第39話 「守り神」
森は静かになった。
雨は止んでいた。
木々を揺らす風の音だけが鳴っている。
尻もちをついたのか、尻の奥が痛い。
両手は地面についている。
突然現れた強烈な光のせいで、目が開かない。
重りでもあるかのようだ。
思考は止まった。
頭の中は空白だ。
一瞬浮かんだ考えも、どこか遠くに消えていく。
杖を探す。
地面をまさぐり、感覚だけで両手を動かす。
倒れるときに落としたんだと思うけど、案外近くにあった。
右手で握る。
目が開いてきた。
ゆっくりと、景色を見る。
月明かりが射し込んできている。
明瞭になっていくのが気持ちいい。
数秒経った。
目が慣れてきた。
ぼくは見た。
アンデッドは、全滅していた。
死体がゴロゴロと転がっている。
うつ伏せに倒れている。
何かに押しつぶされたかのように。
頭はついたままだった。
そして、最後に現れた巨大なアンデッド。
そいつは祭壇の真横に伸びていた。
仰向けだった。
脇腹の部分に巨大な柱が突き刺さっており、墓標のように見えた。
頭は無かった。
「大丈夫?」
ロイの声だ。
「大丈夫」
「何が起こったんだろう?」
「さあ⋯⋯」
分からない。
「そうだ⋯⋯!」
ぼくは言った。
リン。
立ち上がり、祭壇に走った。
所々に死体が転がっており、躓いた。
臭いもきつかった。
壇上に上がり、台座部分にたどり着く。
氷のドームは粉々だった。
ガラスの破片のように周囲に飛び散っている。
破壊されている。
リンは無事だった。
気絶はしているが、目立った傷は見当たらない。
恐らく魔力欠乏。
一時的なものだと思う。
治癒魔術をかけた。
全身にこれでもかと浴びせる。
これでもかと浴びせ終わった。
「ねえハル、何であのデカいのだけ頭が無いんだろう?」
ロイに言われて、改めて、周囲を見渡した。
微動だにしないアンデッドたち。
腹に柱が突き刺さった巨大なやつ。
アンデッドは首を跳ばさないと死なない。
しかし、ほとんどのやつには頭がついている。
デカいやつだけ、ついていない。
いや、ついていない、というか、森の奥に転がっている。
思い出した。
視界が光で埋め尽くされる寸前、何かが中空を飛び、ザクッ、という音がした。
「小さいやつらは、あの紫色の光、砂時計の影響⋯⋯。
デカいやつは⋯⋯首を跳ばされた?」
「誰が?」
そのとき、背筋がゾワッとするのを感じた。
誰かの視線。
祭壇の後ろを振り返る。
森の奥。
暗闇の中。
ふわりと揺れる何かが、見えたような気がした。
「まあいいや、それより村に戻ろうよ」
そうだ。
忘れていた。
村はどうなった?
「ああ、戻ろう」
ぼくは答えた。
‐‐‐
森を抜けた。
アンデッドの死体、その夥しい絵面。
家を覆っていた氷のドームは無くなり、村人たちは外に出ていた。
話をしている。
「リン!!!!」
大声が聞こえた。
村の奥。
女性がこちらに走ってきている。
その人は、リンを背負っているロイの目の前に来て、目を見開いた。
両手で口を覆っている。
「魔力が欠乏しているだけです。怪我はありません」
ぼくはスアンさんに言った。
彼女は安堵の表情を浮かべた。
喉の奥から出たような、くぐもった声が聞こえた。
じっとリンを見ている。
「よかった⋯⋯二人も無事で⋯⋯」
「リンのおかげです。彼女は村を救いました」
ぼくは言う。
「そう⋯⋯そうなのね」
スアンさんは何度も何度も頷いた。
「早く家に入りましょう」
「はい⋯⋯ぜひそうしたいです⋯⋯」
疲れた。
その一言だった。
心も体も、これ以上無いほどに消耗していた。
ここまで激しい戦いはしたことがなかった。
アマラさんのように強いわけじゃない。
ギリギリだった。
「お腹すいたよ」
「いや、先に寝たい⋯⋯」
「いや、食べたい」
「ああそう⋯⋯」
ぼくは返事を放棄し、家に戻るスアンの後に続いた。
‐‐‐
家、といっても、スアンさんの家はぼくが吹き飛ばしたので、どうにもならなかった。
ごめんなさい。
代わりにディーンさんの家に行った。
リンを預け、ぼくらは案内された別の部屋に入る。
ここで休むといい、ということだった。
そこそこの大きさで、二人で寝るには十分だ。
寝床にもぐる。
「疲れたね」
「疲れた」
「リン、無事かな?」
「怪我は無かったから、大丈夫だと思う」
「アンデッドさ、なんであんなに大量発生したんだろう?」
「わかんない」
頭がぼんやりしてきた。
「何であんなデカいのがいるんだろう?」
「⋯⋯まあ⋯⋯合体とか⋯⋯」
「どうやって?」
「⋯⋯わかんない」
眠い。
「あれ、誰がやったんだろう?」
「⋯⋯」
「かなり強力な魔術じゃないと⋯⋯い⋯⋯ね?」
「⋯⋯」
「⋯⋯も⋯⋯ら⋯⋯あ⋯⋯」
やかましい子守唄を無視しつつ、寝た。
‐‐‐
「でも森にはあんなにアンデッドいなかったよね」
やかましい子守唄で目が覚めた。
「リンも心配だなあ」
寝てないの?
