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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第1章 逃走編

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第7話 「戦い」

 大馬鹿者だ。

 ぼくは大馬鹿者だ。


 無駄死にするのに、何もできないのに、あの城に向かって走っている。

 でも気持ちはなんだか楽だ。

 自虐をしていれば保っていられるほど、微妙な安定感を帯びている。


 こんなことは今までなかった。

 こんなにも、自分の足で走っているなんて。

 きっとそのせいだ。

 かすかな爽快感も、熱も、恐怖も興奮も。


 あと少しでたどり着く。

 岩の下までいけば魔術を使って登ればいい。

 どこにいるのかはわからないけど、どうにか見つけるしかない。

 とにかく真下まで⋯⋯。


 風が突き抜けた。

 体が浮く。


土壁(ソル)


 後ろに手を回して土壁を作った。

 体は壁に押し付けられ、全身を大岩で潰されるような圧力が襲った。


「ッッッ!!」


 同時に地面が揺れた。

 体勢が崩れかけ、全身が歪められたような気がした。


 巨岩が地面に衝突したような重低音が響く。


 耳を塞ぐ。

 両目を引き絞る。

 地面に倒れ、うずくまった。 


 なんだ⋯⋯!?


 あの瞬間が嘘のように音は消えていった。

 崩れたような残響が体に残る。

 ぼくはしばらくそのままでいて、静かになるのを待った。


 立ち上がる。


 土壁から城とは反対の方向を覗いた。

 交戦する竜と魔術師団の姿があった。

 竜は二本足で地上に立ち、足元にワラワラと群がる虫を見下ろしている。


 さっきの音はあいつが地上に降りた音だ。

 たったそれだけで⋯⋯あの威力⋯⋯。

 どうにかなるなんてもんじゃない。

 

 魔術師団は雨のように魔術を浴びせかけている。

 炎や水や土、色とりどりの攻撃の雨。

 しかし水滴のように竜の体に触れるだけ。

 防戦一方になっていく。


 王都や帝国にいる魔術師団ならまだしも、きっと彼らは最も近い場所にいた人たちだ。

 竜の振る舞いを見ずとも、結末はわかる。


 状況は最悪だ。

 都から応援が駆けつけるのもまだ先だろう。

 このままじゃ人が住む場所まで竜が突破してしまう。


 でも、これはぼくが考えることじゃない。

 切り替える。


 右前方を見渡した。


 小さな粒が動いている。

 四肢を前後させながら。


 あれは生き物だ。

 人間だ。


 ロイだ。



---



 見つけた。

 所々に設置された明かりのおかげで、なんとか視認できた。

 もう城から降りていたのか。

 気づかなかった。

 相変わらず行動が早い。

 足も速い。

 だから、学院では女の子にモテて⋯⋯。

 それにくらべ⋯⋯いやいや、何を考えてるんだ。

 そんなことはどうでもいい。

 行かなきゃ。


 ぼくは走った。

 竜にたどり着くまでにロイを捕まえて、そのまま無理やり連れ帰る。

 あいつは暴れるだろうがそんなことは気にしない。

 これが最善だ。


 でもすでにロイは走り出している。

 ぼくはあいつに比べて足が⋯⋯いや、そんなことはどうでもいい。

 足なんて使わない。

 人間は、空を翔けるのだ。


突風(ラファール)


 両手を地面にかざして体を屈める。

 突風を噴射した。


 体が浮く。

 飛んだ。


 手のひら、足の裏、ケツ。

 三つのポイントから同時に発射する。

 こうやって風魔術を使うことで、人間は空を飛ぶことを可能にしたのだ。

 ただ難点が三つある。

 空中で体勢がとれない事と、どこまで飛ぶのかわからない事、そして、文字通り骨が折れる、という事だ。

 だから誰も使わない。

 しょうがない。

 使用用途を守ってないんだから。


 風が体に激突する。

 骨が軋む音がした。

 おかしな方向に曲がりそう。


 まずい。

 飛びすぎた。

 ロイが見える。

 しかし、いまだに頂点ではない。

 ぼくは空を翔けている。


 体が重い。

 引っ張られる。

 ぐんぐんと斜め上に飛んでいく。


 フッと体が浮いた。

 楽になる。

 体が、しがらみから解放されたような。

 自由に、なったような。


 最高到達点。


 満月が見えた。

 あと少しで届く。

 あと少し、飛んでいければ⋯⋯。


 落下が始まった。

 加速する。

 地面に引っ張られるように斜め下に落ちていく。


 ロイは?

