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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第4章 愛の魔女編

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第28話 「実践編」

 翌日、朝食の時間。

 テーブルの上にはバグ茶と果物。

 雰囲気は最悪。


「⋯⋯アマラ」


 シフォンさんは言った。


「⋯⋯」


 アマラさんは答えない。


 昨日からずっとこんな感じだ。

 怒るアマラさんと、オロオロしているシフォンさん。

 今までの仲の良さは何だったのかというほどだ。


 シフォンさんが悪いんだけど。


 ぼくはバグ茶をすする。

 まずい。


「⋯⋯その⋯⋯昨日は⋯⋯言い過ぎた」

「⋯⋯」


 アマラさんはじとっ、とした目でシフォンさんを見る。

 かなりの攻撃力。

 ぼくならすぐさま逃げ出してしまうと思う。


「⋯⋯すまなかった」


 謝る。


「ふーん」


 まだ怒っている。


「⋯⋯あー」


 シフォンさんはぽりぽりと頬をかく。


「お客さんが来なくなったらどうしようかしら」


 意外に粘着質だな、この人も。


「そのときは私が⋯⋯」

「無理でしょ、あの感じなら」

「いや⋯⋯」

「代わりに何してくれるの?」

「そうだな⋯⋯」


 じとっ、とした目で見つめる。


「分かったわ、じゃあこうしましょう。

 ハルとロイの修行を手伝って」

「え?」

「魔術の修行」

「⋯⋯分かった」


 シフォンさんは下を向いて答えた。


「良い子ね」


 アマラさんが頭を撫でようとする。

 片手で払われる。


 力関係、理解。



‐‐‐



 数時間後、ぼくらは館から少し離れたところに来ていた。

 魔族の村と中間くらいにある場所。

 目の前には鬱蒼とした森がある。

 魔物多発区域のようで、普通はこんなところ来ちゃいけないのだが、修行するには良い場所のようだ。


「さっそく魔物の匂いがするな」


 シフォンさんが言った。


「ええ、ウジャウジャいるわ」


 二人ほどの魔力感知能力はまだないが、それでも強く感じる。

 魔力が沸き立つような感覚。


「ハル、どう?」

「感じるな」


 ぼくたちは森から距離をとった。

 開けた場所に出る。


「じゃあ、上位魔術を唱えてみましょうか」

「はい」


 ぼくは答える。


 森の方へと杖をかざした。

 先生から貰った杖。

 体に集中、流れに意識を向ける。

 次第に速まり、腕を通り、杖の先へ。


 魔力が発火する。

 

大突風(エルヴェ・ファール)


 強風が突き抜けた。

 森の木々がぐにゃりと反る。

 葉が踊るように揺れ、千切れたものが空に舞った。


「ほう、良いじゃないか」


 シフォンさんは言った。


「ありがとうございます」

「威力はまあ、上位魔術としては普通だが、操作精度は悪くない」

「そうなの、ハルは操作が上手いのよ」


 アマラさんは言った。

 

 確かに、瞑想の上達速度も褒められたし、細かなことは得意なのかもしれない。

 体の内に流れる感覚は、生活している上でもついつい意識してしまう。


「じゃあシフォンちゃん、お手本見せて」

「ああ」


 シフォンさんは大きな杖を森にかざした。

 魔石が光る。


大突風(エルヴェ・ファール)


 空気が唸った。

 鈍い音を発しながら、根こそぎ木々がもぎ取られる。

 まるで巨大な蛇が通った後かのように、森の一部が消えた。

 雨のように葉が降り注ぐ。

  

 ぼくとロイの前には薄く赤い膜が出来ていた。

 結界だ。

 それは次第に消えていった。


「さっすがシフォンちゃん」

「ふん」


 とてつもない魔術だった。

 同じものなのに、まるっきり威力が違う。

 あれを生き物に向けてしまったらどうなるのだろう。

 考えるだけでも恐ろしい。


「すご!!」


 ロイが飛び跳ねている。

 大興奮だ。


「ふん」


 満更でもない様子。


「すごいですね!」


 ぼくも興奮して言った。


「ふん」


 これしか言わない。


「ここまでやるのは相当だから、真似しようとしちゃだめよ」

「そうなんですか?」

「ええ、魔女だからね」


 アマラさんは微笑んだ。

 シフォンさんがこうなら、この人はどこまで凄いんだろう。


「アマラさんの魔術もみたいです!」


 ロイが言った。


「あとでね」

「えー」

「次はロイの番」


 ロイは剣を抜いた。

 まじまじと見つめる。


 かすかに、魔力が高まるのを感じた。


変成(トランスフォルメ)


 剣の形が変わった。

 ぐねぐねとうねり、細く、鋭くなる。


 槍だ。


 アマラさんは分厚い土壁を魔術で出現させた。


 ロイはその前に立つ。

 槍を構える。

 瞬間、壁に穴が空いていた。

 向こう側まで景色が見える。


「身体強化は上出来ね」

「ほんと!?」

「ええ、でも変成はまだまだね。

 まだ剣を見てるし、時間もかかってる。戦いじゃ致命的だわ。

 無意識で出来るようにならないと」


 変成魔術。

 上位魔術の一つで、魔石の形を変える術だ。

 ロイの剣には魔石が含まれているため、修行ではこれを個別で教わっていた。


 ぼくも負けないように頑張らないと。


「ん?」


 森がざわめくのが聞こえた。

 草が揺れる音。


「あら、出てきたわね」


 森から三本の牙を持った猪の魔物が出てきた。

 大きさは大人を軽く超えるほど。

 