ぼくはロイの方を見た。
天井を見ながらブツブツ呟いている。
「あ、おはよう」
「おはよう」
⋯⋯まあいいか。
触れてはならないと感じた。
もうお昼だろうか。
窓から入ってくる陽の光が強烈だ。
昨日は結局、夜中ごろまでは外にいたはずだ。
無理もない。
起き上がる。
お腹が空いた。
夕ご飯も食べてなかったのだ。
無理もない。
部屋を出て居間に行った。
スアンさんとディーンさんがいた。
「おはよう」
「おはようございます」
二人と挨拶を交わす。
床には大きな器があり、焼いた魚がのっけてあった。
ぼくはそれに釘付けになる。
ロイも。
「座って。お腹空いたでしょ? ごめんね、魚ばっかりで」
「いえいえ」
確かに飽きてきた。
でも、文句なんて言えるはずもない。
ロイは何でもいいらしく、勝手に食べ始めていた。
ぼくも床に座り、食事をいただく。
「そういえば、リンはどうですか?」
「まだ寝てるわ。魔力が回復するまで安静にしてなきゃならないみたい」
「そうですか」
無理もない。
あれほど消耗したのだ。
魚に貪りつく。
「村一同、あなた達に感謝してるわ」
「いえ、リンのおかげで⋯⋯」
「あなた達もよ」
胸の奥がむず痒くなった。
ロイは、聞いてるのか聞いてないのか分からない風だった。
実際、アンデッドたちを直接倒したのはリンのおかげだ。
でもまあ、砂時計のことに気づいたのはぼくだし?
褒められるくらいのことをしたと言っても過言ではない、よな。
過言じゃない。
「ハル、顔がニヤけてるよ」
「過言じゃないし」
「カゴン?」
ではないのだ。
「でも、あの人は、助けられませんでした」
スアンさんの家から出てきた、あの男性。
「そうね」
スアンさんは床を見つめた。
きっと二人を助けるために、真っ先にアンデッドの中に飛び込んだのだろう。
ぼくがもう少し早くたどり着いていれば⋯⋯。
「それにしてもどうやってやったんだ? あのアンデッドの群れを。
村にいたのも全部死んでしまったよ」
ディーンさんは言った。
「砂⋯⋯」
「砂時計が魔道具だったんです!!」
先に言うな。
「砂時計?」
ぼくはポケットからそれを取り出した。
これでもかと見せる。
これでもかと見せ終わると、ディーンさんはそれを手に取った。
しげしげと眺めている。
スアンさんも身を乗り出す。
「これ⋯⋯『彼』が持ってたものだわ。
遥か昔から、村にあるって」
「使い方は知らなかったんですか?」
「よく覚えてないけど、儀式でも使うことはないし⋯⋯何も知らないわ。
彼もどうだったのか⋯⋯」
「リンも知らないみたいでした」
「そう⋯⋯」
魔族にとって、あの儀式は単に先祖への祈りを捧げるものだった。
それが、実際はアンデッドを殲滅させる効果を持つものだった。
そしてそれ自体忘れ去られている。
「アンデッドはね、『守り神』とも呼ばれていたの」
「アンデッドが?」
「ええ、村の外にいる存在から、私達を守ってくれる。
寄せ付けないようにしてくれるから」
確かに、魔術の使えない普通の人間なら、ここまで来ようとは思わない。
そもそも来る理由もない。
魔族が人族との交流を絶ってきたのは、それが理由でもあるのか。
お宝に目が眩んで大勢の人族が来た今回は異例だ。
「じゃあさ、いざというときのためだったんじゃないの?」
ロイが言う。
「いざ?」
「うん、アンデッドがちょっといてくれたら良いわけでしょ?
でも増え過ぎたら困るから、そのための、いざ」
「そのための、防衛装置⋯⋯」
意外に鋭いことを言う。
「考えたことなかったわ。なるほどねえ」
「分かんないですけど」
ロイは笑った。
もしリンが目覚めたら、砂時計のことについて、もっと聞いておきたい。
ぼくが初めて口にしたときの、あの怪訝な表情も。
そして、ぼくの前に現れる『あの人物』のことも。




