第40話 「後始末」
半月ほどが経った。
村での生活は単調で、あの事件の後始末が終わるまではおとなしくしていようと思った。
家の修理を手伝ったり、海で遊んだり、ロイに付き合ったりで精一杯だ。
面倒なのはアンデッド。
夥しいほどの奴らの死体(死体?)は、村人たちを絶賛困らせていた。
燃やしたり、魔物の餌にしたりして、何とか乗り越えたがあれは大変だった。
リンは数日寝込んでおり、話したいことも話せていない。
‐‐‐
浜辺に座って、波の音を聞く。
「海の向こうに死者の国があるって話、本当だったんだね」
「なんで?」
「あいつら、海の中から現れたから」
「確かに」
「死者の国って、海の下にあるのかなあ、上にあるのかなあ、中にあるのかなあ」
「そんな気になる?」
「だって海の中にあるんだったら、魚しか生きれないじゃん」
「死んでんだって」
「確かに」
「え、じゃあ死者の国にいる人は生きてるの? 死んでるの?」
「死んで生き返ったんだよ」
「だったら生者の国じゃん」
「いや、死者の国で生きてるから⋯⋯やっぱり死者の国?」
「生きてる人が暮らしてるんなら死者の国じゃないじゃん」
「生きてる人が死んで生き返って死者の国で生きてるんだからやっぱり死者の国だよ」
「生き返ってるんなら死者の国には死者がいないんだから生者の国じゃん」
「いや、そもそも死と生というのは不可分であって⋯⋯」
「抽象的な話に逃げ込まないでよ」
「ごめん」
「でも海の中にあるとしたらさ」
「振り出しに戻ったな」
「食べ物ふやけるじゃん?」
「うん」
「どうしてんの?」
「魚だけ食べてるんだよ」
「確かに」
「確かに?」
「じゃあ魔族と一緒だね」
「一緒」
「一緒かあ」
「一緒」
「⋯⋯ああああああああああ!!!!!!!!」
「どうした?」
「じゃあここってさ、」
「死者の国なんじゃない!?」
「は?」
「死者の国にいるのは魔族なんでしょ? じゃあもしかしてこの村って⋯⋯」
「生きてる魔族もいるよ」
「でも死んでいないってどうやって分かるの?」
「⋯⋯」
「もしかしたらさ、前世で死んで生き返って死者の国で今生きてるのかもしれないよ」
「え、ぼくら死んでんの?」
「もしかしたらさ、前前世で死んで生き返って前世で死んで生き返って死者の国で今生きてるのかもしれないよ」
「死んでんの?」
「かも」
アンデッドはぼくだったのか。
いや、アンデッドとはまた違うか。
混乱してきた。
「あ、リン!!」
ロイが叫んだ。
氷の木の端の方、彼女が立っていた。
あそこは確か、リンとスアンさんを守って亡くなった方のお墓だ。
もう元気になったんだ。
良かった。
ぼくらは彼女のもとに向かう。
「体、よくなったんだね」
ロイが言う。
「ええ」
冷たい潮風が吹いた。
波の音が鳴っている。
リンは、氷の木を見つめている。
「やっぱり私、向いてないのかな」
「何が?」
「村長」
「なんで?」
「一人、助けられなかったから。
しかも、私を守るためにあの人は⋯⋯」
リンは、氷の木を見つめている。
ぼくは何も言えなかった。
この場を切り抜ける言葉は浮かんできた。
でも、彼女のためになる言葉は一つも浮かばない。
「アンデッドはリンのおかげでいなくなったんでしょ?
