第5話 「満月と孤独」
耳が萎縮し、背筋がキンと凍った。
魔石を凝視する。
動けない。
動かないほうが良いと、直感的に分かった。
ロイも同じようにじっとしていた。
静かな足音がいくつも鳴った。
複数人いるようだ。
汗が滴る。
男たちは僕らの目の前に現れた。
四人だった。
「なんだ貴様らは」
一際大きい、リーダーと思しき男が言った。
真っ白な鎧をまとっており、真っ黒なマントをしていた。
胸には何かのマークが描かれている。
暗くてよく見えない。
「⋯⋯いや⋯⋯ちょっと迷っちゃって」
ロイが言った。
道に迷ったみたいな言い方するな。
「道に迷ったみたいな言い方だな。
こんなところにおつかいか?」
「⋯⋯」
「怪しいな」
男は言った。
兜の奥の眼が光った気がした。
「連れ出せ」
右にいた男が左手をかざした。
腕輪が光る。
「ハル!!」
ロイが叫んだ。
ぼくは後ろを振り向こうと足を下げた。
が、
「拘束」
詠唱とともに、黄色い輪っかが僕らを締めつけた。
足がもつれる。
地面に倒れる。
体の中が跳ね返ったような痛みが走った。
「放せ!!」
ロイが叫んだ。
横でジタバタとしている。
強力な拘束魔術だった。
ぼくには解くことが出来ない。
ロイにはもっと出来ない。
もう駄目だ。
「おい!! 聞いてんのか!!!」
ロイは体を起き上がらせようとしているが、うまく出来ていない。
体を地面に打ち付ける音が、悲痛な叫びのように聞こえた。
どうしたらいい?
二人の男が、少し離れたところで何か話し合っている。
どんな刑罰にするか、話し合っているのだろうか。
火だるまにされるのだけは嫌だ。
牢獄に入れられるのも嫌だ。
全部嫌だ。
男たちがそばに来た。
そして、ぼくたちは攫われたのだ。
---
気づけば薄暗かった。
周りには何もない。
空気が異様に冷たい。
入口に二人の男が立っているのが影となって見える。
ぼくたちは、城から地上に降りたすぐ近くにある簡易テントにいた。
岩石魔術の即席テント、というか、檻。
四角く作られた石の小屋に、雑に出入り口が開いているだけだ。
とても簡素だけど、ぼくたちのようなガキにはどうでも良いと思ったんだろう。
牢屋にぶち込まれてしまった。
拘束魔術を解除され、入口に入った瞬間背中をドンと押された。
ロイは鬼の形相で睨みつけていたけど、ぼくにはそんな勇気はなかった。
惨めったらしく床に因縁をつけていた。
今はお互いに座っている。
微かに入る光がウザい。
⋯⋯そもそも⋯⋯なんでこんなところにいるんだろう?
なにがこうさせた?
「ハル、でよう」
「は?」
ロイの呟きに、イラついた。
「どうやって」
「わかんないけど」
「⋯⋯じゃあいうなよ。おまえが考えなしに飛び込むせいでこうなったんだろ」
「しらねえよ」
頭が破裂しそうになった。
「はあ!? おまえがいくって言ったんだろ!!」
「勝手についてきたのはハルだ」
「⋯⋯いや⋯⋯そうだけど⋯⋯」
納得できない。
ぼくが悪いのか?
誰が悪いんだ?
この怒りを、誰にぶちまければいい?
頭の中が焼かれるように熱かった。
どうしようもなく、やるせなかった。
ガタン、と音が鳴る。
隣を見た。
ロイが立っている。
どうする気だ?
入口は一つしかないし、男二人が見張りをしている。
逃げ場なんてない。
ロイは数秒立ち尽くし、おもむろに後ろを向いた。
壁に近づく。
そこには通気孔があった。
手を伸ばせば届く高さにある、二つの格子で塞がれた通気孔。
即席で作ったせいか、若干荒い造りになっている。
そこに手をかけた。
両手で格子を掴み、引っ張る。
いとも簡単に折れてしまった。
「城にもどる」
ロイはよじ登り、脱出した。
ぼくは呆気にとられて動けなかった。
---
しばらく時間が経った。
相変わらず石の壁と石の床に囲まれている。
住み心地は⋯⋯悪い。
千切れた格子の通気孔から外を見ると、綺麗な満月が見えた。
たった一つの星もなく、たった一つの光もなく、たった一人で浮かんでいる。
とても孤独で、自由だ。
ちゃんと眠れるだろうか?
