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異世界少年少女は空をゆく −撃墜の城と空飛ぶ魔術−  作者: 谷 風汰
第5章 魔族の村編

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第31話 「魔族の村」

 ウッチャ⋯⋯?


「ウッチャーラ・タバンネン!!」


 もう一度言った。


 ぼくは、どう返したら良いのか分からず棒立ちになっていた。

 言葉が出ない。

 でも、歓迎されていることは分かる。


「ウッチャーラ・タバンネン!!」


 ロイが言った。


 すると、彼らは笑顔で拍手し始めた。

 何だか嬉しそうだ。


 ロイも笑っている。

 

 どういうこと。


「はあ⋯⋯」


 リンがため息をついている。

 明らかにこの子だけは嫌そうだ。

 他の魔族たちとは違う。


 彼らは門へ入るように促してきた。

 二列で道をつくっている。

 

 間を通った。


 何だか王様にでもなった気持ちだ。

 排他的だと聞いていたけど、あれは嘘だったのか?

 で、空の書も嘘?

 分からない。

 

 ロイは手を振っている。

 彼らは笑顔で振り返す。

 馴染むのが早い。

 

 門を抜け、村に入る。


 ものすごい話しかけられた。

 でも何を言っているのかわからなかった。

 あれが魔族の言葉なのか。

 そうすると、リンは?


 ディーンさんがぼくらの先頭を行く。

 案内をしてくれるようだ。

 リンは後ろからついていく。


 ぼくはあちこち見渡しながら村を歩いた。


 村全体はそこまで大きくはなかったが、その未知の景色は目を見張るものがあった。

 土魔術でつくられたであろう草を被った小さな家、夜を照らすいくつもの灯火。

 所々に魚の干物がぶら下げられている。

 それを焼いて食べている人がいて、香ばしい匂いが鼻を膨らませた。

 潮風の匂いも混ざる。


「あれ!!」


 ロイが声を上げた。

 斜め上を見ている。


「ん?」


 巨大な塔があった。

 月明かりに縁取られ、海を背後にそびえ立つ。

 旅の目印にしてきたものだ。

 近くで見ると途方もない。


「なに!?」

 

 ロイが聞く。


「死者の塔」


 リンが言う。


「何に使ってるの?」

「何にも使ってないわ。人族が宝探しに使ってただけ。

 もう誰もいないけれど。彼以外は」


 リンはディーンさんの方を見た。

 あ、やはり人族なんだ。


 それにしても、空の書を探してあの塔まで登ったが、結局見つからなかったということか。

 しかし、あの塔は先が見えないほど高い。

 頂上まで登れたのだろうか?


 少し歩くと大きな炎が見えてきた。

 焚き火だろうか。

 周りには大勢の人(魔族)が囲んでいる。


 ぼくらは座らされた。

 焚き火の炎が暖かい。

 そして何より、こちらを見て騒ぎ出す歓迎の炎も暖かい。

 熱い。


「ウッチャーラ・タバンネン!!」


 数人が串をこちらに向けてくる。

 すべて受け取ると、鉤爪みたいになった。


 頬張る。


「あちっ」


 たまらず串を口から離した。

 まだ早すぎた。

 

 息を吹きかけ冷まし、しばらく待ってもう一度頬張った。

 柔らかい。

 塩っ気が効いていて、空いたお腹に美味しく直撃した。


「何でこんなに歓迎してくれるの?」


 魚を食べながら、ぼくは聞いた。


「そういう性格なの、私たちは」


 隣に座っているリンが言った。


「でも『出ていけ』って」

「人族が来たことで村全体の秩序が乱れ始めてる。

 みんな、相手が誰であろうと歓迎しちゃうから、私が止めないと」


 リンは言った。

 少し低くなった声が、強い使命感を感じさせた。


「あなた達には助けてもらったし、もう人族もほとんどいなくなったから、特別に歓迎してあげるわ」


 ここに来た人たちのなかには当然悪いやつもいただろう。

 彼女はそれを止めたかったんだ。


「そういえば、何で人族の言葉を?」

「昔、家族で村を出たことがあるから」

「へえ」

「魔素の薄い場所で魔族は永く生きられないから、人族でいう一年ほどしかいなかったけどね」


 串を食べ終えると、また串が来た。

 もう十本くらいは食べている気がする。


「ロイ、食べすぎじゃ?」

「あと十本はいけるよ」


 楽しそうにバクバクと食っている。

 まったく言葉も分からないのに、魔族とバシバシ会話している。

 こういうところは素直に羨ましいなあと思った。

 

 笑顔が焚き火を囲んでいる。

 夜風が気持ちいい。

 ぼくはお腹をさすりながら、最初の夜を過ごした。



‐‐‐



 あの後、リンの家に泊まらせてもらった。

 彼女は村長の娘らしい。

 