 というか⋯⋯竜に突っ込んでいる!!



---



 着地の直前、突風を噴射し体を浮かす。

 地面に激突する。

 魔力が枯渇しない程度に治癒魔術をかける。

 しかし痛みは消えない。


 喘ぎながらも何とか起きた。


 戦闘の輪の目前。

 行き交う戦闘音のおかげで誰も気づいていない。


 竜は超然と立っている。

 炎を放つとか、魔術を使うとか、そんなことをするわけでもなく、ただその肉体ですべてを薙ぎ払っている。

 魔術師団の数はさっきの半分ほど。

 絶望だ。


「ハル!!」


 後ろを振り向いた。

 ロイが立っている。


「戻るぞ、ロイ」


 ぼくは言う。


 ロイは答えない。


「戻るぞ」

「いやだ」


 視線が交差する。

 後ろでは、戦いの火花の音がする。


 近づいた。

 目の前に立った。


 殴った。


「⋯⋯ハ」


 腕を掴んだ。

 強引に引っ張る。

 壊れた人形のようにロイは抵抗しなかった。


 僕らは走った。

 すでに体は痛みに喘ぎ、腕や足が鉄になってしまったような気さえした。


 魔力は枯渇していない。

 でも体力は限界に近い。

 治癒魔術じゃどうにもならない。

 限界までいくしかない。


 そのとき、熱気が体を貫いた。


「あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


 立ち止まる。

 肌に痛みが走る。

 焼けそうだ。


 暴風のような音がする。


 振り向いた。


 一面火の海だった。

 竜が業火を吐き出し、騎士団を蹂躙していた。

 災厄だ。


 人のものとは思えないほどの断末魔が響き合い、呪いの歌を奏でていた。

 ぼくは耳を塞ごうとし⋯


『ォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛』


 頭が引き裂かれるような痛みが走った。


 膝から崩れる。

 口が大きく開いてよだれが滴る。

 声が出ない。

 おぞましい何かが、ぐわんぐわんと頭にこだまする。


『あ゛あ゛⋯⋯たす゛け⋯⋯焼ける゛⋯⋯死⋯⋯アアアアアア!!!』


 誰かの声。

 体中を駆け巡る。


 息を吐き、吸い、命を確かめる。

 鼓動が収まる。

 音は消えていく。

 

 耳をつんざく重低音が響いた。

 地面を揺らす震動が駆け抜ける。


 眼前を見上げた。


 確実に、真っ直ぐと、目が合っていた。

 悪魔のような存在と何かが、繋がっていた。



---



 山のように大きな頭が、ぼくの目の前にある。

 こちらを見ている。

 ぼくも見ている。


 何を考えているのかなんて、わかるはずもない。

 言葉だってわからない。

 でもなにかを感じた。


 流れる涙のように儚かない、感情。


 竜は頭を上げた。

 翼を大きく広げ、こちらに威嚇する。


 ⋯⋯死ぬ!!


 ぼくは、夢から覚めたように立ち上がった。


「逃げるぞ!!」

「ああ」


 ロイも目覚めつつあった。

 手を取った。


突風(ラファール)


 片手を地面にかざし、体を吹き飛ばす。

 繋いだ手が引き抜けそうになった。

 耐える。


 どこまで飛ぶかわからない。

 片手だから威力は減っている。

 火の海に飛び込む可能性もある。


 気にしない。

 焼き尽くされようとも、火だるまになろうとも、行くしかない。


 風を突き抜ける。

 空を飛ぶ。

 空を、飛んでいる。


 ぼくは必ず、ロイを死なせない⋯⋯!!


 その瞬間、竜は天空に飛翔した。

 地上を見下ろし、大顎を開く。


 それは炎球だった。

 落星だった。

 地上を焼き尽くす、太陽だった。


「グオオォォォォォォォオオオオオ!!!!!!」


 天が唸った。

 槍が貫く。


 一閃、


 ──世界は光となる。

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