「ロイ、こいつは⋯⋯」

「うん、前に会ったことあるやつだ」


 のっそのっそとこちらに迫ってきている。

 しかしその目は赤く血走り、鼻息は荒い。

 殺意が近づく。


「アルボアだわ。いけるわね?」

「はい」


 ぼくらは答えた。


 アルボアに近づく。

 不思議と恐れはなく、今のぼくらならいけると、そう確信した。


 ロイの槍は剣に戻っていた。

 前方に突き出すように両手に持つ。

 刃が煌めく。


 アルボアが走り出した。

 空気を揺らす雄叫びを上げ、突き刺すように牙を向けている。


 ぼくは右に散る。

 ロイは左。


土弾(テール)


 杖の先に魔力を込め、拳大の土の球を発射した。

 風を切り裂き飛んでいき、吸い込まれるように頭に直撃した。


 少しよろめいた後、アルボアはこちらを向いた。

 視線が交差する。

 背筋が凍るような敵対心を感じ、少しだけ足が硬直した。 


 こちらに突進してくる。


 必死に足を動かした。

 根っこを無理やり引き抜くように。

 ブチブチと引き剥がすように。


 もう一度発射。

 再び頭に直撃し、多少のダメージを与える。

 しかし勢いを殺すことは出来ない。


 アルボアが目前に迫った。

 地面を駆ける音が、死を告げるようにこだました。


 力を振り絞って杖を構えた。

 これが戦い。

 殺し合い。

 殺気に貫かれて初めて、体の叫びを聞いた気がした。


 魔術の生成が鈍った。

 まずい。

 

 そのとき、アルボアは呻いた。

 ものすごい速さでロイが肉薄し、後ろ足を斬ったのだ。

 血しぶきが舞い上がる。

 動きが鈍った。


 気を取り直し、体に集中する。

 足先から指先まで、激しく、洗練された魔力を想像する。

 まだ時間がかかる。

 でも今しかない。


氷槍(ラングラス)


 前足を狙った。

 見事に突き刺さり、侵食するように氷は広がった。

 足全体、地面にまで達し、アルボアは跳ねるように体を動かしている。

 罠から抜け出そうと足掻いている。


「いま⋯⋯」


 と、叫ぼうとしたそのとき、アルボアは氷を破壊した。

 血走った目でこちらに迫る。


 同時に血が舞った。

 ロイが斬ったのだろう、だが止まらない。


 目前。

 二本の巨大な牙が、異形の槍のように視界に映る。

 死んだ、と思った。


 だが。


 アルボアの背後、跳躍するロイ。

 手には巨大なハンマー。

 お尻から背中まで飛び越え、頭の真上で振りかぶる。


 鼻っ面に叩き込む。

 

 アルボアは叫んだ。

 悲痛な断末魔。

 それからゆらゆらと揺れ、地面に倒れ込んだ。


 衝撃で草が揺れる。


 しばらく体を震わせていたが、気づけば全く動かなくなった。


「倒した⋯⋯」


 ぼくは、その場に座り込んだ。

 目の前には転がった魔物。

 迫力が未だに体をほとばしる。


 身震いするほどの思いだった。

 自分たちで獲物を仕留めると、こんなにも胸が高鳴るんだ。

 一生忘れられないほどの高揚感だった。

 

 ロイが隣に来た。

 笑っている。


「ナイス、ハル」

「いや、ロイのおかげだ」


 手を合わせた。


「まあまあね」

「上出来だろう」


 二人はこちらに来て、言った。


「ありがとうございます!」


 立ち上がり、ぼく言った。


「シフォンちゃん、興奮してたわよ」

「ああ、他人の戦いを見るのは面白いな」

「手、出したらだめよ?」

「分かってる」


 二人も嬉しそうだった。

 もうアマラさんは怒っていない。

 いや、そもそも怒ってすらなかったのかもしれないけど。


「どうだった? 二人は」

「俺、もうちょっと早く倒したかったです」

「ぼくも」


 そう言うと、アマラさんは微笑んだ。


 正直、ギリギリもギリギリだった。

 ロイがいなければどうなっていたか分からない。

 今に満足していたらだめだ。

 もっと強くなれるように頑張らないと。


「じゃあ、今日はこの辺にしましょう」

 

 アマラさんが言う。


「えー、もっとやりたいです」

 

 ロイが言う。


「だめよ、暗くなってきたら危ないんだから」

「⋯⋯分かりました」


 ぼくらは館の方向へ歩き出した。


 そして気づく。

 遠く向こうにいる魔物の群れに。

 いや、あれは人?


 後ろを振り返る。

 同じ、無数の群れ。

 ぼくらを取り囲み、次第にこちらへ近づいている。


「はあ⋯⋯」


 アマラさんはため息をついた。


「あれは?」

「盗賊ね。シフォンちゃんの魔術で蜂の巣を突っついちゃったのかしら」


 剣を構えた男が数十人、弓をこちらに向けている者もいる。

 完全に取り囲まれてしまった。


「ロイ」


 ぼくは杖を構えた。


「うん」


 ロイは剣を抜く。

 微笑。


 敵は数十人。

 魔物とは違う、戦いに慣れた人間だ。

 緊張する。

 冷や汗が出る。

 でも大丈夫。

 ぼくらならいける。


 体に意識を⋯⋯。


「下がってなさい」


 そのとき、アマラさんが言った。


「私がお手本、見せてあげるから♡」


 手ぶらで。

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