表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第1章 逃走編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/30

第9話 「森の中」

第2章 出会い編

 あれからずいぶんと走り、ぼくらは森の中に入っていた。

 まだ薄暗く、奇妙なほど静かだ。

 木々は鬱蒼と行く手を阻んでいる。

 しかしそれが外の世界であり、心の奥底で求めていたものであることは、疑いようもなく事実であって、手放したくない真実だった。


「疲れたね」


 ロイが言った。


「うん、どこかで休もう」


 ぼくは言った。


 はち切れそうなほど足が固くなっていた。

 これ以上走ればはち切れる。

 はち切れたくはない。


 適当な樹の下にいき、適当に土魔術で小屋を作った。

 ぼくとロイが二人寝転べるくらいの四角い塊だ。


「ここで寝よう。狭いけど」

「十分だよ。それにもうなんでもいいさ」


 珍しく、ロイは疲れているらしい。

 こいつにも睡眠は必要なんだ。


 小屋に入る。

 四角い空洞、ただの。

 床は硬い。

 まあずいぶんと狭いけど、ぼくの魔力量じゃこれが限界だ。

 これ以上は魔術を使えない。


 魔術師というのは、基本的に杖か腕輪を使って魔術を使うのだが、それは魔石を介して魔力を増幅させることが出来るからだ。

 何の魔道具も使わなければ、大した魔術も使えないし、すぐに魔力が枯渇してしまう。


「じゃあ、寝るよ」


 ロイはあっという間に横になっていた。

 いびきが聞こえる。

 よほど疲れていたんだろう。


 そりゃあそうか。

 体験したことのない数日間だった。

 もう二度とこれ以上のことは起こらないだろう。


 ぼくは、小さな空気孔を残して小屋の入り口を塞いで横になった。

 体中は傷だらけで、所々が腫れ上がっている。

 今あるすべての魔力を振り絞り、ロイと自分に治癒魔術をかけた。

 体の奥底から力が抜けていき、意識が朦朧とする。

 それでもしばらくはフワフワと浮いているようで、漂っているようで、うまく寝付けなかった。


 記憶をなぞる。

 街を呑み込んだ城、紅の竜、青い光。

 虹色の光景は溶け合い、過去に引き戻されたかのように、指先から繊細な手触りを感じた。


 そして、夢の⋯⋯。



---



「ハルー?」


 体が動いている。

 いや、揺すられている。


「⋯ん」


 目を開けた。


「おはよう」


 ロイは言った。


「おはよう」


 ぼくは言った。


 体を起こす。

 空気孔を見ると、光が入り込んでいるのが見えた。

 朝だ。


「どのくらい寝てたんだろう、俺たち」

「さあ⋯⋯もう昼くらいかもしれない。

 あとちょっとだけ寝させ⋯」

「だめ」

「え」

「だめ」

「⋯はい」


 あとちょっとだけ寝させ⋯⋯。


「早くこの森を出ないと。

 どんな魔物が出るかも分かんないんだから」


 珍しくまともなことを言う。


「⋯⋯そうだなあ。とりあえず、外に出よう」


 立ち上がる。

 塞いだ入口に穴を開けた。


 外は満天の青空だ。

 緑の木々は光を受けて煌めき、風を受けて踊っている。


 ぐう、という音が同時に鳴った。


「お腹空いたね」

「うん、死ぬ」


 非常にまずい。

 昨日は色んなことがごっちゃになって気づかなかったけど、とんでもなく腹が空いている。

 空っぽだ。

 スッカスカ。

 このままじゃあ共食い不可避。


「なに?」


 うーん、まずそう。


「ぼくは出汁とか出ないからな」

「え?」

「うん」

「そっか」


 とにかく、なにかを食べなければ。

 生き物なんてどうやって捕まえるんだろう?

