第31話 「魔族の村」
ウッチャ⋯⋯?
「ウッチャーラ・タバンネン!!」
もう一度言った。
ぼくは、どう返したら良いのか分からず棒立ちになっていた。
言葉が出ない。
でも、歓迎されていることは分かる。
「ウッチャーラ・タバンネン!!」
ロイが言った。
すると、彼らは笑顔で拍手し始めた。
何だか嬉しそうだ。
ロイも笑っている。
どういうこと。
「はあ⋯⋯」
リンがため息をついている。
明らかにこの子だけは嫌そうだ。
他の魔族たちとは違う。
彼らは門へ入るように促してきた。
二列で道をつくっている。
間を通った。
何だか王様にでもなった気持ちだ。
排他的だと聞いていたけど、あれは嘘だったのか?
で、空の書も嘘?
分からない。
ロイは手を振っている。
彼らは笑顔で振り返す。
馴染むのが早い。
門を抜け、村に入る。
ものすごい話しかけられた。
でも何を言っているのかわからなかった。
あれが魔族の言葉なのか。
そうすると、リンは?
ディーンさんがぼくらの先頭を行く。
案内をしてくれるようだ。
リンは後ろからついていく。
ぼくはあちこち見渡しながら村を歩いた。
村全体はそこまで大きくはなかったが、その未知の景色は目を見張るものがあった。
土魔術でつくられたであろう草を被った小さな家、夜を照らすいくつもの灯火。
所々に魚の干物がぶら下げられている。
それを焼いて食べている人がいて、香ばしい匂いが鼻を膨らませた。
潮風の匂いも混ざる。
「あれ!!」
ロイが声を上げた。
斜め上を見ている。
「ん?」
巨大な塔があった。
月明かりに縁取られ、海を背後にそびえ立つ。
旅の目印にしてきたものだ。
近くで見ると途方もない。
「なに!?」
ロイが聞く。
「死者の塔」
リンが言う。
「何に使ってるの?」
「何にも使ってないわ。人族が宝探しに使ってただけ。
もう誰もいないけれど。彼以外は」
リンはディーンさんの方を見た。
あ、やはり人族なんだ。
それにしても、空の書を探してあの塔まで登ったが、結局見つからなかったということか。
しかし、あの塔は先が見えないほど高い。
頂上まで登れたのだろうか?
少し歩くと大きな炎が見えてきた。
焚き火だろうか。
周りには大勢の人(魔族)が囲んでいる。
ぼくらは座らされた。
焚き火の炎が暖かい。
そして何より、こちらを見て騒ぎ出す歓迎の炎も暖かい。
熱い。
「ウッチャーラ・タバンネン!!」
数人が串をこちらに向けてくる。
すべて受け取ると、鉤爪みたいになった。
頬張る。
「あちっ」
たまらず串を口から離した。
まだ早すぎた。
息を吹きかけ冷まし、しばらく待ってもう一度頬張った。
柔らかい。
塩っ気が効いていて、空いたお腹に美味しく直撃した。
「何でこんなに歓迎してくれるの?」
魚を食べながら、ぼくは聞いた。
「そういう性格なの、私たちは」
隣に座っているリンが言った。
「でも『出ていけ』って」
「人族が来たことで村全体の秩序が乱れ始めてる。
みんな、相手が誰であろうと歓迎しちゃうから、私が止めないと」
リンは言った。
少し低くなった声が、強い使命感を感じさせた。
「あなた達には助けてもらったし、もう人族もほとんどいなくなったから、特別に歓迎してあげるわ」
ここに来た人たちのなかには当然悪いやつもいただろう。
彼女はそれを止めたかったんだ。
「そういえば、何で人族の言葉を?」
「昔、家族で村を出たことがあるから」
「へえ」
「魔素の薄い場所で魔族は永く生きられないから、人族でいう一年ほどしかいなかったけどね」
串を食べ終えると、また串が来た。
もう十本くらいは食べている気がする。
「ロイ、食べすぎじゃ?」
「あと十本はいけるよ」
楽しそうにバクバクと食っている。
まったく言葉も分からないのに、魔族とバシバシ会話している。
こういうところは素直に羨ましいなあと思った。
笑顔が焚き火を囲んでいる。
夜風が気持ちいい。
ぼくはお腹をさすりながら、最初の夜を過ごした。
‐‐‐
あの後、リンの家に泊まらせてもらった。
彼女は村長の娘らしい。
朝起きると体が重かった。
人族が暮らす場所ではここまで魔素が濃い場所はそうそうない。
そのせいだろう。
しばらくすると慣れるか。
「起きた?」
ロイの声。
毎度毎度起きるのが早いな。
「うん」
伸びをする。
窓から朝日が舞い込む。
