第37話 「死者」
「うわああああああああああああああ」
気づいたときには、家の中に向けて魔術を乱射していた。
氷になりきれていない水魔術、岩になりきれていない土魔術、不安定な形をした未熟な魔力が飛んでいく。
しかしそれらは全て、闇の中に消えていった。
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ」
杖の持ち手と爪が手のひらにめり込み、痛みが走った。
喉の奥から隙間風のような音が聞こえる。
頭が痛い。
「ハル!!」
後方から声が聞こえた。
ああ。
そうだ。
落ち着け。
落ち着け。
落ち着け。
息を吸い込んだ。
吐いた。
魔力に意識を戻す。
枯れていたエネルギーが体に満ちるのを感じる。
ゆっくりと頭を動かし、足元を見る。
途切れ途切れになっている炎を再点火し、確認する。
血塗られた顔面。
非対称になっている両腕。
虫食いのように抉られた脇腹。
短髪の男。
リンじゃない。
スアンさんでもない。
すっと心が軽くなる。
いや違うだろ。
死人が出たんだ。
でも、二人は死んじゃいない。
でも死んだ。
混乱。
落ち着け。
やることをやるんだ。
押さえつける。
⋯⋯それにしても、誰だ?
少し見たことあるような気はする。
もしかしたら、二人を助けに来てくれた人かもしれない。
「⋯⋯よし」
ぼくは死体を避け、玄関に進んだ。
真っ暗な家の中、居間に飛び込んだ。
夥しい呻き声が聞こえたと思うと、そこにはアンデッドがびっちりと詰まっていた。
我先にと、その部屋の奥に進もうと、互いに押し合っている。
しかし、統率はまるでとれておらず、塊のように一体化している。
「リン!!」
ぼくは叫んだ。
「スアンさん!!」
再び叫んだ。
返事はない。
ぐっと手に力を入れ、杖を構えた。
体に意識を向ける。
どうする?
このまま突破するか?
強力な上位魔術を使い、目の前にいる奴らをまとめて吹っ飛ばす。
でも、もし二人がそこにいるのなら当たってしまう。
でもこのままじゃ⋯⋯。
そのとき、隙間が見えた。
一頭のアンデッドが、ぐっと横にずれ、そこから何かが見えた。
薄く青みがかったもの。
ほんのりと赤い。
あれはぼくの炎魔術を反射している。
外で見た光景を思い出した。
家の周りを覆う氷のドーム。
彼らは魔術の扱いに長けている。
杖を、アンデッドの塊に向けた。
『大突風』
大木を根本からもぎ取るほどの突風を放った。
アンデッドは弾け飛ぶ。
家の屋根も弾け飛ぶ。
夜空が見えた。
現れたのは氷のドーム。
その奥にいる二人。
「リン!! スアンさん!!」
駆け寄った。
二人は体を抱き合い、ドームの奥でうずくまっていた。
怯えた目でこちらを見ている。
リンの魔力は尽きかけていた。
直前であの儀式をしていたからだ。
彼女は強い。
だけど魔力が少なければ、応戦できるはずもない。
一瞬の間があり、リンの顔は安堵に変わった。
スアンさんに何か言っている。
ドームは消えた。
頂点から均一に溶ける。
ひんやりとした空気が肌に触れた。
「ありがとう」
リンは言った。
「良かった、無事で。スアンさんも」
ぼくは言った。
「ええ、ありがとう」
と、安堵している場合でもない。
二人の後ろを見た。
アンデッドが起き上がっている。
風で吹き飛ばしただけだ。
奴らは永遠に起き上がってくるだろう。
「もう無理!!」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、大量のアンデッドと、ロイ。
ディーンさんもいる。
彼らは全力疾走でこちらに向かってきた。
「無理無理!!」
ロイは肩で息をして、ぼくに言った。
「どうする? ハル」
「もうどうにも⋯⋯」
アンデッドの足は遅い。
だけど、もう周りを取り囲まれている。
寸前に迫っている。
このまま氷の中に閉じこもるか?
でもそこから先は?