 やったこともない。


「ロイって生き物捕まえたことある?」

「あるよ。というか森へは毎日行ってたから」

「授業を抜け出して?」

「そうだね」


 ロイは鼻を鳴らした。


 大丈夫だろうか。

 まあこいつは食材よりハンターの方が向いているだろう。


「喉も乾いたな」


 ぼくは魔術で水を生成し、口に放り込んだ。


「ロイ、口を開けて」

「んあ」


 再び生成し、放り込む。

 これもあまり多用はできない。

 喉が渇いたときだけだ。


 とりあえず小屋を回収しよう。

 ぼくは小屋に手を触れて、魔素に還元した。


 前を向いたとき、黒い物体が前方にあるのに気づいた。


「ん?」


 そいつはぼくたちよりも少しだけ背が高く、三本の大きな牙を携えた猪のような見た目をしていた。


「ロイ、魔物は捕まえたことある?」

「ない」


 まずい。


 動物ならまだしも、魔物は危険だ。

 戦って勝てるのかすらわからない。

 こっちが食われて終わるんじゃ⋯⋯。


 足がすくむ。


 そもそも、この大きさの魔物がこんなところにいるはずがない。

 せいぜい小動物ほどの個体がいるくらいだ。

 しかしあいつは馬くらいの大きさはある。

 異常だ。


「どうする?」

「流石に俺も魔物は⋯⋯。

 でも、この距離じゃ逃げられない」


 ロイは腰を落とし、構えた。


「ハル、武器をくれ」

「ああ」


 ぼくは、土魔術で先の尖った棒を作ってロイに渡した。

 すぐに折れちゃいそうだけど、無いよりかは断然あったほうがいい。


 魔物と目が合っている。

 一秒たりともこちらから目を離さない。

 ぼくも注意を逸らさないように、じっと見つめた。


 いざとなれば攻撃魔術を使う。

 でも手の震えが止まらない。

 授業ではこんなこと習わなかった。

 同じ年頃の子どもたちと模擬的に戦っただけだ。

 それも実戦のためというより、ただ交互に撃ち合っただけ。

 今なら分かる。


 あんなものお遊びだ。


 殺し合いに、先生はいない。

 手加減はない。

 一挙手一投足が命をさらけ出す。

 裸の恐怖。


「ハル、大丈夫。あの竜を思い出すんだ」


 ロイが言った。


 そうだ。

 竜に比べれば虫みたいなもんだ。

 怖くなんてない。


 一歩踏み出す。

 ロイが先を行く。


 一歩踏み出す。

 震えを抑え⋯⋯。


 そこで気づいた。

 命の感覚。

 空気にこびりつく、殺気の肌触り。

 それが、滑らかに散らばっていくことに。


「⋯⋯」


 立ち止まる。


「ハル⋯⋯」

「ああ⋯⋯」


「死んでるな」



---



 そいつはビクリとも動かず、中空を見つめていた。

 つい先ほどまでは生きていたのか、いや、生きていたのだろう、力強く、地面を踏みしめ立っている。


 警戒しつつ体の側まで近づいた。

 側面に回る。


「⋯⋯う」


 猛烈な吐き気が襲った。

 口を抑える。

 脇腹のあたりに大きな傷があったのだ。


 目を逸らす。


「これは剣の傷だ」


 ロイが言った。


「てことは⋯⋯」

「うん、人間と戦って逃げてきたんじゃないかな」


 ロイは普段通りにしている。

 相変わらず野生児だ。 


「てことは⋯⋯」

「うん、近くに誰かいるかもしれない」


 良かった。

 ゲテモノを食わずに済んだのだ。


「あれ⋯⋯」


 ロイが魔物の後ろ、森の奥を指さした。


 何かが見える。


「行ってみよう」


 ロイはそう言うと、あっさりと進んでいった。

 ぼくは不安を押し殺し、ついていく。


 少し進むと細い道に出た。

 人工的に整備された場所のようで、真っ直ぐと森を貫いている。 


 そこには馬車があった。

 速度を上げるための魔道具を搭載した、シンプルな作りのもの。


 しかし馬はおらず、人間の姿もない。


「これは⋯⋯」


 鼻をつまんだ。

 強烈な刺激臭。


「ハル、地面を見るな」

「⋯⋯え」


 もぬけの殻になった馬車を見つめる。


「見張ってて」

「ああ」


 ロイは馬車に乗り込み、山ほどの袋を持ってきた。


「これは?」

「食料だよ」


 やっと⋯⋯。


「うれしいけど⋯⋯早く遠くに行きたい⋯⋯」


 苦しさが喉元までせり上がり、吐き出してしまいそうだった。


「うん、すぐに出よう」


 ぼくたちは、逃げるようにその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