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努力する天才剣士の成長録――氷剣で己が道を切り拓く  作者: 文ノ陽


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3/10

ヴァイス誕生後日談

イギルの人となりを描きました。

ヴァイスが生まれた翌日。

吹雪は嘘のように収まり、領主館の窓辺には淡い冬の光が差していた。昨夜まで屋敷を揺らしていた風の唸りは消え、残るのは、雪が落ち着いた後特有の静寂だけだった。


午前、騎士長オスカーがイギルを伴って領主館を訪れた。

玄関で外套の雪を払うと、オスカーは短く頭を下げ、すぐに要点だけを告げる。


「領主様。北区の件はイギル殿より詳細の報告がございます。私は先に、館に残っている騎士へ昨晩の状況を共有し、警戒と巡回の手順を整えてまいります」


カクタスが頷く。


「昨夜の判断が正しかったかどうかは、今後動きで決まる。抜けがないように頼む。」


「承知いたしました。」


オスカーは踵を返し、屋敷の奥――詰所の方向へ迷いなく去っていった。足音は淡々としていて、騎士長が通常運転に戻ったことがわかる。それが今は頼もしかった。


その後、カクタスとイギルは客間へ通された。

二人が着席してすぐに、ローザが温かい茶を卓へ置く。湯気は柔らかく、陶器が触れ合う音は小さかった。


「……ローザさん、いつもありがとうございます」


カクタスが短く礼を言うと、ローザは一礼だけ返し、余計な言葉は添えなかった。今日という日を、誰よりも正確に理解している所作だった。


イギルが背筋を伸ばす。


「カクタス様。エリザベス様がご静養中のところ、恐れ入ります。雪も収まり、北区の補強も一区切りつきましたので、ご報告に参りました」


語尾は丁寧で、声は落ち着いている。だが“一区切り”という言葉の裏に、昨夜の混乱と疲労が透けていた。


報告は無駄がなく明快で、商人としての手腕の確かさがそのまま表れていた。

仮設住居の補強はすべて完了。住民全員の安否確認も完了。怪我人の応急措置も完了。重症者が二名いたが、いずれも今は落ち着き、経過観察中とのこと。


それだけではない。

イギルの伝手と人望により、町中から見舞いと援助が届き始めているという。保存食、毛布、薪、薬草、修理用の板材――想像以上の動きにカクタスは息を呑んだ。


(……これほど、か)


 胸の奥がわずかに熱くなるのを、カクタスは誤魔化すように息を整えた。

 復興は、きれいごとを並べるだけでは進まない。物が集まる導線を作り、人を動かし、優先順位を決め、そして混乱を抑える。領主として理解しているつもりだったが、いま目の前でそれが“結果”になって揃っている。


(イギルは商人だ。だが……ただの商人じゃない)


伝手があるだけでは、町はここまで動かない。

人望があるだけでも、これほど早く物資は集まらない。信頼と段取り、声をかける順番、頼み方、断られた場合の代替――そういうものが最初から組み上がっている。まるで、嵐が来ることを知っていたかのように。


(俺は、こいつを“便利な顔役”くらいに見ていたのかもしれないな)


カクタスは、口元に出かけた称賛を一度飲み込む。領主として、軽々しく感情を見せるのは癖になっていない。だが、抑えたところで事実は変わらない。


(……優秀すぎる。)


今まで何度も顔を合わせてきたはずなのに、今日初めて“本当の輪郭”を見た気がした。

自分が守るべき領に、これほど頼もしい人間が根を張っていた。その事実だけで、昨夜の吹雪が残した疲労が少し軽くなる。


カクタスは視線を上げ、声に出すべき言葉を選んだ。選びながらも、結局は真っすぐに落ち着く。


「……イギル。本当にやるな。」


それだけで十分だった。

イギルの報告の続きを聞く準備をしながら、カクタスは内心で、もう一つだけ認める。


(復興は――任せられる。少なくとも今は、俺が一人で抱える必要はない)

