第28話 「実践編」
翌日、朝食の時間。
テーブルの上にはバグ茶と果物。
雰囲気は最悪。
「⋯⋯アマラ」
シフォンさんは言った。
「⋯⋯」
アマラさんは答えない。
昨日からずっとこんな感じだ。
怒るアマラさんと、オロオロしているシフォンさん。
今までの仲の良さは何だったのかというほどだ。
シフォンさんが悪いんだけど。
ぼくはバグ茶をすする。
まずい。
「⋯⋯その⋯⋯昨日は⋯⋯言い過ぎた」
「⋯⋯」
アマラさんはじとっ、とした目でシフォンさんを見る。
かなりの攻撃力。
ぼくならすぐさま逃げ出してしまうと思う。
「⋯⋯すまなかった」
謝る。
「ふーん」
まだ怒っている。
「⋯⋯あー」
シフォンさんはぽりぽりと頬をかく。
「お客さんが来なくなったらどうしようかしら」
意外に粘着質だな、この人も。
「そのときは私が⋯⋯」
「無理でしょ、あの感じなら」
「いや⋯⋯」
「代わりに何してくれるの?」
「そうだな⋯⋯」
じとっ、とした目で見つめる。
「分かったわ、じゃあこうしましょう。
ハルとロイの修行を手伝って」
「え?」
「魔術の修行」
「⋯⋯分かった」
シフォンさんは下を向いて答えた。
「良い子ね」
アマラさんが頭を撫でようとする。
片手で払われる。
力関係、理解。
‐‐‐
数時間後、ぼくらは館から少し離れたところに来ていた。
魔族の村と中間くらいにある場所。
目の前には鬱蒼とした森がある。
魔物多発区域のようで、普通はこんなところ来ちゃいけないのだが、修行するには良い場所のようだ。
「さっそく魔物の匂いがするな」
シフォンさんが言った。
「ええ、ウジャウジャいるわ」
二人ほどの魔力感知能力はまだないが、それでも強く感じる。
魔力が沸き立つような感覚。
「ハル、どう?」
「感じるな」
ぼくたちは森から距離をとった。
開けた場所に出る。
「じゃあ、上位魔術を唱えてみましょうか」
「はい」
ぼくは答える。
森の方へと杖をかざした。
先生から貰った杖。
体に集中、流れに意識を向ける。
次第に速まり、腕を通り、杖の先へ。
魔力が発火する。
『大突風』
強風が突き抜けた。
森の木々がぐにゃりと反る。
葉が踊るように揺れ、千切れたものが空に舞った。
「ほう、良いじゃないか」
シフォンさんは言った。
「ありがとうございます」
「威力はまあ、上位魔術としては普通だが、操作精度は悪くない」
「そうなの、ハルは操作が上手いのよ」
アマラさんは言った。
確かに、瞑想の上達速度も褒められたし、細かなことは得意なのかもしれない。
体の内に流れる感覚は、生活している上でもついつい意識してしまう。
「じゃあシフォンちゃん、お手本見せて」
「ああ」
シフォンさんは大きな杖を森にかざした。
魔石が光る。
『大突風』
空気が唸った。
鈍い音を発しながら、根こそぎ木々がもぎ取られる。
まるで巨大な蛇が通った後かのように、森の一部が消えた。
雨のように葉が降り注ぐ。
ぼくとロイの前には薄く赤い膜が出来ていた。
結界だ。
それは次第に消えていった。
「さっすがシフォンちゃん」
「ふん」
とてつもない魔術だった。
同じものなのに、まるっきり威力が違う。
あれを生き物に向けてしまったらどうなるのだろう。
考えるだけでも恐ろしい。
「すご!!」
ロイが飛び跳ねている。
大興奮だ。
「ふん」
満更でもない様子。
「すごいですね!」
ぼくも興奮して言った。
「ふん」
これしか言わない。
「ここまでやるのは相当だから、真似しようとしちゃだめよ」
「そうなんですか?」
「ええ、魔女だからね」
アマラさんは微笑んだ。
シフォンさんがこうなら、この人はどこまで凄いんだろう。
「アマラさんの魔術もみたいです!」
ロイが言った。
「あとでね」
「えー」
「次はロイの番」
ロイは剣を抜いた。
まじまじと見つめる。
かすかに、魔力が高まるのを感じた。
『変成』
剣の形が変わった。
ぐねぐねとうねり、細く、鋭くなる。
槍だ。
アマラさんは分厚い土壁を魔術で出現させた。
ロイはその前に立つ。
槍を構える。
瞬間、壁に穴が空いていた。
向こう側まで景色が見える。
「身体強化は上出来ね」
「ほんと!?」
「ええ、でも変成はまだまだね。
まだ剣を見てるし、時間もかかってる。戦いじゃ致命的だわ。
無意識で出来るようにならないと」
変成魔術。
上位魔術の一つで、魔石の形を変える術だ。
ロイの剣には魔石が含まれているため、修行ではこれを個別で教わっていた。
ぼくも負けないように頑張らないと。
「ん?」
森がざわめくのが聞こえた。
草が揺れる音。
「あら、出てきたわね」
森から三本の牙を持った猪の魔物が出てきた。
