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異世界少年少女は空をゆく −撃墜の城と空飛ぶ魔術−  作者: 谷 風汰
第5章 魔族の村編

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第37話 「死者」

「うわああああああああああああああ」


 気づいたときには、家の中に向けて魔術を乱射していた。


 氷になりきれていない水魔術、岩になりきれていない土魔術、不安定な形をした未熟な魔力が飛んでいく。

 しかしそれらは全て、闇の中に消えていった。


「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ」


 杖の持ち手と爪が手のひらにめり込み、痛みが走った。

 喉の奥から隙間風のような音が聞こえる。

 頭が痛い。

 

「ハル!!」


 後方から声が聞こえた。


 ああ。

 そうだ。 


 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着け。


 息を吸い込んだ。

 吐いた。


 魔力に意識を戻す。

 枯れていたエネルギーが体に満ちるのを感じる。


 ゆっくりと頭を動かし、足元を見る。

 途切れ途切れになっている炎を再点火し、確認する。


 血塗られた顔面。

 非対称になっている両腕。

 虫食いのように抉られた脇腹。


 短髪の男。


 リンじゃない。

 スアンさんでもない。


 すっと心が軽くなる。


 いや違うだろ。

 死人が出たんだ。

 でも、二人は死んじゃいない。

 でも死んだ。

 

 混乱。


 落ち着け。

 やることをやるんだ。


 押さえつける。


 ⋯⋯それにしても、誰だ?

 少し見たことあるような気はする。

 もしかしたら、二人を助けに来てくれた人かもしれない。


「⋯⋯よし」


 ぼくは死体を避け、玄関に進んだ。



 真っ暗な家の中、居間に飛び込んだ。

 夥しい呻き声が聞こえたと思うと、そこにはアンデッドがびっちりと詰まっていた。

 我先にと、その部屋の奥に進もうと、互いに押し合っている。

 しかし、統率はまるでとれておらず、塊のように一体化している。


「リン!!」


 ぼくは叫んだ。


「スアンさん!!」


 再び叫んだ。


 返事はない。


 ぐっと手に力を入れ、杖を構えた。

 体に意識を向ける。


 どうする?

 このまま突破するか?

 強力な上位魔術を使い、目の前にいる奴らをまとめて吹っ飛ばす。

 

 でも、もし二人がそこにいるのなら当たってしまう。

 でもこのままじゃ⋯⋯。


 そのとき、隙間が見えた。

 一頭のアンデッドが、ぐっと横にずれ、そこから何かが見えた。

 薄く青みがかったもの。

 ほんのりと赤い。

 あれはぼくの炎魔術を反射している。


 外で見た光景を思い出した。

 家の周りを覆う氷のドーム。

 彼らは魔術の扱いに長けている。


 杖を、アンデッドの塊に向けた。


大突風(エルヴェ・ファール)


 大木を根本からもぎ取るほどの突風を放った。


 アンデッドは弾け飛ぶ。

 家の屋根も弾け飛ぶ。

 夜空が見えた。


 現れたのは氷のドーム。

 その奥にいる二人。


「リン!! スアンさん!!」


 駆け寄った。


 二人は体を抱き合い、ドームの奥でうずくまっていた。

 怯えた目でこちらを見ている。


 リンの魔力は尽きかけていた。

 直前であの儀式をしていたからだ。

 彼女は強い。

 だけど魔力が少なければ、応戦できるはずもない。


 一瞬の間があり、リンの顔は安堵に変わった。

 スアンさんに何か言っている。

 

 ドームは消えた。

 頂点から均一に溶ける。

 ひんやりとした空気が肌に触れた。


「ありがとう」

 

 リンは言った。


「良かった、無事で。スアンさんも」


 ぼくは言った。


「ええ、ありがとう」


 と、安堵している場合でもない。

 

 二人の後ろを見た。

 アンデッドが起き上がっている。

 風で吹き飛ばしただけだ。

 奴らは永遠に起き上がってくるだろう。


「もう無理!!」


 後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、大量のアンデッドと、ロイ。

 ディーンさんもいる。


 彼らは全力疾走でこちらに向かってきた。


「無理無理!!」


 ロイは肩で息をして、ぼくに言った。


「どうする? ハル」

「もうどうにも⋯⋯」


 アンデッドの足は遅い。

 だけど、もう周りを取り囲まれている。

 寸前に迫っている。

 このまま氷の中に閉じこもるか?

 でもそこから先は?