目を細めた。
かなり寝た気がする。
昨日は夜遅かったから、もう昼頃かもしれない。
魔物の皮で出来た掛け物をどかし、立ち上がる。
周りを見渡すが部屋には何もない。
ここは客人用らしく、多くの人が頻繁に利用するらしい。
部屋を出た。
すぐ隣りにある大きな居間のような場所に行く。
入口に扉はなく、そのまま出入りが出来る。
「あら、おはよう」
と、ぼくらに声をかけてきたのは、リンのお母さんであるスアンさんだ。
真っ白い髪に真っ白い肌。
人族でいう三十代くらいの年齢で、とても綺麗な人だった。
言葉も流暢だ。
「おはようございます」
挨拶を返す。
「リンはどこですか?」
ぼくは言った。
「さあ、海にでも行ったんじゃないかしら。いつものことよ」
スアンさんは言った。
優しく微笑んでいる。
床に座った。
明るくなってきた部屋が心地良い。
スアンさんは帽子を編んでいる。
リンが被っていたものだ。
「チャナンっていうの。外に出るとき、私たちはこれを被る」
「どうしてですか?」
「太陽は恐ろしいものだから」
魔除けみたいなものなんだろうか。
魔神教にも似た教えがあったような。
ロイはスアンさんの手元を見つめている。
ぼくも見る。
規則的なリズムに乗って編まれていく。
立ち止まった手が、一瞬の間を作る。
彫刻を彫るように帽子が現れる。
「やりずらいわ」
スアンさんは笑った。
「あ、すいません」
「これ、後ろに仕舞っておいてくれる?」
「はい」
完成したものを受け取った。
振り返ると、床に取っ手がついており、小さな扉があった。
開けてみる。
中にはたくさんのチャナンがあった。
全く同じ形をしており、一切の綻びも見られなかった。
「ここで良いんですか?」
「ええ、大切なものは床の下に置いておく、それが魔族の決まり」
そう言われると、何だか重くなった気がして、そっと帽子を仕舞った。
扉を閉める。
「外でも見てみたら? 夜まであまり人はいないけど」
そうだ。
昨日はもう夜で、外を出歩くことができなかったしな。
まだまだこの村のことを知らない。
「行ってみます」
外へ出ると、さっきの言葉通り閑散としていた。
だれもいない訳ではないが、基本は家の中にいるようだ。
昨日の夜の騒がしさはどこへやら。
「海に行こう」
ロイが言った。
「うん、リンもいるらしいし」
ぼくは答える。
村の背後にある海は、寝返りを打つようにゆっくりと体を動かし、夜には子守唄を響かせる。
夢の中にふんわりと沈んでいくような寝心地の良さだった。
「お腹へったね」
家々にぶら下がっている干物を見ながらロイは言った。
「いや」
昨日の夜食べたばかりだしなあ⋯⋯。
よほどあれが気に入ったようだ。
浜辺は二手に分かれており、真ん中には崖ができていた。
その上に、あの塔がドシンと立っている。
てっぺんまで見上げる。
雲を突くほどに高い。
真っ黒い塔。
「見えないね」
「どこまで高いんだろう」
潮風に吹かれながら、ぼうっと空を仰いだ。
誰にも見つからなかったもの。
でも、きっとここにある気がした。
頼りない直感。
「あれ、なんだろう」
ロイが右手の浜辺を指さした。
何かがずらっと並んでいる。
透明に近い色をした、植物のようなもの。
ザッザッ、と砂浜を踏み鳴らしながら近くまで行った。
波打つ音が大きく聞こえ、巨大な海の存在感を体で感じた。
全てを無に返す力も、全てを包み込む愛も、そこに含まれている気がした。
「木?」
ぼくは言った。
しゃがみ込む。
それは、ぼくらの膝くらいまでしかなく、木のような形をしていた。
透き通っている。
触ってみると、とても冷たく、氷で出来ていることが分かった。
遠く浜辺の端までずらりと二列で並んでいる。
波の音。
そのとき、何か気配を感じた。
頭痛がする。
振り返った。
男が立っていた。
貝殻の首飾りをつけた若そうな白髪の男。
帽子は被っておらず、魔族の中でも一段と透き通った肌をしていた。
こちらを呆然と見つめている。
「あの、これって何なんですか?」
ぼくは不思議に思ったけど、気軽に話しかけた。
村の人と仲良くなりたいと思った。
しかし、相手は答えない。
そうだ。
言葉が分からないんだ。
どうしよう。
こういうときは⋯⋯。
ぼくはロイの方を向く。
高波が打った。
海が弾ける。
消え入るような声がした。
『砂時計』




