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異世界少年少女は空をゆく −撃墜の城と空飛ぶ魔術−  作者: 谷 風汰
第5章 魔族の村編

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第32話 「海と月」

 『砂時計』という単語が聞こえ、振り返ると、そこには誰もいなかった。

 ひらりと揺れる首飾りが見えたが、それも気のせいだったのかもしれない。

 気づけば頭痛は止んでいた。

 

「ハル?」


 じっとしていると、ロイが声をかけてきた。


「⋯⋯あ」

「どうしたの?」


 ぼくは、海を眺める。

 滑らかな水面がうねりを繰り返している。


「そんなことよりさ、これ見てよ」


 氷の木を指差す。


「なに?」

「一つ一つ形が違うんだ」


 確かに、よく見てみると、木の枝や葉っぱの数、その大きさなどが微妙に異なっている。

 それぞれが世界に一つだけの芸術作品のように思えた。

 ひんやりと浜辺に映える彫刻。


「誰かいる」


 ロイが言った。

 

 浜辺の奥の方、ぽつんと誰かが座っているのが見えた。

 波打ち際で海を眺めている。


「行ってみよう」


 氷の木の列に沿って歩いた。

 ザクザクという砂の感触が楽しげで、リズムを刻むように足を運んだ。

 固い土の退屈さを知った。


 その人は、白い髪をたなびかせていた。

 チャナンを被り、顔に影を作っている。


「リン!!」


 ロイが言った。

 浜辺を駆ける。


 彼女はこちらを向くと、すぐに海の方へ目を戻した。

 遠くを、地平線のその先を見つめていた。

 

 

 スアンさんがリンは海にいると言っていたが、何をしているんだろう。

 まだ彼女のことを深くは知らない。

 魔族の少女、人族とは何が違うんだろうか。


 ロイが彼女の隣に座った。

 ぼくはロイの隣に駆け寄る。


「何してるの?」

「海を見てるの」

「なんで?」

「別に」

「ここが好きなの?」

「質問ばっかりね」


 浴びせかけられるロイの口撃に、彼女は面食らっているようだった。

 少し声がイラついている。


 沈黙が流れ、彼女は口を開いた。


「海ってさ、たまーに何かが流れてくるんだよね」

「何が?」

「だから、何かが」


 浜辺を見渡すと、枝や葉っぱやら、よくわからないものがあちこちに散らばっている。

 ロイはすでに枝を拾っており、バシバシと地面を叩いていた。

 もう六本目だ。


「この枝も?」

「そう」

「どこから来るんだろ?」


 ロイはこちらを向く。


「海の向こうの国からじゃない?」


 ぼくは言う。

 適当に思いついたことを、適当に言った。


「そうかもね」


 リンは笑った。

 初めて見る笑顔だった。


「どういうこと?」

「私たち魔族の間では、海の向こうには死者の国があるって言われてる」

「へえ」

「私はそうじゃないって、分かってるけどね」


 リンは笑った。

 

 村を出たことがあるって言っていたから、きっとそのことだろう。

 その経験が、他の魔族と彼女との雰囲気の違いを生んだのだろうか。


「あれ、見たでしょ?」


 後ろを指差した。

 氷の木だ。


「うん」


 ロイは言った。


「お墓なの。棺の中に体を入れて、浜辺の中に埋める。

 その上に氷の木を魔術で作る」

「誰が?」

「亡くなった人の家族」

「だから一つ一つ違うんだ」

「そうね、みんな思い思いのものを作るから、それに、そうした方が分かりやすいしね」

「溶けないの?」

「放っておいたらもちろん溶ける。だから頻繁にここに来て、ちょっとずつ魔力を加えるの」


 彼女は確か『年齢はわからないけど、人族でいう百年くらいは生きている』と言っていた。

 それでもまだ子ども。


「だからここで待ってるの」


 リンは言った。

 チャナンのツバのせいで、顔は見えなかった。


「父が、いつ帰ってきても良いように」


 その声は、波の音にかき消されるように細く響いた。

 注意深く聞かないと、耳をすり抜けてしまいそうだった。


「でも天国なんてないって⋯⋯」

「ないわ。でも、待つの」


 リンは、海の向こうを見つめている。


「どうして亡くなったの?」


 遠慮なくロイが聞いた。


 「()()()


 一言。


 流石のロイもそれ以上は聞けなかった。

 当然、ぼくも。


 張り詰めた沈黙が続いた。

 海鳥が鳴いていた。


「人族がやってきたのと同じくらいの時期。

 あれからおかしくなった」


 かすかな怒気を帯び⋯⋯。


「あなたたちも行きたいんでしょ?」


 こちらを見る。


「でも、もう鍵を閉めちゃったから入れない。誰も入らせない」


 赤く染まった目で射抜かれた。

 何も言えなかった。

 その言葉だけが頭に鳴った。

 

 波の音すら、耳に入ってはこなかった。

 