「っ⋯⋯」

  

 スアンさんが、苦しそうな声を上げた。

 腹を抑えている。

 怪我をしたのだろうか。


 リンが近寄り、体を支える。

 そして何か言っている。

 魔族の言葉でよくわからないけど、恐らく励ましているのだろう。


 怪我人は他にもいるはずだ。

 何か、急がないと⋯⋯。


 違和感。


「⋯⋯ハ⋯⋯ル?」


 ロイが何か言っている。

 ぼくの名前を呼んでいる。

 だけど、どこかぼんやりとしていて、霧のよう。


 サーっと、波が引いていく感覚。


 リンの方を見ると、いつの間にか、誰かがいた。

 いや、いるのか?

 分からない。

 うすぼんやりとして、顔は見えない。

 

 首にかけられた、貝殻の首飾りが揺れるだけ。


 頭痛が走った。


「う゛⋯⋯あ゛⋯ああ」


 両手で頭を抑えた。


「ハル!?」


 『⋯⋯な⋯⋯けい』


 言葉が浮かんだ。

 音が鳴った。

 波が引いた。


「リン!」


 ぼくは叫んだ。


「なに!?」

「砂時計!!」

「へ?」

「砂時計だって!」


 リンはこちらをじっと見た。

 この前のような怪訝な表情ではない。

 しかし、こちらを伺っているようなそんな顔。


「⋯⋯分かったわ」


 懐を探る。

 取り出したのは、まさに、砂時計。

 上部に砂の入った、普通のもの。


 リンはぼくに渡す。


 受け取った。


「どうすんのよ!?」

「どうすればいい!?」

「分かんないわよ!!」

「ぼくも分かんないよ!!」


 リンは知らない?

 嘘をついているようには見えない。

 何よりこんな土壇場でそんなことするはずもない。


 時間はない。

 何か、何かある気がするんだ。


 砂時計に目を落とす。


 全体を見る。

 何もない。


 振ってみる。

 何もない。


 叩いてみる。

 何もない。


「もう目の前に来てる!!」


 ロイが叫んだ。


 ああ!!

 一旦、魔術で壁を⋯。


 ぼくは魔力に意識を向けた。


 そのときだった。


 砂時計の、砂が光った。

 薄い紫色。


 裏面を見た。

 魔法陣だ。

 さっきまではなかったのに、台座部分に魔法陣が浮かび上がっていた。

 それも恐ろしいほど複雑。

 陣の組み方については、学校で少しやったくらいだけど、それでも異常な見た目をしているのが分かる。

 いや、組み方自体が違うのだ。

 違う世界の物のような。


 魔道具。

 それが砂時計の正体。

 何の変哲もない見た目に騙された。

 

 しかし、何でこんなものが?


 いや、そんなことはいい。


 すでに光は消えていた。

 恐らくぼくの魔力に反応した程度。

 もっと強力な魔力が必要だ。


 だったら恐らく⋯⋯。


 浮かぶのは、砂時計に似た二つの円。


「リン、祭壇だ、あそこに行きたい!」


 ぼくが言うと、


「分かったわ」

 

 リンは答えた。


 地面に片手をつく。

 円形の岩が現れ、せり上がる。

 目前に迫ったアンデッドは、その汚れた手を伸ばし、ぼくのつまさきに触った。

 一足こちらが早かった。


 岩は家の高さを越えた。

 ちょうど良さそうなところで停止させ、村全体を見渡した。


 おぞましい。

 それだけを感じた。


「何か考えがあるのよね?」

「ある」


 言い切った。 


「その砂時計で?」

「うん」

「私が持ってたから分かるけど、壊れてるわよ? それ」

「え?」

「だって砂が落ちないから」


 そういえばそうだ。

 上部にある砂はそこに留まったまま微動だにしない。


「大丈夫、多分」

「はあ⋯⋯」


 リンは呆れている。


 ぼくもそんな自分に苦笑した。

 もしかしたら、ロイが移ったのかもしれない。


「行こう」


 ぼくが言うと、リンは頷き、スアンさんの方を向いた。

 何か言っている。

 言葉の意味は分からないけど、何を言ってるのかは何となく分かった。


 今までで一番、二人は家族に見えた。


「大丈夫なのか?」

「はい、スアンさんのこと、お願いします」

「分かった」


 ディーンさんは言った。


「森の中にも奴らはいるわ、準備はいい?」


 リンの言葉に、ぼくとロイは頷いた。

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