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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第1章 逃走編

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第5話 「満月と孤独」

 耳が萎縮し、背筋がキンと凍った。 

 魔石を凝視する。

 動けない。

 動かないほうが良いと、直感的に分かった。


 ロイも同じようにじっとしていた。


 静かな足音がいくつも鳴った。

 複数人いるようだ。

 汗が滴る。


 男たちは僕らの目の前に現れた。

 四人だった。


「なんだ貴様らは」


 一際大きい、リーダーと思しき男が言った。

 真っ白な鎧をまとっており、真っ黒なマントをしていた。

 胸には何かのマークが描かれている。

 暗くてよく見えない。


「⋯⋯いや⋯⋯ちょっと迷っちゃって」


 ロイが言った。

 道に迷ったみたいな言い方するな。


「道に迷ったみたいな言い方だな。

 こんなところにおつかいか?」

「⋯⋯」

「怪しいな」


 男は言った。

 兜の奥の眼が光った気がした。


「連れ出せ」


 右にいた男が左手をかざした。

 腕輪が光る。


「ハル!!」


 ロイが叫んだ。

 ぼくは後ろを振り向こうと足を下げた。

 が、


拘束(エンチェイナー)


 詠唱とともに、黄色い輪っかが僕らを締めつけた。

 足がもつれる。

 地面に倒れる。

 体の中が跳ね返ったような痛みが走った。


「放せ!!」


 ロイが叫んだ。

 横でジタバタとしている。


 強力な拘束魔術だった。

 ぼくには解くことが出来ない。

 ロイにはもっと出来ない。


 もう駄目だ。


「おい!! 聞いてんのか!!!」


 ロイは体を起き上がらせようとしているが、うまく出来ていない。

 体を地面に打ち付ける音が、悲痛な叫びのように聞こえた。


 どうしたらいい?


 二人の男が、少し離れたところで何か話し合っている。

 どんな刑罰にするか、話し合っているのだろうか。

 火だるまにされるのだけは嫌だ。

 牢獄に入れられるのも嫌だ。

 全部嫌だ。



 男たちがそばに来た。

 そして、ぼくたちは攫われたのだ。



---



 気づけば薄暗かった。

 周りには何もない。

 空気が異様に冷たい。

 入口に二人の男が立っているのが影となって見える。

 ぼくたちは、城から地上に降りたすぐ近くにある簡易テントにいた。


 岩石魔術の即席テント、というか、檻。

 四角く作られた石の小屋に、雑に出入り口が開いているだけだ。

 とても簡素だけど、ぼくたちのようなガキにはどうでも良いと思ったんだろう。


 牢屋にぶち込まれてしまった。

 拘束魔術を解除され、入口に入った瞬間背中をドンと押された。

 ロイは鬼の形相で睨みつけていたけど、ぼくにはそんな勇気はなかった。

 惨めったらしく床に因縁をつけていた。


 今はお互いに座っている。

 微かに入る光がウザい。


 ⋯⋯そもそも⋯⋯なんでこんなところにいるんだろう?

 なにがこうさせた?


「ハル、でよう」

「は?」


 ロイの呟きに、イラついた。


「どうやって」

「わかんないけど」

「⋯⋯じゃあいうなよ。おまえが考えなしに飛び込むせいでこうなったんだろ」


「しらねえよ」


 頭が破裂しそうになった。


「はあ!? おまえがいくって言ったんだろ!!」

「勝手についてきたのはハルだ」

「⋯⋯いや⋯⋯そうだけど⋯⋯」


 納得できない。

 ぼくが悪いのか?

 誰が悪いんだ?

 この怒りを、誰にぶちまければいい?


 頭の中が焼かれるように熱かった。

 どうしようもなく、やるせなかった。


 ガタン、と音が鳴る。

 隣を見た。

 

 ロイが立っている。


 どうする気だ? 

 入口は一つしかないし、男二人が見張りをしている。

 逃げ場なんてない。


 ロイは数秒立ち尽くし、おもむろに後ろを向いた。

 壁に近づく。


 そこには通気孔があった。

 手を伸ばせば届く高さにある、二つの格子で塞がれた通気孔。

 即席で作ったせいか、若干荒い造りになっている。


 そこに手をかけた。

 両手で格子を掴み、引っ張る。

 いとも簡単に折れてしまった。


「城にもどる」


 ロイはよじ登り、脱出した。


 ぼくは呆気にとられて動けなかった。



---



 しばらく時間が経った。 

 相変わらず石の壁と石の床に囲まれている。

 住み心地は⋯⋯悪い。


 千切れた格子の通気孔から外を見ると、綺麗な満月が見えた。

 たった一つの星もなく、たった一つの光もなく、たった一人で浮かんでいる。

 とても孤独で、自由だ。


 ちゃんと眠れるだろうか? 

