第35話 「儀式」
砂浜を歩く。
リンが先頭に、その後ろから幾人かの村人、最後尾にぼくとロイ。
一列に並んでいる。
氷の木がキラキラ光る。
前にいるロイが面白そうに見つめている。
何だか重々しい雰囲気だ。
会話はなく、砂浜を歩くザラザラとした音だけが響いている。
海を見た。
夕焼けで赤く染まり、巨大な血だまりのように見える。
大きな波がうねった。
この村なんて一口で呑み込んでしまいそうな恐ろしさを感じた。
数分。
砂浜に沿って歩き、森の中に入った。
ここは魔法陣の範囲内なのだろう、魔物の気配を感じない。
静かだ。
奥へと進む。
変わらない景色。
魔力の影響でかなり背が伸びた木が茂っている。
ロイは、首がもげそうなほどそれを見上げていた。
葉っぱはまばらについていて、あまり元気そうには見えなかった。
人族の生息域にも生えているのだろうか?
「こんなデカいのがあるんだ⋯⋯」
「うん⋯⋯見たことない⋯⋯」
ぼくらは小声で話す。
「登りたいなあ⋯⋯」
ロイが言う。
そういえばこいつは、木がある限り登る男だった。
「だめだろ」
何か神聖な奴かもしれないし。
「行こう」
ぼくは言った。
ロイは渋々ついてくる。
それから、祭壇へ向かう列は、何も構うことなく進んでいった。
ぼくは周りの景色を観察しながらついていく。
見たことのないものが所々にあって面白い。
変な色の植物とか、少し大きな虫とか。
これらも魔力の影響なのだろうか。
そうして辺りを見回しているとき、視界に、白いものが映った。
一瞬だが、確実に何か。
立ち止まる。
寒気が体に走るのを感じ、ゆっくりと、体をそちらに向けた。
女性⋯⋯?
遠くて詳しくは見えないが、なんとなく、こちらを見ていることが分かった。
白い髪の毛がゆらゆらと風に揺れている。
しかし、それ以外は微動だにしない。
体は動かない。
立ち上がった死人のようだ。
また、被っているチャナンはどこか汚れているようで、いや、全体的に何か⋯⋯。
「ハル⋯⋯!」
かすれたロイの声が聞こえた。
前を見ると、列はすでに、小さな粒となっていた。
ぼくは焦り、小走りで進んだ。
‐‐‐
「うお⋯⋯」
目の前に現れた祭壇を前にして、ロイが声を漏らした。
ぼくも漏らしそうになったけど、厳かな雰囲気を感じ、何とか抑えた。
その代わり、じっくりと観察する。
舞台ほど大きな灰色の壇、その両側に幾つもの柱が列を成している。
小さな台座が壇の真ん中に置かれている。
少し近づいて見ると、壇の床面に何かが描かれていることに気づいた。
大きくて全体は見えないが、恐らく円。
それも二つ、縦に並んでいる。
そのちょうど間に台座があるのだ。
色々と考えていると、リンが壇上に上がった。
数人の村人たちは一列に並び、それを見ている。
ぼくらも端に加わった。
リンが歩く度、美しい装束が揺れる。
蝶の羽のように壇上に羽ばたく。
二つの円の真ん中、台座の前に座った。
何かを唱えている。
魔族の言葉だろうか?
いや、それとも少し違う気がする。
後ろからでは背中しか見えない。
しかし、一つだけ目に見えて変わっていくのが分かった。
魔力が集中している。
日常では、体の中を揺らめいている魔力が、リンが座り始めて数秒、一点に集まった。
微動だにせず、ゆっくりと体の前に流れていく。
これだけ繊細な魔力操作は中々見られない。
ぼくらと魔族との違いを改めて思い知った。
数分が経った。
もう日が落ちてきて、かなり暗くなってきたが、少しだけ、辺りが明るくなったのに気づいた。
ずっと見ていたから気が付かなかったんだ。
縦に並んだ二つの円、その下の方が紫色に発光し始めていた。
まだ微か。
炎よりも頼りないが、それでも薄っすらと光を放っているのが分かる。
また、円全体が光っているわけではなく、上の方が少し欠けていることに気づいた。
まるでもう少しで満ちる月のようだった。
さらに時間が経った。
もはや、ぼくは目を細めていた。
隣にいるロイも同じだ。
発光は威力を増していき、目玉を刺すように膨張している。
何かが爆ぜるような、何かが起こるような気がした。
しかし、ゆっくりと、弱まっていった。
リンを起点に収縮していく。
円は、少しだけ形を取り戻していたように見えたが、気のせいだったかもしれない。
光は完全に収まった。
壇上に座っているリンの後ろ姿が見える。
静かだ。
風が吹き、リンが立ち上がった。
それからまた静止し、ゆっくりとこちらを向いた。
歩き出す。
リンの白い髪が暗闇になびき、コツコツという足音が響いた。
あ、終わったんだ。
ふとそう思い、空を見上げた。
雨。
‐‐‐
かすかに水滴が落ちる。
「あら、まずいわね」
リンが言った。
村人の一人も、何か言っている。
『帰ろう』と言っているのだろう。
その言葉を受け取り、ぼくらは祭壇を後にした。
「リン、なんで魔力を込めてたの?」
森の中を歩きながら、ロイが聞くと、
「そういう決まりだから」
「へえ、何か意味があるのかな?」
「だから、そういうもんでしょ」
リンが言う。
たしかに、よくよく考えれば気になってくる。
魔神教では座って祈るだけだったのに、彼女はわざわざ魔力を使っていた。
なら、その魔力はどこに?
「空の書もそうだけど、何も知らないんだね」
ロイが言った。
ムスッとしている。
「⋯⋯しょうがないじゃない。
私達はずっと同じ暮らしをしてきた。
いつからこの場所で暮らし始めたのかも分からない。
なんでこうやって暮らしているのかも分からない。
そもそも、外の世界に行くまではそんなこと考えたこともなかった」
「そういうもんなのかな、ハル?」
「そういうもんだろ」
知らないけど。
ただ一つ、気になることがある。
「魔力を込める、ということ自体、魔道具を使って行うけど、この村でそんなもの他に見なかった」
「そうね」
「祭壇なんて大きいもの、外から持ってこれるはずもないし⋯⋯」
となると、昔、人族と魔族は一緒に住んでいたのかもしれない。
高い魔力をもつ魔族と、優れた魔道具を作った人族。
しかし、今は断絶してしまった。
どうしてかは分からないけど。
「詳しいのね」
リンがぼくに向かって言った。
刺すような目線だった。
「⋯⋯え」
ぼくは気圧され、口ごもる。
せっかく少し仲良くなったと思ったのに、なにか悪いことでも言っただろうか。
「早く行きましょう。もうびしょ濡れだけどね」
リンが言い、ぼくらは歩を速めた。
雨は重さを増し、全身にのしかかってくる。
寒気が体を包む。
ぼくは両手で体を擦った。
ロイはいつも通り歩いている。
こいつは寒さも感じないのだろうか。
無自覚に凍死しないか心配だ。
ぼくが見張ってないと。
そう思ったとき、視界の端で何かが揺れた気がした。
白い何か。
立ち止まる。
そういえば、行きもこんなことがあったような。
そうだ。
あの女の人⋯⋯。
しかし、そう思ったときにはもう遅かった。
違和感の方には誰もいない。
何もない。
リンに聞いてみよう。
ぼくはみんなの方を向いた。
歩き出そうとした。
違和感が、体を這った。
同時に、前にいるみんなも立ち止まった。
そのときだ。
「イヤアアアアアアアアアアアアア」
悲鳴が聞こえた。