大きさは大人を軽く超えるほど。
「ロイ、こいつは⋯⋯」
「うん、前に会ったことあるやつだ」
のっそのっそとこちらに迫ってきている。
しかしその目は赤く血走り、鼻息は荒い。
殺意が近づく。
「アルボアだわ。いけるわね?」
「はい」
ぼくらは答えた。
アルボアに近づく。
不思議と恐れはなく、今のぼくらならいけると、そう確信した。
ロイの槍は剣に戻っていた。
前方に突き出すように両手に持つ。
刃が煌めく。
アルボアが走り出した。
空気を揺らす雄叫びを上げ、突き刺すように牙を向けている。
ぼくは右に散る。
ロイは左。
『土弾』
杖の先に魔力を込め、拳大の土の球を発射した。
風を切り裂き飛んでいき、吸い込まれるように頭に直撃した。
少しよろめいた後、アルボアはこちらを向いた。
視線が交差する。
背筋が凍るような敵対心を感じ、少しだけ足が硬直した。
こちらに突進してくる。
必死に足を動かした。
根っこを無理やり引き抜くように。
ブチブチと引き剥がすように。
もう一度発射。
再び頭に直撃し、多少のダメージを与える。
しかし勢いを殺すことは出来ない。
アルボアが目前に迫った。
地面を駆ける音が、死を告げるようにこだました。
力を振り絞って杖を構えた。
これが戦い。
殺し合い。
殺気に貫かれて初めて、体の叫びを聞いた気がした。
魔術の生成が鈍った。
まずい。
そのとき、アルボアは呻いた。
ものすごい速さでロイが肉薄し、後ろ足を斬ったのだ。
血しぶきが舞い上がる。
動きが鈍った。
気を取り直し、体に集中する。
足先から指先まで、激しく、洗練された魔力を想像する。
まだ時間がかかる。
でも今しかない。
『氷槍』
前足を狙った。
見事に突き刺さり、侵食するように氷は広がった。
足全体、地面にまで達し、アルボアは跳ねるように体を動かしている。
罠から抜け出そうと足掻いている。
「いま⋯⋯」
と、叫ぼうとしたそのとき、アルボアは氷を破壊した。
血走った目でこちらに迫る。
同時に血が舞った。
ロイが斬ったのだろう、だが止まらない。
目前。
二本の巨大な牙が、異形の槍のように視界に映る。
死んだ、と思った。
だが。
アルボアの背後、跳躍するロイ。
手には巨大なハンマー。
お尻から背中まで飛び越え、頭の真上で振りかぶる。
鼻っ面に叩き込む。
アルボアは叫んだ。
悲痛な断末魔。
それからゆらゆらと揺れ、地面に倒れ込んだ。
衝撃で草が揺れる。
しばらく体を震わせていたが、気づけば全く動かなくなった。
「倒した⋯⋯」
ぼくは、その場に座り込んだ。
目の前には転がった魔物。
迫力が未だに体をほとばしる。
身震いするほどの思いだった。
自分たちで獲物を仕留めると、こんなにも胸が高鳴るんだ。
一生忘れられないほどの高揚感だった。
ロイが隣に来た。
笑っている。
「ナイス、ハル」
「いや、ロイのおかげだ」
手を合わせた。
「まあまあね」
「上出来だろう」
二人はこちらに来て、言った。
「ありがとうございます!」
立ち上がり、ぼく言った。
「シフォンちゃん、興奮してたわよ」
「ああ、他人の戦いを見るのは面白いな」
「手、出したらだめよ?」
「分かってる」
二人も嬉しそうだった。
もうアマラさんは怒っていない。
いや、そもそも怒ってすらなかったのかもしれないけど。
「どうだった? 二人は」
「俺、もうちょっと早く倒したかったです」
「ぼくも」
そう言うと、アマラさんは微笑んだ。
正直、ギリギリもギリギリだった。
ロイがいなければどうなっていたか分からない。
今に満足していたらだめだ。
もっと強くなれるように頑張らないと。
「じゃあ、今日はこの辺にしましょう」
アマラさんが言う。
「えー、もっとやりたいです」
ロイが言う。
「だめよ、暗くなってきたら危ないんだから」
「⋯⋯分かりました」
ぼくらは館の方向へ歩き出した。
そして気づく。
遠く向こうにいる魔物の群れに。
いや、あれは人?
後ろを振り返る。
同じ、無数の群れ。
ぼくらを取り囲み、次第にこちらへ近づいている。
「はあ⋯⋯」
アマラさんはため息をついた。
「あれは?」
「盗賊ね。シフォンちゃんの魔術で蜂の巣を突っついちゃったのかしら」
剣を構えた男が数十人、弓をこちらに向けている者もいる。
完全に取り囲まれてしまった。
「ロイ」
ぼくは杖を構えた。
「うん」
ロイは剣を抜く。
微笑。
敵は数十人。
魔物とは違う、戦いに慣れた人間だ。
緊張する。
冷や汗が出る。
でも大丈夫。
ぼくらならいける。
体に意識を⋯⋯。
「下がってなさい」
そのとき、アマラさんが言った。
「私がお手本、見せてあげるから♡」
手ぶらで。