‐‐‐



 月明かりの下、海を眺め続けていた。

 時間を感じるように、時間を忘れるように、変わらない景色に溶けていく。

 二人が隣にいることが、現実を確かめる唯一の目印のように思えた。


「死んだらあっちに行くのかな」


 ロイが言った。


「さあ」


 ぼくは言った。


「天国って、海の中にあるのかな? 上?」

「中ではないんじゃない? 息出来ないし」

「じゃあ上?」

「まあ、天だし」


 こんな話でも、何だか楽しかった。

 見たことのないもの、想像上でしかないもの、それでもあると思っていればワクワクしていられた。


「あれ」


 ロイはそう言うと、立ち上がった。

 海の向こうを見つめている。


 ぼくとリンも不思議に思い、追従する。


 黒い点。

 こちらに近づいている。

 浮いたり沈んだりして、じわじわと。


 しばらく見つめていると、それが何であるか分かった。

 頭だ。


「ウゥ゛」


 くぐもった声。


「⋯⋯なんでこんなところに」


 リンが言った。


「村を守る魔法陣は?」

「海までは囲んでないわ」


 水しぶきが上がり、死体の上半身が露わになった。

 ボロボロの服、乱れた髪、黒い顔。

 こちらにゆっくりと迫ってくる。


 ロイが剣を抜いた。


 しかし、アンデッドは立ち止まった。

 手をだらりと下げ、こちらを見つめている。


 波打ち際にいるそいつにロイは近づき、剣を振るった。

 首が飛ぶ。


 リンは近づき、魔術で火を点けた。

 闇に灯る。

 アンデッドは灰となっていった。


「まさか海から来るなんて」


 リンは驚いている。


「今まではなかったの?」

「そうね、一度も」


 彼女はそう答えると、一度集落の方へ行った。 


 しばらく経ち、茶色い大きなものを脇に抱えて戻ってきた。

 息を切らしている。


 近くで見ると分かったが、小さな船だった。

 シンプルな作りのもので数人が入れるほど。

 魚を獲るときに使うらしい。


「乗っていい?」


 ロイは言う。


「ええ、ちょうど三人くらいね」

「どうするの?」

「ちょっと見回り、あと魚でも捕まえようかしら」


 リンは海に船を乗っけた。

 ふわりと浮かび、ぼくらが乗船するのを待っている。


 リンが乗ると、ロイとぼくも合わせて飛び乗った。

 勢いをつけたせいで船がぐわんと揺れた。

 バランスを崩しそうになる。


 船の中にあった櫂を握るとリンは船を漕ぎ出した。

 月明かりが波紋を映し出し、進行方向を示している。

 海を切って進んでいく。


「腹減ってきたよ」


 ロイが言う。


 さっきも言ってたな。

 まあでも、起きてから何も食べていないので今回は同意だ。


「人族は大変ね」

「魔族は魚食っとけばいいの?」

「まあね。一日に一尾食べれば生きていける」

「なんで?」

「魔素があるから」


 ロイはぽかんとしている。

 ぼくもぽかんとした。


 魔素がデザートなの?

 よくわからない。

 

 そんなぼくらを見てリンは微笑むと、櫂を船に置いた。

 船体から身を乗り出し、手を海面にかざす。


(フランマ)


 ささやかな声が海に落ちた。

 手のひらに炎が浮かぶ。

 不規則に燃えつつも、どこか一定の形を保っているようで美しかった。


「なにそれ?」


 ロイが聞く。


「こうやって魚を集めるの」


 ぼくらも身を乗り出し、しげしげとその様子を眺めた。

 船がちょっとだけ傾く。

 手に力を入れる。


「ずっと、待つの」


 しばらくすると、蠢く影のようなものが見えた。

 三つくらい。

 ゆらゆら、ゆらゆら、水面に揺れている。


 リンはもう片方の手を海中に浸した。


(グラシエス)


 その手から、いくつかの透明な槍が伸びた。

 目では捉えられないほどの速さだった。


 リンは体を起こすと、捕らえた獲物をこちらに見せた。

 氷の槍に刺さった三匹の魚はピチピチと暴れ回っている。

 

「すご!!」


 ロイは声を上げる。


 ぼくも見惚れていた。

 あっという間だ。

 魚が寄ってきたと思ったらあっという間に仕留めてしまった。

 

 さらに土魔術で串のようなものを器用に作り、魚をプスプスと刺していった。

 再び炎魔術を使い焼いていく。

 魚たちは、もう暴れ回ることはなく、なされるがままだった。

 

「ウッチャーラ・タバンナ」


 こんがり焼き上がった良い匂いがし始めると、リンはぼくらの前に焼き魚を突き出した。


 ぼくは受け取ろうとし⋯⋯。


「タバンナ?」


 違和感を覚えた。

 『タバンネン』だった気がするけど。


「男性は『タバンネン』、女性は『タバンナ』ね」

「へえ、そうなんだ。ウッチャーラ・タバンネン」


 ぼくはそう言い、魚を受け取った。

 ロイも同じく受け取る。


「うま!!」


 ロイは言った。


「大げさよ」


 リンは笑った。


 カリカリの焦げ目が口当たり気持ちよく、ホクホクの身から甘さが広がった。

 ちょっと味気ない気もしたけど、海の上での食事が、そんなことをすんなりとかき消してしまった。

 潮風が風味を加える。


 食べ終わると、三人で船の上に寝転んだ。

 へりに足をかけて夜空を見上げる。

 リンはチャナンを脱ぎ、床に置いた。 


「少し欠けてるわ」


 月を見ながら言った。

 

 満月一歩手前のようで、あと少し夜を越えれば、真ん丸と輝くだろう。 

 

「月は怖くないの?」


 ロイが言う。


「そうね、魚たちの動きを教えてくれるから、月や星は私たちの味方」

「神様は空に住んでるって、俺は教わったけどなあ。昼と夜で違うのかな」

「色んな神様がいるんじゃない?」


 三人で順番に呟くと、言葉が空まで舞っていきそうな気がした。

 このまま飛んでいきたいと思った。


 眠りを誘う船の揺れ。

 波の声。

 風。


 月は欠けている。

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