カクタスは、知らず息を吐いた。

領主としての仕事は「民を守る」ことだが、それを実務として回し切るのは簡単ではない。今日ここにある報告にはそのすべてがそろっていた。

「よくやってくれた。……本当に助かった」


そこから一時間ほど、二人は今後の方針を詰めた。

復興はイギルを中心に進める。領主としての支援は惜しまない。必要があれば人員も資材も追加する。優先順位は、医療、住居、食、そして治安の維持――。


議論が煮詰まった頃、カクタスがふと空気を変えるように言った。


「……そうだイギル。せっかくだ。息子を見ていってくれ」


そう言って、ローザへ目で合図する。

ローザは即座に理解し、静かに頷いた。


「奥様へ、伺ってまいります」


ローザが席を外すと、イギルは胸に手を当てて一礼した。


「カクタス様、ありがたき幸せでございます。先ほどローザさんからも少し聞いたのですが……雪のような髪色で、透き通った瞳と」


「そうなんだ!」


カクタスは、さっきまでの領主の顔を引っ込めた。

驚くほど無邪気な声だった。


「とにかく可愛い。頭を撫でると笑うんだ。手を触ると、指をぎゅっと握り返してくれる。」


昨晩の吹雪をもしのぐ勢いでカクタスはヴァイスについて語った。


「――それからな、生まれた直後に吹雪が……」


吹雪が止んだ、という話に入った瞬間。

客間の扉が静かに開いた。


ローザが先導し、その後ろから赤子を抱いたエリザベスが現れた。

顔色はまだ薄い。動きも慎重だ。それでも背筋は崩れていない。母として男爵夫人としての芯が、立ち姿に表れていた。


カクタスとイギルは、同時に少しだけ目を見開く。

エリザベスが直接来るとは思っていなかったのだろう。予想外の気配に、空気が一瞬止まった。


イギルがすぐに立ち上がり、深く頭を下げる。


「おお、これは……エリザベス様。ご静養中のところ、大変恐れ入ります」


エリザベスは微笑み、丁寧に返した。


「お久しぶりです、イギルさん。いつも大変お世話になっております」


カクタスが堪えきれずに口を挟む。


「エリザベス、もう動いて大丈夫なのかい?」


「ええ、もう大丈夫よ。……それに、ちょうどイギルさんがいらっしゃるのだし。この子の服を、何枚かお願いしたくて」


カクタスは一瞬、呆気にとられてから頷いた。


「…なるほど。確かにそうだな。男の子用を仕立ててもらわないと」


イギルは朗らかに笑った。


「はっはっは。ありがたき幸せでございます。噂に違わぬ、きれいな白髪…。この髪色に似合うものを、こちらで準備いたしましょう」


エリザベスが抱く赤子――ヴァイスは、静かに眠っていた。

白い髪は雪解けの光を含んだように淡く、眠っており瞳は閉じているのに、目元はどこか透き通った気配を纏っている。


ローザが一歩前に出て、実務の声で言う。


「厚手の肌着、替えの包布、冬用の外套。乳母が抱く際に滑らぬよう、留め具は簡素なものが良いかと」


「確かに。留め具は紐がよろしいでしょう。金具は冷えますから」


イギルも即座に実用品へと話を移す。

贅沢ではなく、必要なものを必要なだけ。だが、その“必要”の中に、赤子の命を守る工夫が詰まっている。


四人は、ヴァイスに何が要るかを短く、しかし丁寧に詰めていった。

屋敷の者としての視点、領の者としての視点、母としての視点、そして支える者としての視点が、自然に噛み合っていく。


やがて話がまとまり、エリザベスはローザに支えられながら席を立つ。

カクタスは最後まで心配そうな目で見送った。


それからほどなくして、イギルが改めて頭を下げた。


「カクタス様、エリザベス様。本日はありがとうございました。おかげで、皆が助かりました」


「こちらこそだ。イギルがいてくれて助かった。復興の件、頼んだぞ。――あと、ヴァイスの服も」


「ええ、もちろんですとも。わたくしにお任せください。それでは、失礼いたします」


イギルはきっちりと礼をし、退出した。


