第26話 「修行」
翌日、朝起きて館の中を歩いていると、小さな生き物が所々にいることに気づいた。
普通の動物もいれば魔物もいる。
襲われることはなかったが、朝見ただけで数十匹もいたからびっくりした。
生き物が好きなんだろうか。
「あら、おはよう」
一階の居間に入ると、中にいたアマラさんが言った。
カップにお茶を注いでいる。
朝なのに見た目は完成されており、相変わらずの美しさだった。
なぜか肩に鳥が止まっているけど。
「おはようございます」
ぼくとロイは言った。
ロイはぼさぼさ髪、ぼくはシバシバまなこ、この空間に不釣り合いすぎて、本当にここにいて良いのか不安になった。
「飲む?」
「はい」
アマラさんはカップを二つ用意してお茶を注いだ。
緑色の粉末を加える。
「それ、なんですか?」
テーブルに近づき、ロイが聞く。
「魔素を多く含んだ葉っぱの粉よ。修行に備えてね」
お茶は緑色に染まっている。
透き通った緑色。
六人がけのテーブルに座った。
ネズミが三匹いる。
ぼくはカップを口に運ぶ。
「⋯⋯お、美味しいです」
「うそね」
ばれた。
「ロイ、どう?」
「? 普通に飲めるけど」
味覚が無いのか。お前は。
異常に苦かった。
庭によくいる臭い虫を噛み砕いたらこんな感じなんだろうな、という味だった。
喉が締め付けられている気分になる。
「これからは毎日飲むの」
「え」
「すぐ慣れるわ」
本当だろうか。
一杯なら、いけるかな。
「一日三杯ね」
‐‐‐
朝、昼は魔術の訓練、夜は仕事だ。
今は館の庭にいる。
度々葉っぱ一丁の男たちがウロウロしていてやりにくい。
「この修行の目標は一つよ」
「はい」
ぼくらは言った。
「『活性化』、それを習得すること」
「なんですか? それ」
ロイが言った。
「体中に満ちている魔素の流れを速めること。
あくまで感覚的な話だけど」
魔術とは、体中に流れている魔素を水や土に変化させている、というのは先生からも習った。
「これを習うのは魔術大学へと進んでからだから、ちょっと難しいけどね」
「どのくらいかかるんですか?」
ぼくは聞く。
「うーん⋯⋯大学で教わるなら一年、私なら三ヶ月、というところかしら。
あなたたちの素養にもよるけど」
「結構⋯⋯かかりますね」
「焦りは禁物。空の書は逃げないわ」
大丈夫だろうか。
ぼくらが見つける前に誰かに先を越されてしまったら⋯⋯。
「そもそもね、魔族の村の辺りは強い魔物がウジャウジャいるの。
あなたたち程度じゃひき肉になっておしまいよ」
ひき肉⋯⋯それは嫌だ。
頑張ろう。
「俺はいけるよ」
ロイが言った。
「ひき肉」
怖い声だった。
この人には逆らえない。
「じゃあまずは、あなたたちの得意分野を見ましょうか」
そう言うと、アマラさんはぼくの方に近づいてきた。
目の前に立つ。
顔が近づく。
赤い髪が顔に触れる。
彼女の息遣いが、ぼくの耳を赤く染める。
おでことおでこが触れた。
「ちょ⋯⋯」
そういうのはまだ心の準備が⋯⋯!!
「あなた、すごい陰ね」
「へ?」
「びっくりするくらい陰だわ」
らしい。
アマラさんはぼくから離れる。
「どういう意味ですか?」
「魔術には陰と陽があるの。
基本的にはどっちの要素も持っているものだけど、あなたはびっくりするくらい陰だわ」
「それって、良いことなんですか?」
「良いも悪いもないわ。適性の話だから」
よかった。
才能なし、って言われたら落ち込むところだった。
「⋯⋯っていうかあなた、臭いわね」
それは関係ないでしょう!!
ぼくは体を臭う。
「体臭の話じゃないわ。
何ていうか⋯⋯あまりに陰過ぎるのもあるけど⋯⋯それ以上に変な匂いがするの」
「それは⋯⋯良いことなんですか?」
「さあ」
才能なし、ですか?
「何か変わったことはなかった? 最近」
「そうですね⋯⋯」
何かあっただろうか。
うーん。
そうだ。
あの事件の日⋯⋯。
「⋯⋯何回か、不気味な声のようなものが頭に鳴った⋯⋯ことはあります⋯⋯」
「それね」
「何なんでしょうか?」
「さあ、分からない。一応気にしてたほうが良いわね」
はあ。
気にするかあ。
何なんだろう。
今度は、アマラさんはロイの方に近づいた。
「あなたは⋯⋯びっくりするぐらい陽ね」
ぼくと真逆だ。
というか、あんなに顔が近づいているのに平然としてやがる。
「へえ」
ロイは興味が無さそうだ。
「魔術の訓練だけど、あなたも関係あるのよ。
活性化を習得すれば、身体強化の魔術も使えるんだから」
ロイの目が輝いた。
「早くやろう!!」
「お願いします、アマラさん」
ぼくらは言う。
「ええ。学校じゃ教わらないこと、教えてあげる♡」
‐‐‐
訓練が始まった。
まずは庭をひたすら走る。
これは先生にもやらされた。
何周も何周も走ると、次第に体が軽くなってくるから不思議だ。
アマラさんによれば、人間は呼吸によって魔素を体に取り込んでいるらしい。
これに関して巷では知られていないそうだが、魔女さんレベルになると感覚で分かるんだとか。
あとロイの体力が無尽蔵すぎてムカついた。
アマラさんもお手本に走っていたが、一日中走るので退屈だった。
次にひたすら瞑想。
呼吸に意識を向ける。
まずは十分から。
ロイは二秒で脱落していた。
ほくそ笑む。
アマラさんは一日中動かないので退屈だった。
それ以外は個別の魔術の練習だ。
これをひたすら繰り返し、二週間が経った。
長距離走は倍ぐらいに距離が伸びた。
瞑想中に体が熱くなるのを感じた。
一ヶ月。
距離は伸び悩む。
瞑想もあまり変わらない。
二ヶ月。
伸び悩む。
瞑想中に体が湧き上がる感覚を覚える。
三ヶ月。
かすかな活性化の影響で、距離が更に倍になった。ロイはその更に倍。
瞑想は二時間を超える。ロイは半分。
「かなり上達してきたわね」
四ヶ月。
あれ? 三ヶ月って言ってたような⋯⋯。
「アマラさん」
「ん、まあ誤差ね」
「そうですか」
「とりあえずは、二人とも習得した、ということで良いんじゃないかしら」
「本当ですか!?」
ぼくらはお互いの手を合わせた。
「ロイも全然動かなくなったもんな」
「うん、ムズムズする感覚は消えたよ」
自信満々にロイは言った。
最初は酷かったけど。
暴れ出すかと思ったくらい。
「じゃあ、実践に行きましょうか」
アマラさんがそう言った、そのときだった。
灰色のローブを着た魔術師が、ぼくらの前に現れたのは。