良い魔術師になるにはしっかりとした睡眠をとらなければならぬ、というのは最新のトレーニングメソッドらしい。
これじゃ教官に叱られてしまう。
いや、眠れるはずもない。
頭が冷えるまでは。
下を向いた。
床を見つめる。
ロイのことを考える。
最初はただただウザかった。
勉強が忙しいのに、真面目に生きなきゃいけないのに、あいつは何度でも誘ってくる。
何度も何度も誘ってくる。
断れない。
また誘われる。
そんな自分も嫌だった。
ぼくはアルトリア帝国で生まれた。
貴重な資源である魔石が大量に産出され、それを武器に世界一の魔術力を手にした国だ。
そこは比較的穏やかなこのトリス王国とは違い、徹底的な実力主義社会だった。
特に上流社会はその権化だ。
社交場では「俺は三日で上位魔術を覚えた」などと自慢しあい、おっさんになっても魔術大学の入試成績で人間を序列化する。
挙句の果てに、愛の告白はどれだけ美しい炎魔術でデコレーションできるかで競い合う、といった始末。
ぼくは幼いながらもそんな大人たちを見て「これが社会か」と戦慄を覚えた。
自室にはベッドしかなかった。
綺麗でフカフカの布団。
真っ白なまま、何年も時間が経った。
家族とはあまり話す機会はなかったけど、ぼくが話しかけない限り向こうも話しかけに来なかった。
でも兄は優しかった。
空いた時間を使ってぼくに魔術や勉強を教えてくれた。
授業の範囲外のこともたくさん教えてくれた。
そのおかげで、勉強の成績だけは良かったんだと思う。
そして兄は自由だった。
従者もつけず各地を旅し、色んなものを持ち帰ってきてくれた。
今や少ない魔族の持ち物だとか、数百年前に書かれた魔術に関する写本だとか、目を見張るほど美しい真珠色の魔石だとか⋯⋯。
当然両親は良い顔をしなかっただろうし、ちゃっかり偽物だって入ってたかもしれない。
だけど、ぼくにとってはそれも、かけがえのない思い出だったんだ。
そんな辛くもあり、ときどき楽しい時代は突然終わりを迎えた。
クラリス家に養子に出されることになったのだ。
アルトリアの魔術師は優秀であると有名だったため、最初は期待されていたようだが、ぼくのダメっぷりが分かるとすぐさま無関心になってしまった。
誰もぼくのことなんか、見ちゃいなかった。
そんな中、ロイと出会った。
初めて会ったときから「俺は英雄なんだ!」と言われ、「こいつは馬鹿か」と思い、それから「冒険にでよう!」と言われ、「以後話しかけないでほしい」と強く願った。
しかもこいつは領主の長男で、剣術の腕は天才的。
嫉妬した。
でも、トリスは比較的穏やかな社会で、少なくとも勉強に関してぼくはぶっちぎりだった。
だからそれだけは失いたくなかった。
ぼくは勉強をすることで、ぼくの存在を許したかった。
だから冒険の誘いにはなんとしてでも乗りたくなかった。
でも何度誘われても断れなかった。
そんな自分を何度も何度も呪った。
そして今、再び誘いに乗ったせいでこんなことになった。
もう嫌だ。
これからどうしよう?
魔術は相変わらずだし、勉強をしたところで、それは自尊心を満たすことにしかならない。
ぼくの未来は、この檻のように八方塞がりだ。
不自由だ。
誰もいない隣をみた。
横になる。
ロイのことが離れない。
それを頭の奥底に押し込み蓋をした。
二度と開かないように、巨大な岩で封をした。
通気孔には、満月に鳥が止まっている。
手を伸ばすと、大きな翼を広げて飛び立った。
そして、
悪魔のような咆哮が響いた。