だったらリンのおかげじゃん」
「ぼくも、そう思う」
裏表のないロイの声が響いたのか、彼女は少し口角を上げた。
疲れたような笑いだった。
でも、すぐに戻ってしまう。
ロイはよくわからないのか、静かになった。
例えアンデッドを数百体倒しても、一人を失ってしまえば、リンにとっては失敗なんだと思う。
責任感が強いからそう思ってしまうんだ。
初めて会ったとき、増えたアンデッドを一人で狩っていた。
それもきっと誰にも言われずにやっていたのだろう。
そんなこと知りもしなかった。
岩のように硬くて、重くて、その心に入っていくのは困難だった。
ぼくはたまらず、リンの顔から目を逸らした。
彼女の手元を見た。
砂時計が握られていた。
あの騒動の後、ぼくがスアンさんに預けていたものだ。
「どうして、これのこと、知ってたの?」
ぼくの視線に気づいたのか、リンは言った。
「それは⋯⋯」
正直言って、ぼくにも分からない。
声が聞こえたんだ。
誰かの声が。
前にもこんなことがあった。
あの城が落ちてきたとき、その直後の、あの戦火の中。
おぞましい声がいくつも聞こえた。
そのときは声だけだったけど、今回はかすかに姿も見えた。
「教えてくれたんだ、誰かが。男の人だった」
リンはこちらをじっと見つめて動かない。
「誰かは、分からない。信じられないだろうけど」
「そう」
気を落としたような声を聞いたとき、あのときの光景が浮かんだ。
この浜辺に来て、氷の木を発見した、まさにあのとき。
「貝殻の首飾り」
「え?」
「揺れてた。多分、だけど⋯⋯」
リンと目が合った。
瞳が震えていた。
「そう」
空っぽの声。
ぼくから目を逸らし、彼女は海を見つめた。
太陽が照りつけ、海面には光の道ができていた。
地平線のその先へ続いている。
リンの横顔を見た。
光が一筋、流れていた。
‐‐‐
修復されたリンの家に帰り、夕食を食べた。
いつもの食事だった。
話しかけるスアンさんの言葉にリンはあまり答えなかった。
ロイは気にせず食べていた。
ぼくは考え事をしていた。
あの『声』のことだ。
考えれば考えるほど、あり得ない結論に至ってしまう。
しかし、その答えが頭の中でこだましている。
感覚的にそうなるのだ。
その方向に導かれてしまう。
そういえば、アマラさんはぼくのことを『すごい陰』って言っていた。
日陰の存在みたいな意味ではなく、魔力の性質の話だ。
あと『なんか臭い』って言っていた気もする。
いや、でもあれって実は本当に体臭の話で、気を遣って言ってくれてた可能性も?
脇の匂いを嗅いだ。
無臭だ。
無臭。
だいじょうぶ。
もし魔力のことと関係あったとしても、だからってよくわからない。
そんなこと聞いたこともないし。
うーん、謎だ。
「ついてきて」
食事終わり、リンは立ち上がって言った。
「⋯⋯え?」
考え事をしていたぼくは一瞬聞き取れず、固まった。
「だからついてきて」
ロイと目を合わせ、頷いた。
「何かあるの?」
「いいから」
リンは玄関に向かった。
ぼくらもついていく。
「ごちそうさまでした」
「いってらっしゃい、何かあるのかしら」
スアンさんもよく分かっていないみたいで、不思議そうな顔をしていた。
外に出た。
真っ暗だった。
浜辺で何かしている村人たちがいる。
波は穏やかだ。
「こっち」
リンに手招きされ、家の裏に向かった。
小屋があった。
そういえばこんなものあったような。
裏の方にはあまり行ったことなかったから正直覚えてなかった。
リンは扉を開け、入る。
ついていく。
大きさはただの物置ほど。
というか物置だ。
狩りの道具だったり、服や帽子などが置かれている。
「なに、ここ?」
ロイが言った。
「色んな物を置いておく所」
「なんで俺たちをつれてきたの?」
リンは床に手を伸ばした。
取っ手があった。
古びた扉のような音が鳴る。
床の下の収納か。
前に、スアンさんの帽子をそこにしまったのを思い出した。
『魔族は、大切なものを床の下に置いておくの』
そう言っていた。
待っていると、リンは何かを取り出した。
「これ」
細い紐が輪っかをつくり、下の方に白い何かがついている。
リンが魔術で光を灯すと、くっきりと見えた。
貝殻だ。
貝殻の首飾り。
「それって」
ぼくは言った。
ほとんど無意識に出た言葉だった。
「私の父のもの」
お父さん、そうか。
そうだったんだ。
「まだ小さかったころ、お父さんに作って渡した。とても喜んでた」
「そうなんだ」
「ええ、今日の昼、ハルが言ったもの、これでしょ?」
「間違いない」
ぼくは答えた。
「そっか」
リンは言った。
目を細めて、首飾りを見つめていた。
「でも分からない。砂時計も、この首飾りも、あなたが知ってるはずがない。
特に砂時計は⋯⋯村人ですら知らない。人族には、」
「死者と話す魔術があるの?」
心の奥で固まっていたもの、それを無理やり取り出された気分だった。
あり得ないと押さえつけていた。
だけど、それ以外にはない。
似たような物語はある。
もちろん、おとぎ話。
現実ではない。
「違う。いや、分からないんだ。ぼくも」
正直に言った。
そうするしかなかった。
開けたままの扉から、風が吹き込んだ。
冷たかった。
「そう」
リンは言った。
追求はしないようだった。
「じゃあ、ぼくからも一ついい?」
「ええ」
「砂時計のことを聞いたとき、どうして知らない振りしたの?」




