗き込む。

まつ毛はまだ短く、頬は熱を持っているのに、表情だけは無防備で柔らかい。


「……本当に大きくなったな」


呟いて、額にそっと口づけた。

小さな寝息が変わらないのを確かめ、布をかけ直す。


扉の方へ向き直ると、エリザベスが廊下の角に立っていた。日中の暑さのせいか髪を軽くまとめ、薄手の上着を羽織っている。ヴァイスが静かになったのを感じたのだろう、声を落として言った。


「寝たの?」


「ああ。走り回って、さすがに限界だったらしい」


エリザベスは寝室の中を一瞥し、微笑む。


「……かわいい顔」


カクタスは頷き、ヴァイスの布の端を整えてから一歩下がった。


「しばらく起きない。任せてもいいか」


「もちろん。任せて」


短いやり取りで十分だった。

カクタスはもう一度だけヴァイスの頬に指先で触れ、名残を断ち切るように立ち上がる。


「私は自室で仕事をする。何かあったら呼んでくれ」


「ええ」


その時、廊下の先から女中頭のローザが近づいてきた。手には封蝋付きの書状。

近づく前から、それが“ただの連絡”ではないことが分かる――封蝋の赤が深く、押された紋章が明確だったからだ。


カクタスは、その紋章を見た瞬間に足を止めた。


「……剣の紋」


王城直属の印。

そして、その意匠は一つしか知らない。


ラインハルトだ。


ローザが一礼し、書状を差し出す。


「旦那様。王都より急報が」


カクタスは受け取り、封を切る。


文面は短い。

焦りを煽る調子ではない。だが、その落ち着きがかえって不気味だった。

理由は書かれていない。ただ、「可能性」だけが、淡々と置かれている。


――王都にて、魔族の存在を確認。

――詳細は追って通達。

――各領、警戒を強めよ。


カクタスは息を吐き、エリザベスの方を見た。隠す理由はない。隠しても意味がない。

領主として動くなら、家の中も同じ現実に立たせる必要がある。


「エリザベス。ラインハルト様からだ」


エリザベスの表情がわずかに引き締まる。


「……ラインハルト様が、わざわざ?」


「王都で魔族が確認された。詳細はまだないが、警戒を強めろという」


口にした瞬間、部屋の空気が少しだけ冷える。

それでもエリザベスは、目を逸らさなかった。


「こっちに来る可能性は?」


「可能性はゼロじゃない。だから、準備が必要だ」


カクタスは言い切ってから、声を落とす。


「不安にさせたいわけじゃない。だが、知っていてほしい。君とヴァイスを守るために、街を守る」


エリザベスは一度だけ頷き、寝台の方へ視線をやった。眠るヴァイスの頬は変わらず柔らかい。

その無防備さが、彼女の決意も引き出したようだった。


「分かった。私にできることは?」


「屋敷の備蓄を確認してほしい。水と薬草、氷室の管理、子どもを含めた避難の動線も」


「分かった。ローザ、すぐ段取りを」


ローザは即答する。


「かしこまりました。屋敷内へも必要事項を通達いたします。混乱が出ないよう、順序立手が必要ですね。」


「頼む」


カクタスは踵を返しながら付け加えた。


「それと、オスカーを呼んでくれ。執務室へ。至急だ」


「承知いたしました」


自室の机に蝋燭を灯し、カクタスは地図を広げる。窓から入る風はぬるく、紙がわずかに鳴った。

書状を机の中央に置き、必要な項目を冷静に並べていく。


門の警備。巡回の頻度。夜間の灯り。詰所の連絡網。治療所の手配。民兵の即応。

そして、近隣の村へどう周知するか――不用意に煽らず、しかし油断させない言葉を選ぶ必要がある。


ほどなくして扉が叩かれ、オスカーが入ってきた。


「旦那様」


カクタスはラインハルトの書状を指で示す。


「王都で魔族が確認された。ラインハルト様からの直書きだ。街の守りを一段上げる」


オスカーの目が鋭くなる。


「承知しました。まずは巡回を増やし、夜間の灯りを増設。門と各区の詰所を厚くします」


「加えて、伝令経路を固定する。門、詰所、治療所、屋敷。誰がどこへ走るかを決め、今夜から回せ」


「はい。民兵にも触れますか」


「触れる。ただし煽るな。“備えを整える”という形で、参加を増やす。必要なら私も出る」


オスカーは短く礼をし、すぐに動く気配を纏った。


「頼む」


余計な言葉はなかった。

オスカーは踵を返し、音を殺して扉へ向かう。取っ手に手をかける前にもう一度だけ振り返り、確認するように言った。


「屋敷の方は、奥様とローザが動かれるでしょう。領内は私が前へ出ます」


「任せる」


オスカーは静かに扉を開け、そのまま廊下へ消えた。

扉が閉じると、執務室には蝋燭の燃える小さな音だけが残る。


次に動くべきは、自分だ。


机の上を片付け、上質の便箋を数枚取り出す。封蝋、紐、宛名札。領主としての手が勝手に動く。

あの手紙は“領地に警戒を”という一言で終わっていたが、自分の領だけ守って終わる話ではない。


まず、誰に知らせるべきか。

大声で触れ回る必要はない。しかし、信頼できる者には、先に事実を渡しておくべきだ。


カクタスはペン先を整え、深く息を吸ってから書き始めた。


――王都で魔族が確認された。差出人はラインハルト。

