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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第1章 逃走編

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第6話 「友達」

 檻が揺れている。

 空気が震えている。

 世界に、亀裂が走ったような気がした。


 飛び起きる。

 全身の筋肉が反射的に動いた。

 意識が明瞭になり、いくつもの怒号と無数の鈍い音が耳に飛び込んできた。


 ⋯⋯なんだ?


 通気孔を覗く。


 おびただしい数の兵士が右往左往していた。

 規律の取れた集団行動というより、革命の炎を帯びた群衆の暴動のようだった。


 やばい、本能的にそう感じた。


 壁に近づく。

 通気孔に手をかけ体を押し上げる。

 孔に体を突っ込み、精一杯くぐり抜けた。


「あ゛゛っっ!!!」


 ドサッ、という音とともに、仰向けで地面に激突した。

 息が吸えなくなる。

 頭痛がする。


 体を起こした。

 重い。

 目の前には暴動の兵士と空を埋める砂埃。

 体を刺すような熱気。


 頭は混乱していた。

 体を動かそうにもどうすればいいのか分からない。

 どこに行けばいいのかわからない。

 不安だ。


 立ち尽くしていると、兵士の人波が規律を取り戻していくのがわかった。

 氾濫した川のようだったその流れは、気づけば一つの方向に真っ直ぐと向かっていた。

 兵団の拠点と思われる所で、ぼくの視線の先にある。


 深く考える間もなく、その流れに加わろうとした。

 そのときだった。


「グオオオオオォォォォォォォォオオオオ!!!!!!」


 地割れのような音が響いた。

 今まで聞こえていた数々の騒音は、全てその音にかき消された。


 耳を塞ぐ。

 頭が割れそうだ。

 世界中の音を一点に凝縮したようだった。


 叫び声がこだまする。

 保たれていた規律は雪崩のように崩壊していった。

 舞い上がった砂埃も、逃げ場を求めて広がっていく。


 立ち止まる。

 城の方向を見上げる。


 その災厄は、白銀の城に立っていた。

 四つ足で、巨人を踏みにじるかの如く⋯⋯。 

 紅の、翼を月光に反射させ⋯⋯。


 あれはおとぎ話の存在。

 竜だ。



---



 音が消えていた。

 体の感覚も消えていた。

 このまま支配されてしまいたい、そう思わせるような恐怖だった。


 あれが⋯⋯。


「逃げろ!!!」


 怒号が聞こえた。

 体が震える。

 

 逃げないと⋯⋯。


 無理やり足を引っ張って、拠点の方へ駆け出した。


 でも、行ったところで助かるか?

 このまま全員⋯⋯。


 あれこれと考えは浮かんできたけど、ぼくのような子どもにはどうせ何も出来ない。

 逃げるしかない。


 ぼくは、列の最後尾にしがみついた。 


 何も考えられない。

 体が熱い。

 感覚だけは鋭利になっている。

 両足は勝手に動いた。


 兵士たちの拠点が目と鼻の先に迫った。

 あと少しだ。

 あと少しで、助かる。


 ぼくは、足を止めていた。


 あいつは、城に戻ると言った。

 そう言った。

 もしかしたら、すでにあの岩をよじ登っているかもしれない。

 しかもそこにいるのは、長年探し求めた存在、夢。


 いや⋯⋯もう無理だ。

 どうしようもない。

 あいつは⋯⋯。


 振り払う。

 走り出す。


 いや⋯⋯まだ⋯⋯。


 振り払う。

 走り出す。


 無事かもしれない⋯⋯。


 振り払うことなど、できない。


 ロイはなぜ、立ち向かえるのだろう?

 自分の思いのまま、突き進めるのだろう?

 ぼくは、いつまでも迷っている。

 立ち止まっている。


 なぜ? 

 なぜ迷う?

 なぜ立ち止まる?


 走り出せばいい。

 きっと守ってもらえるさ。

 きっと⋯⋯。


 でも、城が落ちてきたあの瞬間、ロイは迷うことなくぼくを助けた。

 感謝の一つすら、伝えられていない。

 ⋯⋯ぼくは⋯⋯なにもしていない。


 自分がどうしようもなく情けない。

 体の震えが止まらないのも、涙が込み上げてきそうなのも、今、逃げ出してしまいたいのも、どうしようもなく情けなかった。


 兵士たちは、みるみると遠ざかっていく。


 助けにいったとして、それからどうする?

 ぼく一人で?

 どうやって?

 そんなこと、なんの意味もない。

 無駄死にだ。

 死ぬだけだ。

 ただ、死ぬだけ⋯⋯。


 そのとき、体が軽くなるのを感じた。


 そうだ。

 どうせこんな人生だ。

 なにも失うものはない。

 家も、家族も、勉強も、もうどうでもいいだろう。

 自分だって、捨ててもかまわない。


 でも、ロイの命は捨てられない。


 震えは止まった。

 顔を上げた。

 涙は流さない。


 あいつは、たった一人のともだちなんだ。

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