「っ⋯⋯」
スアンさんが、苦しそうな声を上げた。
腹を抑えている。
怪我をしたのだろうか。
リンが近寄り、体を支える。
そして何か言っている。
魔族の言葉でよくわからないけど、恐らく励ましているのだろう。
怪我人は他にもいるはずだ。
何か、急がないと⋯⋯。
違和感。
「⋯⋯ハ⋯⋯ル?」
ロイが何か言っている。
ぼくの名前を呼んでいる。
だけど、どこかぼんやりとしていて、霧のよう。
サーっと、波が引いていく感覚。
リンの方を見ると、いつの間にか、誰かがいた。
いや、いるのか?
分からない。
うすぼんやりとして、顔は見えない。
首にかけられた、貝殻の首飾りが揺れるだけ。
頭痛が走った。
「う゛⋯⋯あ゛⋯ああ」
両手で頭を抑えた。
「ハル!?」
『⋯⋯な⋯⋯けい』
言葉が浮かんだ。
音が鳴った。
波が引いた。
「リン!」
ぼくは叫んだ。
「なに!?」
「砂時計!!」
「へ?」
「砂時計だって!」
リンはこちらをじっと見た。
この前のような怪訝な表情ではない。
しかし、こちらを伺っているようなそんな顔。
「⋯⋯分かったわ」
懐を探る。
取り出したのは、まさに、砂時計。
上部に砂の入った、普通のもの。
リンはぼくに渡す。
受け取った。
「どうすんのよ!?」
「どうすればいい!?」
「分かんないわよ!!」
「ぼくも分かんないよ!!」
リンは知らない?
嘘をついているようには見えない。
何よりこんな土壇場でそんなことするはずもない。
時間はない。
何か、何かある気がするんだ。
砂時計に目を落とす。
全体を見る。
何もない。
振ってみる。
何もない。
叩いてみる。
何もない。
「もう目の前に来てる!!」
ロイが叫んだ。
ああ!!
一旦、魔術で壁を⋯。
ぼくは魔力に意識を向けた。
そのときだった。
砂時計の、砂が光った。
薄い紫色。
裏面を見た。
魔法陣だ。
さっきまではなかったのに、台座部分に魔法陣が浮かび上がっていた。
それも恐ろしいほど複雑。
陣の組み方については、学校で少しやったくらいだけど、それでも異常な見た目をしているのが分かる。
いや、組み方自体が違うのだ。
違う世界の物のような。
魔道具。
それが砂時計の正体。
何の変哲もない見た目に騙された。
しかし、何でこんなものが?
いや、そんなことはいい。
すでに光は消えていた。
恐らくぼくの魔力に反応した程度。
もっと強力な魔力が必要だ。
だったら恐らく⋯⋯。
浮かぶのは、砂時計に似た二つの円。
「リン、祭壇だ、あそこに行きたい!」
ぼくが言うと、
「分かったわ」
リンは答えた。
地面に片手をつく。
円形の岩が現れ、せり上がる。
目前に迫ったアンデッドは、その汚れた手を伸ばし、ぼくのつまさきに触った。
一足こちらが早かった。
岩は家の高さを越えた。
ちょうど良さそうなところで停止させ、村全体を見渡した。
おぞましい。
それだけを感じた。
「何か考えがあるのよね?」
「ある」
言い切った。
「その砂時計で?」
「うん」
「私が持ってたから分かるけど、壊れてるわよ? それ」
「え?」
「だって砂が落ちないから」
そういえばそうだ。
上部にある砂はそこに留まったまま微動だにしない。
「大丈夫、多分」
「はあ⋯⋯」
リンは呆れている。
ぼくもそんな自分に苦笑した。
もしかしたら、ロイが移ったのかもしれない。
「行こう」
ぼくが言うと、リンは頷き、スアンさんの方を向いた。
何か言っている。
言葉の意味は分からないけど、何を言ってるのかは何となく分かった。
今までで一番、二人は家族に見えた。
「大丈夫なのか?」
「はい、スアンさんのこと、お願いします」
「分かった」
ディーンさんは言った。
「森の中にも奴らはいるわ、準備はいい?」
リンの言葉に、ぼくとロイは頷いた。