 朝起きると体が重かった。

 人族が暮らす場所ではここまで魔素が濃い場所はそうそうない。

 そのせいだろう。

 しばらくすると慣れるか。


「起きた?」


 ロイの声。

 毎度毎度起きるのが早いな。


「うん」


 伸びをする。

 窓から朝日が舞い込む。

 目を細めた。


 かなり寝た気がする。

 昨日は夜遅かったから、もう昼頃かもしれない。


 魔物の皮で出来た掛け物をどかし、立ち上がる。

 周りを見渡すが部屋には何もない。

 ここは客人用らしく、多くの人が頻繁に利用するらしい。


 部屋を出た。

 すぐ隣りにある大きな居間のような場所に行く。

 

 入口に扉はなく、そのまま出入りが出来る。


「あら、おはよう」


 と、ぼくらに声をかけてきたのは、リンのお母さんであるスアンさんだ。

 真っ白い髪に真っ白い肌。

 人族でいう三十代くらいの年齢で、とても綺麗な人だった。

 言葉も流暢だ。


「おはようございます」


 挨拶を返す。


「リンはどこですか?」


 ぼくは言った。


「さあ、海にでも行ったんじゃないかしら。いつものことよ」


 スアンさんは言った。

 優しく微笑んでいる。


 床に座った。

 明るくなってきた部屋が心地良い。


 スアンさんは帽子を編んでいる。

 リンが被っていたものだ。


「チャナンっていうの。外に出るとき、私たちはこれを被る」

「どうしてですか?」

「太陽は恐ろしいものだから」


 魔除けみたいなものなんだろうか。

 魔神教にも似た教えがあったような。


 ロイはスアンさんの手元を見つめている。

 ぼくも見る。

 

 規則的なリズムに乗って編まれていく。

 立ち止まった手が、一瞬の間を作る。

 彫刻を彫るように帽子が現れる。


「やりずらいわ」


 スアンさんは笑った。


「あ、すいません」

「これ、後ろに仕舞っておいてくれる?」

「はい」


 完成したものを受け取った。

 振り返ると、床に取っ手がついており、小さな扉があった。


 開けてみる。

 中にはたくさんのチャナンがあった。

 全く同じ形をしており、一切の綻びも見られなかった。

 

「ここで良いんですか?」

「ええ、大切なものは床の下に置いておく、それが魔族の決まり」


 そう言われると、何だか重くなった気がして、そっと帽子を仕舞った。

 扉を閉める。


「外でも見てみたら? 夜まであまり人はいないけど」


 そうだ。

 昨日はもう夜で、外を出歩くことができなかったしな。

 まだまだこの村のことを知らない。

 

「行ってみます」


 

 外へ出ると、さっきの言葉通り閑散としていた。

 だれもいない訳ではないが、基本は家の中にいるようだ。

 昨日の夜の騒がしさはどこへやら。

 

「海に行こう」


 ロイが言った。


「うん、リンもいるらしいし」


 ぼくは答える。


 村の背後にある海は、寝返りを打つようにゆっくりと体を動かし、夜には子守唄を響かせる。

 夢の中にふんわりと沈んでいくような寝心地の良さだった。

 

「お腹へったね」


 家々にぶら下がっている干物を見ながらロイは言った。


「いや」


 昨日の夜食べたばかりだしなあ⋯⋯。 

 よほどあれが気に入ったようだ。


 浜辺は二手に分かれており、真ん中には崖ができていた。

 その上に、あの塔がドシンと立っている。


 てっぺんまで見上げる。

 雲を突くほどに高い。

 真っ黒い塔。

  

「見えないね」

「どこまで高いんだろう」


 潮風に吹かれながら、ぼうっと空を仰いだ。

 誰にも見つからなかったもの。

 でも、きっとここにある気がした。

 頼りない直感。


「あれ、なんだろう」


 ロイが右手の浜辺を指さした。

 

 何かがずらっと並んでいる。

 透明に近い色をした、植物のようなもの。


 ザッザッ、と砂浜を踏み鳴らしながら近くまで行った。

 波打つ音が大きく聞こえ、巨大な海の存在感を体で感じた。

 全てを無に返す力も、全てを包み込む愛も、そこに含まれている気がした。


「木?」


 ぼくは言った。


 しゃがみ込む。


 それは、ぼくらの膝くらいまでしかなく、木のような形をしていた。 

 透き通っている。

 触ってみると、とても冷たく、氷で出来ていることが分かった。

 遠く浜辺の端までずらりと二列で並んでいる。


 波の音。


 そのとき、何か気配を感じた。

 頭痛がする。


 振り返った。


 男が立っていた。

 貝殻の首飾りをつけた若そうな白髪の男。

 帽子は被っておらず、魔族の中でも一段と透き通った肌をしていた。

 こちらを呆然と見つめている。

 

「あの、これって何なんですか?」


 ぼくは不思議に思ったけど、気軽に話しかけた。

 村の人と仲良くなりたいと思った。

 

 しかし、相手は答えない。


 そうだ。

 言葉が分からないんだ。

 どうしよう。


 こういうときは⋯⋯。


 ぼくはロイの方を向く。

 

 高波が打った。

 海が弾ける。 


 消え入るような声がした。 



『砂時計』

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