――緊急の動員命令ではない。だが理由が不明で、不穏さが残る。

――各地で警戒を上げ、連絡経路を整理してほしい。


文章は短く、曖昧さを残さない。

不安を煽る形容は避け、必要な事実と意図だけを並べる。相手が迷わず動けるように。


一通を書き終えると、すぐ次の便箋へ移った。

宛先ごとに、言葉を少しだけ変える。軍備を預かる者には具体的な備えを。商路を握る者には伝令の確保を。王都に近い者には目撃情報の収集を加える。


書き終えた手紙は重ねて乾かし、封をする。

封蝋を落とし、自らの紋章を押しつけると、水色の蝋が静かに固まった。領主の責任が、そこに形になって残る。


カクタスは束を手に取り、廊下へ出る。


「ローザ」


呼ぶと、すぐに女中頭が現れた。目の動きだけで状況を察し、問いを挟まない。


「旦那様」


「使いを出す。最優先でこの手紙を届けろ。行き先はここにある。夜明け前に動ける者も確保しておけ」


ローザは束を受け取り、即座に頷く。


「かしこまりました。伝令役を選び、馬も手配いたします」


「頼む」


カクタスは一歩だけ立ち止まり、念押しした。


「これは恐怖を広げるためじゃない。備えを整えるためだ。届く相手は、私が信頼する者たちだけでいい」


「承知しております」


ローザが去るのを見送り、カクタスは執務へ戻った。


一通り書類に目を通し終えると、カクタスは深く息を吐いた。


机の端で、新しく灯したはずの蝋燭が、もう底を見せかけている。

蝋は皿に広がり、炎は細く、芯にしがみつくように揺れていた。


――思った以上に、時間が経っていた。


机の端に残した未決裁の束を揃え、明朝の段取りを頭の中で一度だけなぞってから立ち上がる。


カクタスは椅子の背を静かに押し戻し、封蝋で留めた連絡文の写しを引き出しに収め、鍵を掛ける。火の気だけは残せない。蝋燭の炎を指先で覆い、息を落として消した。


闇が部屋に満ちる。

外から差し込む月明かりだけを頼りに扉へ向かい、取っ手を握る。


寝室へ戻る前に、身を清める必要があった。


洗面台の水はぬるく、昼の熱がまだ残っていた。


カクタスは袖をまくり、顔と首筋を丁寧に拭う。汗と埃を落とし、最後に手を洗う。剣よりも書類を握っていたはずなのに、手のひらには別種の疲れが残っていた。


薄い寝間着に着替え、灯りを落として静かに廊下を歩く。


寝室の扉をそっと開けると、エリザベスはまだ起きているようだった。


ベッドの上で、胸元にヴァイスを抱いている。

ヴァイスは母の鼓動に寄り添うように眠り、小さな体が僅かに上下していた。


エリザベスの指が、何度も何度も、愛おしそうにヴァイスの髪を撫でている。

その動きは規則正しく、まるで子どもの眠りを守る呪文のようだった。


ヴァイスの白い髪は、雪そのもののように淡く、灯りを受けるたび銀の霧をまとったように揺れる。

エリザベスの艶やかな黒髪は、夜の水面のように深く、わずかな光さえ吸い込みながら静かに輝いていた。


白と黒。相反するはずの二色が、母の腕の中で不思議と溶け合って見える。

カクタスの瞳には――この部屋だけが、物語の挿絵の中に切り取られたように映った。


カクタスはしばらく、声を出さずに見つめた。


悪い知らせで張り詰めていた緊張が、静かにほどけていく。


エリザベスが気配に気づき、目だけで笑う。


「おかえりなさい」


「……ただいま。起こしてしまったか」


「ううん。ずっとこのまま。あなたを待っていたの」


その言葉が、胸の奥に温かく落ちる。

カクタスはベッドの縁に手をつき、眠るヴァイスの額にそっと口づけた。昼間の熱はもう引いていて、肌は心地よい温もりだけを残している。


「よく寝てるな」


「いっぱい走ったもの。……あなたも、疲れたでしょう」


「ああ。でも、君を見たら……不思議と軽くなったよ。」


エリザベスは小さく頷き、ヴァイスの背を軽くさすった。

ヴァイスは起きることもなく、母の胸に頬を寄せたまま眠り続ける。


カクタスはベッドの縁に手をつき、エリザベスの顔にそっと近づいた。

起こさないように、呼吸まで落として――唇を重ねる。


短く、静かなキスだった。

そこには「ただいま」と「ありがとう」が込められていた。


エリザベスは目を伏せたまま、微笑むように息を吐く。


そしてもう一度、ヴァイスの髪を撫でながら、カクタスの指先を軽く握り返した。


やがて蝋燭の炎は細くなり、芯が小さく鳴って、光が一段落ちる。

窓の外の気配も、遠い物音も、ひとつずつ沈んでいった。


やがて炎は、最後に一度だけ大きく揺れた。

芯の先が赤く強く光り、部屋が一瞬だけ明るくなる。


だが、それも長くは続かない。

炎はみるみる小さくなり、静かに消えた。


残ったのは、燻った芯の匂いと、闇の重みだけだった。

部屋は一息で暗さに満ち、輪郭を失った寝台の上に、三人の温もりだけが浮かんでいる。


暗闇の中で、カクタスは目を閉じた。

女性が子を、夫を支えていると思っています。

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@vaisu_greisya

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