第36話 「暗闇の戦い」
「何だ!?」
「おい!」
「待て!!」
村人たちは騒ぎ出す。
「リン!!」
その喧騒をよそに、走り出したのはリンだった。
誰よりも早く、誰よりも真っ直ぐと、駆け出した。
『リンのこと、よろしくね』
スアンさんに言われたことを思い出した。
だが、彼女は強く、賢明だった。
心の内に、少し陰があるだけで、本来は強い人なんだ。
ぼくも、いかなきゃ。
走り出す。
ロイはぴったりと、隣についてきている。
「何かな!?」
「さあ!!」
一言だけ交わす。
さっきの悲鳴、明らかにまずいのは明らかだけど、何も分からない。
ここはのどかな村だ。
魔物は周りにいるが、村を取り囲む魔法陣ですべて防いでいるはず。
『殺した』
その言葉が頭に膨らんだ。
リンの父は殺された。
そんなこと生まれて初めてだとスアンさんは言っていた。
寒気が襲う。
足が急に重くなり、暗闇が肩にのしかかってくるように感じた。
魔物とはたくさん戦ってきた。
でも、同じ人間とは⋯⋯。
森を抜けた。
立ち止まり、目を見開いた。
「ア゛ア゛」
「ア゛ァ」
「ウ゛ォ」
「ウ゛」
「ォ゛」
「ォォ゛ぉ」
「ウ゛ォ」
「ウ゛」 「グぇ」
「ォォ゛ぉ」
「ウ゛」
「ア゛あ」
「ウウううううう」
「あああ゛ああ」
「ォォ゛ぉ」
「ォ゛おお、ォ。」
「ォォ゛ぉ」
「ウ゛ォ」 「ウ 」 「グぇ」
「ア゛あ」
「ウウううううう」
「ギャリ」 「ウ゛」
「グぇ」 「ォォ゛ぉ」
「ウ゛ ォ」 「ウ゛」
「 グぇ」 「ォ゛」 「ォォ゛ぉ」
「ォ゛お」 「ウ゛ォ」
「オォ゛」 「ウ゛ォ」
「オォ゛」 「グぇ」
「ア゛あ」
「ウウううううう」 「ギャリ」
「ォォ゛ぉ」 「ウ゛ォ」 「ウ゛」「グぇ」 「ォォ゛ぉ」
「ウ゛ォ」
「ウ゛」 「グぇ」 「たわけ!」 「ウ゛ォ」「ウ゛」 「ォ ォ゛ぉ」
「ォォ゛ぉ」 「ウ゛ォ」
「グぇ」 「グぇ」
「 ォォ゛ぉ」 「ウ゛ォ」
「グぇ」
「ア゛あ」
「ウウううううう」
アンデッドの大群。
死体の行進が、浜辺を埋め尽くす。
大雨に呻き声が響く。
襲われている村人と、それを助けている人、まるで豆粒のように群れの中にいる。
侵食されている。
ぼくは固まっていた。
激しさを増していた雨にも気づかなかった。
全身に悪寒が走った。
「ハル!!」
「⋯⋯あ」
ロイの声で目を覚ます。
「リンを探そう!!」
「ああ⋯⋯」
ぼくは再び走った。
「行き先は?」
「スアンさんのところだ!」
固まった足をもぎ取るように動かした。
村へと入る。
しかし、前方にアンデッドの塊。
十匹ほどが行く手を塞いでいる。
「アア゛ア」
こちらを向いた。
どろっとした動きで迫り来る。
ぼくは杖を構えた。
常に持ち歩いていて良かった。
こういうときが来るんだ。
「いけるよね、ハル」
「もちろん」
全身に魔力を集中した。
流れを意識する。
ゆっくりと呼吸をし、操作する。
『氷槍』
アンデッドに向かって放つ。
狙いは足下だ。
一番前にいる相手に突き刺さった。
アンデッドは、『ア』と不気味な声を漏らした。
少し上だったか?
まあいい。
ミシミシと、氷が地面に広がっていく。
そいつは酔っぱらいのように体を動かしているが、どうしようもできない。
ぼくはあと三発ほど放った。
他の個体に当たり、同じように動きを止める。
後ろにいた奴らが前にいるやつらを押し出そうとした。
しかし当然、前にいる奴らは動けない。
死体の塊はもんどりうって一斉に転倒しそうになった。
『変成』
それを見逃すことはなく、ロイが飛び出した。
刀剣は通常の二倍ほどに長さが伸びていた。
頭部が弾け飛ぶ。
長剣を使って全ての頭をぶった斬ったのだ。
空中に舞った球体たちは、鈍い音を立てて地面に転がった。
数秒遅れて、『ァ゛』という断末魔が聞こえ、奴らは静かになった。
「いこう」
ぼくは言うと、ロイは無言で頷いた。
死体の山を越えていく。
‐‐‐
家々をすり抜ける。
魔術を使ったのか、氷のドームで覆われた家がいくつかあった。
流石は魔族だ。
咄嗟に対処したのだろう。
しかし、彼らは夜に外で活動する。
当然、逃げ遅れた人たちが大勢いる。
応戦している人たちもいた。
彼らは強い。
人族とは比べ物にならないほど魔術に長けている。
だけどこの数は無茶だ。
「あああああああああ」
叫び声が響いた。
アンデッドじゃない。
どこか遠く。
浜辺の方か。
無理だ。
ごめんなさい。
ぐちゃぐちゃになった思いを踏み潰し、目的地を見定めた。
曲がり角を曲がり、一軒の家が視界に入る。
この家を通り過ぎたさらに奥。
そこがリンたちの家。
無事だろうか。
スアンさんは、リンは。
手前の家を抜けた。
リンたちの家が見えてくる。
背後では呻き声。
後ろを振り返る。
「ウウうう」
「ォォ゛ぉ」
「ウ゛ォ」
「ウ゛」
「グぇ」
「ォォ゛ぉ」
「ウ゛ォ」
「ウ゛」
十頭、いや二十頭、分からない。
夥しいアンデッドがついてきていた。
くそ。
どうする。
多過ぎる。
ロイが止まった。
「どうすんだよ!」
「俺がやるから、リンたちを頼む」
そう言うと、ロイは剣を空にかざした。
『変成』
さっきの長い剣ではない。
いや、長い、が、幅も広い。
大剣だ。
明らかにロイの体格には不釣り合いで、到底扱えるはずもない。
そう、普通なら思うだろう。
だけどぼくは違った。
誰よりも、勇敢に、かっこよく見えた。
あいつならできると。
「頼んだ!!」
ロイは答えることなく、いや、背中で答えたんだ。
ぼくはそれを受け取り、後ろを振り向く。
家は目と鼻の先。
幸いなことに、アンデッドは周囲にいなかった。
ここまではまだ来ていなかったのか?
いや、リンがやったのか。
分からない。
だけど、行くしかない。
玄関の前にたどり着いた。
炎魔術で明かりを灯し、入口に立てかけられている板に手を伸ばす。
指が震えるのを感じた。
歯がカチカチと音を立てた。
押し殺し、板に⋯⋯。
「あ゛」
低い声が聞こえた。
同時に、向こうから板が動いた。
飛び退く。
物が倒れたような衝撃音が響いた。
板だけじゃない。
明かりを足元に向けた。
誰かの頭部と、転がった帽子が目に映った。