 良い魔術師になるにはしっかりとした睡眠をとらなければならぬ、というのは最新のトレーニングメソッドらしい。

 これじゃ教官に叱られてしまう。


 いや、眠れるはずもない。

 頭が冷えるまでは。


 下を向いた。

 床を見つめる。

 ロイのことを考える。


 最初はただただウザかった。 

 勉強が忙しいのに、真面目に生きなきゃいけないのに、あいつは何度でも誘ってくる。

 何度も何度も誘ってくる。

 断れない。

 また誘われる。

 そんな自分も嫌だった。


 ぼくはアルトリア帝国で生まれた。

 貴重な資源である魔石が大量に産出され、それを武器に世界一の魔術力を手にした国だ。

 そこは比較的穏やかなこのトリス王国とは違い、徹底的な実力主義社会だった。


 特に上流社会はその権化だ。

 社交場では「俺は三日で上位魔術を覚えた」などと自慢しあい、おっさんになっても魔術大学の入試成績で人間を序列化する。

 挙句の果てに、愛の告白はどれだけ美しい炎魔術でデコレーションできるかで競い合う、といった始末。

 ぼくは幼いながらもそんな大人たちを見て「これが社会か」と戦慄を覚えた。


 自室にはベッドしかなかった。

 綺麗でフカフカの布団。

 真っ白なまま、何年も時間が経った。


 家族とはあまり話す機会はなかったけど、ぼくが話しかけない限り向こうも話しかけに来なかった。


 でも兄は優しかった。

 空いた時間を使ってぼくに魔術や勉強を教えてくれた。

 授業の範囲外のこともたくさん教えてくれた。

 そのおかげで、勉強の成績だけは良かったんだと思う。


 そして兄は自由だった。

 従者もつけず各地を旅し、色んなものを持ち帰ってきてくれた。

 今や少ない魔族の持ち物だとか、数百年前に書かれた魔術に関する写本だとか、目を見張るほど美しい真珠色の魔石だとか⋯⋯。

 当然両親は良い顔をしなかっただろうし、ちゃっかり偽物だって入ってたかもしれない。


 だけど、ぼくにとってはそれも、かけがえのない思い出だったんだ。


 そんな辛くもあり、ときどき楽しい時代は突然終わりを迎えた。

 クラリス家に養子に出されることになったのだ。

 アルトリアの魔術師は優秀であると有名だったため、最初は期待されていたようだが、ぼくのダメっぷりが分かるとすぐさま無関心になってしまった。


 誰もぼくのことなんか、見ちゃいなかった。


 そんな中、ロイと出会った。

 初めて会ったときから「俺は英雄なんだ!」と言われ、「こいつは馬鹿か」と思い、それから「冒険にでよう!」と言われ、「以後話しかけないでほしい」と強く願った。

 しかもこいつは領主の長男で、剣術の腕は天才的。

 嫉妬した。 

 でも、トリスは比較的穏やかな社会で、少なくとも勉強に関してぼくはぶっちぎりだった。

 だからそれだけは失いたくなかった。

 ぼくは勉強をすることで、ぼくの存在を許したかった。


 だから冒険の誘いにはなんとしてでも乗りたくなかった。

 でも何度誘われても断れなかった。

 そんな自分を何度も何度も呪った。


 そして今、再び誘いに乗ったせいでこんなことになった。

 もう嫌だ。


 これからどうしよう?

 魔術は相変わらずだし、勉強をしたところで、それは自尊心を満たすことにしかならない。

 ぼくの未来は、この檻のように八方塞がりだ。


 不自由だ。


 誰もいない隣をみた。

 横になる。


 ロイのことが離れない。

 それを頭の奥底に押し込み蓋をした。

 二度と開かないように、巨大な岩で封をした。


 通気孔には、満月に鳥が止まっている。

 手を伸ばすと、大きな翼を広げて飛び立った。


 そして、


 悪魔のような咆哮が響いた。

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