扉が閉まると、室内には再び静けさが戻った。


________________


北区仮設住居区 ――イギル視点


仮住居区に戻った頃にはもう昼頃だった。


あちこちから湯気が立ち上っている。

炊き出しの鍋の音、木椀を置く音。

皆、ちょうど御飯時だった。


粗末ではあるが、温かい食事を前に、

人々は輪になり、言葉を交わしている。


吹雪は去った。

だが、家を失った現実が消えたわけではない。


笑い声の奥底には、それぞれが抱えた不安が、まだ静かに燻っている。


イギルの姿に気づくと、何人かが手を止め、駆け寄ってきた。


「どうでした、イギルさん」


「この先は……大丈夫なんでしょうか」


問いは、皆同じだった。


イギルは一人ひとりの顔を見渡し、はっきりと頷いた。


「もう大丈夫です」


迷いのない声だった。


状況を把握し、責任を背負った者の断言だった。


「領主様が、この北の通りを守ると明言されました。食料も、薪も、支援も――ここが必要とする分は、必ず届きます」


人々の視線が、自然とイギルに集まる。


「吹雪が続こうと、道が閉ざされようと、ここが置き去りにされることはありません」


人々の表情が、わずかに緩む。


「ですから、今は安心して休んでください。

ここは、もう大丈夫です」


根拠のある事実だけを、自信を持って繰り返し伝える。


それが、今の自分の役目だとイギルは分かっていた。


会う人会う人に、同じ説明をする。

何度も、何度も。


やがて、通りの隅々まで話が行き渡った頃――空は、夕焼けに染まり始めていた。


吹雪の後とは思えぬほど、透き通った空。

白い雪面に、金色の光がきらめく。


「……綺麗だ。」


思わず、そんな言葉が漏れた。


イギルは、ゆっくりと通りを後にする。


火災で店を一つ失った。

だが、倉庫も、他の区画の店舗も無事だった。


今は、北区に最も近い場所にある

雪金糸彩堂フロスト・シルクで寝泊まりしている。


裏口を、軽くノックする。


すぐに中から、規則正しい作業音が聞こえてきた。


扉を開けると、工房があり、

その奥には住居スペースへ続く階段。


作業台の前で、裁縫師のナディアが手を動かしていた。


「おかえりなさい、イギル様」


顔を上げ、はきはきとした声。


この店では、職人としての顔と、看板娘としての顔を併せ持つ。

生まれはこのグレイシャー領。代々、裁縫を生業としてきた家の出だ。


二年ほど前、イギルが声をかけ、

今ではこの店を任せている。


「ああ、ただいま」


イギルは、肩の力を抜いた。


「悪いね。今日も、ここで世話になる」


少し言い淀んでから、続ける。


「それと……忙しいところ申し訳ないんだが」


ナディアが顔を上げる。


「領主様に、男の子がお生まれになった。

まだ赤子なんだが……服を、いくつか見繕ってもらえないか」


ナディアの目が、ぱっと輝く。


「まあ……エリザベス様の?」


「そうだ。

白い髪で……とても可愛らしい子だった」


「任せてちょうだい!」


即答だった。そして、その後は質問の嵐だった。


生まれた時の様子は。

奥様のご容態は。

その一つ一つにイギルは答えていった。


「ーーとびっきりのを準備するわ。

刺繍も入れなきゃ……」


「刺繍?」


「もちろん。

……ヴァイス様、でしょう?」


イギルは苦笑しながら


「そうだね...。」と答えた。


ようやく解放された頃には、すっかり空は暗くなっていた。


二階の個室に戻り、外套を脱ぐ。


椅子に腰を下ろす間もなく、

そのまま、寝台に身を沈めた。


体は疲れきっている。

だが、心の奥には、確かな灯が残っていた。


北の通りは、守られた。

そして、新しい命が、生まれた。


イギルは、深い眠りに落ちていった。

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