第34話 「ディーン」
「まあ、何も分かってないんだけどね」
ディーンさんは大笑いしながら言った。
あれから彼が泊まっている家に入れてもらった。
他と変わらない普通の作りをしていた。
「本当に何にも?」
「そうだ!!」
眩しいほど白い歯を見せて笑う。
そして、美味しそうな焼き魚を丸呑みする。
「だから、こんな研究してる奴なんて『頭がおかしい』だの『キ◯ガイ』だの言われてきたんだ。
だけど風向きが変わった。
城が降ってきたんだ。ぶったまげたね。
何かの欠片やら道具のような物が降ってくることはあったが、あんなのは当然初めて。
あと少しで、新大陸調査すら追い抜く人気になるはずだ」
「そもそも、どうして空の書なんてものがあると分かるんですか?」
ぼくは聞く。
ディーンさんは床に置いていたリュックを漁った。
荒々しい手つきでガサゴサし、何かを取り出した。
皮で包まれている。
「これだ」
それを広げた。
本だった。
黒い表紙は雨で濡れたみたいにしなびていて、触れただけで破れそうなボロボロ具合。
中までは見えないが、白い紙の部分は黄色くなっている。
「なんですか、これ?」
「海の書」
「それって⋯⋯」
「ああ、空の書、大地の書と並ぶ書物。何かは分からないけど、とある魔術が記されている」
「これらの本のことはどこで?」
「歴史書がある。トリス王国に受け継がれていたものらしく、長らく放置されていた。
それを大学の研究者が見つけたのさ。
何の役に立つかも分からない不確定なものだけど、未知の言語で書かれていることもあって、一部のもの好きが調べていた。
そして浮かび上がってきたのが、空を巡る神話と三つの書物。
それぞれの名前に関係する魔術があるのなら、あの城について、空の書はきっと大きな鍵になる」
何だか壮大な話だ。
『空の上に何かあるのかなあ』と思ってここまでやってきたけど、大学で研究されているとなると、こんな子どもが関わっていいことなのかと思えてくる。
「魔族の人たちは全然知らないみたいですけど⋯⋯」
「それはそうだ。しかし、歴史書の記述には空の書と死者の塔の繋がりを思わせる記述がある。
何かがあるはずだ」
「でも見つからなかったんですよね?
ぼくらが村に来るときも帰っていく人がいました」
「それもそうだ。私も塔には何度も登ったけど、頂上まで行っても何一つ見つからなかった」
やっぱりそうなのか。
「あそこが『頂上』であればの話だけどね」
「え?」
「私含め調査した全員がたどり着いた場所、まだあそこには謎がある」
「謎?」
「まあ行けば分かるけど、それを解明しない限り、まだ諦めきれない」
ディーンさんは笑う。
「よくわかんないけど、気になるね」
ロイの言葉に、ぼくは頷く。
「正直曖昧な話だ。しかし、夢はあるだろ?」
ディーンさんは笑う。
ギラついた目をこちらに向ける。
「そ、そうですね」
ぼくは気圧され、ぼんやりとした返事をした。
「君たちはなぜ空の書を探そうと思った?」
「城が落ちたその現場にいたんです」
「なるほどね。それは羨ましい。調べたくもなるはずだ」
街が一つ消し飛んだから、あまりそういう言葉遣いはどうかと思うけど⋯⋯。
「好奇心は鳴り止まない。私は夢を叶える」
ディーンさんは拳を握りしめながら言った。
胸の奥が熱くなる。
沸騰するような魔力を感じる。
その言葉には、人を動かす力があった。
「だが、肝心の塔に入らないことには何もできない」
「リン⋯⋯ですね」
「ああ、ここのところは周辺の調査をしていたけど、そろそろ塔に戻りたいんだ。
君たち、何とかしてくれないか?」
「そ、そうですね」
「最悪鍵を盗むことも考えたけど、どれがそうかも分からない」
いや、盗むのは流石に⋯⋯。
「わかりました。何とか説得してみます」
ぼくは言った。
⋯
夕方。
居間に行くと、一風変わったリンと、スアンさんがいた。
リンは、薄い青と白に彩られたドレスのような物を着ており、髪を束ねている。
「なにそれ?」
ロイが聞く。
「祭祀用の服」
リンが言う。
「祭祀ってなに?」
ロイが聞く。
「大事なこと」
リンが言う。
「なんで大事なの?」
ロイが聞く。
そして、リンはぼくを睨んだ。
「大事なもんは大事なんだよ、ロイ」
「そうなの?」
「そう」
ロイは『ふーん』とした顔で黙った。
「豊かな生を先祖に祈るのよ」
服の着付けをしているスアンさんが言った。
祈り、かあ。
お墓のことを思い出す。
「どこでやるんですか?」
「村の外れに祭壇があるの。着いてきてもいいわよ」
「いきます!」
ロイが言う。
魔族も人族も、やってることは大して変わらないのかもしれない。
分からない将来のことを考え、平和を望む。
どうなるんだろうな、この先のぼくは。
リンの服を見た。
何の気なしに見る。
そして、袖の先の方、何かが描かれているのに気づいた。
二つの円。
それが縦に並んでいる、
「何見てんの?」
「いや、それ⋯⋯」
ぼくは袖を指さした。
「これが?」
「その形」
「ああ、これ? 不思議な絵ね。何なのかよく分からないけど」
『砂時計』
言葉が浮かんだ。
水に沈んだ何かが現れるように、ゆっくりと浮上した。
「砂時計、って、分かる?」
ぼくが聞いたとき、リンの目が一瞬見開いたのを、見逃さなかった。
「⋯⋯それが?」
リンは言った。
「いや⋯⋯別にどう、ってわけじゃないけど⋯⋯。
この村にあるのかなって」
「私たちが使うと思う? そんなもの。
遠くの海まで行くわけでもないし」
「まあ、そっか」
砂浜で出会った男の顔がちらついた。
ぼんやりとして正確には思い出せないが、首元で揺れていた貝殻の首飾りだけは、はっきりと見えていた。
「じゃあ、着いてくるんなら早く行くわよ」
「うん」
リンは早足で外に出ていった。
ぼくは、黙って彼女を追いかけた。




