第24話 「旅」
南門から王都を出た。
街道沿いに複数の人が集まっている。
青と白の服を着た人たち、剣や杖を持っている人たち。
ロイが声をかける。
「こんにちは!」
彼らはこちらを向いて答える。
「ああ、君たちか。フランソワが言っていたのは」
「はい」
この方たちは南の都市に向かう巡礼団だ。
愛の魔女は南のとある場所に住んでいるらしく、途中まで付いて行かせてもらえることになった。
「どうぞ」
ぼくはトカゲから降り、先生からもらったお金を渡す。
「あいよ」
団の長と思しき男は言った。
少し皺の入った初老の男性で、肩に青い線が入った真っ白い服を着ている。
「私はアラン、よろしくね」
「ハルです。よろしくお願いします」
「ロイです。よろしくお願いします」
他の人達ともそれぞれ挨拶をした。
みんな良い人そうだった。
「なんか、ワクワクするね」
ロイが言った。
「うん、旅って感じだ」
ぼくは言った。
「それで、そのトカゲみたいなデカい生き物はなんだ?」
「トカゲです!!」
自信満々にロイは言う。
「そ、そうか⋯⋯まあいい。
あと少しで出発するから頼むよ」
「はい」
数十分ほど経った。
巡礼団は整えられた一つの集団となり、南の街道を進む。
ぼくらはトカゲに乗り、列の真ん中、馬車の後ろにつく。
ガラガラと鳴る車輪の音が心地よかった。
「どんなところなんだろうね、愛の魔女の館」
ロイは言う。
「さあ、先生の反応は怖かったけど」
「魔女ってどんな人なんだろう」
「さあ、仲良くなれるか心配」
「大丈夫だって!」
相変わらず元気の良いロイがいると、旅も順調に進んでいくように思えた。
魔女のことは、ちょっと心配だったけど。
‐‐‐
二、三週間ほど経った。
港湾都市シムーンにたどり着く。
とんでもない人だかり。
色んな言葉が聞こえてくる。
ぼくらはトカゲから降り、歩いて進んだ。
人混みに埋もれてしまいそう。
開けた場所に出た。
口もあんぐりと開く。
「おお⋯⋯!!」
ロイが感嘆の声を上げた。
目の前に広がる青い大地。
海だ。
初めて見た。
こんなにも広いのか。
太陽を受けてキラキラ輝き、まるで生きているようにうねりを繰り返している。
いくつもの船が浮いていて、活気の良い男たちの声が響く。
風が体に触れる。
「どうだね、海は」
アランさんが言った。
「すごいです!!」
ロイが言った。
ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「行きたい!!」
「後でね」
ロイは落ち着かないようで、それを見ているぼくも同じような気持ちになってしまった。
どんな触り心地がするんだろう。
海って、どんな味がするんだろう。
見渡せないほど、世界は広い。
‐‐‐
巡礼者が使用する宿泊施設に入った。
食堂が併設されていて、多くの人で賑わっている。
今夜はここに泊まる。
そしてアランさんたちとはお別れだ。
シムーンから西に行ったすぐ近くに愛の魔女の館はあるらしい。
あと少しだ。
「それで、あの魔女と会うんだって?」
食堂でみなさんと夕食を食べているとき、アランさんは言った。
「そうです」
ロイが言った。
他の巡礼者の方たちは面白そうにこちらを見ている。
「いやあ、子どもが行くなんて初めて聞いたよ」
「そうなんですか?」
「まあ、大人でも正気なら行かんがね」
アマラさんは大声を上げて笑った。
他の皆も笑っている。
「⋯⋯そんなおかしな人なんですか?」
ぼくは言った。
「行けば分かるさ」
「はあ」
「フランソワの伝手なら大丈夫さ。
酷いことされる訳じゃあるまいしね」
みんなニヤニヤとした表情でこちらを見ている。
何なんだよ。
それから見たこともないような焼き魚をたらふく食べ、もやもやを吹き飛ばした。
美味しかった。
‐‐‐
翌日。
アランさんたちと別れのとき。
「ありがとうございました」
ぼくらは言った。
「こちらこそだよ。道中、危なかったらすぐ引き返すように」
「はい」
「最後に、決して魔女に呑まれるな」
アランさんは言った。
「⋯⋯はい」
呑まれる?
「それでは、魔神様のご加護を」
巡礼団のみなさんは両手を組み、祈ってくれた。
「ありがとうございました!」
と返し、魔女の住処へと向かった。
シムーンを西に抜けると、きれいな街道が現れた。
結構使われているらしい。
両側には森が広がっていて、鳥のさえずりが聞こえる。
ここは魔物も出ないらしいし、比較的安全だそうだ。
もし何かがあっても、ぼくもロイもこれまで鍛えてきたんだ。
それになによりトカゲがいる。
頼んだぞ。
ぼくは頭を撫でると、トカゲは小さな翼をパタパタさせた。
「ロイ、警戒を怠るなよ」
「うん、分かってる、ハルこそ」
よし、大丈夫だ。
今のぼくたちならいける。
大人がいないせいか、気分もなんだか上がってきた。
最高潮だ。
そのとき、道の端に何かが見えた。
「ん?」
肌色のなにか。
人間くらいの大きさで⋯⋯。
「人!?」
倒れている。
ぼくらはトカゲから降り、駆け寄った。
ほとんど全裸みたいな格好で男がうつ伏せになっていた。
葉っぱで出来たパンツのようなものをかろうじて穿いている。
「ロイ、この人⋯⋯」
「いや、生きてる」
かすかに呼吸の音が聞こえる。
「大丈夫ですかーーーーーーー!!!!!」
ロイが耳元で叫んだ。
そんな適当な。
そうだ、治癒魔術を⋯⋯。
男はビクッとした。
「⋯⋯お?」
ぼくは顔を覗き込む。
口がゆっくりと動いている。
「ア⋯⋯ア⋯⋯ア⋯⋯ア⋯⋯」
なんだ?
なにか言っている。
上手く聞こえない。
ロイの方を見る。
「アマラァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
男は叫んだ。
「うわあ!」
ぼくはとびのく。
ロイは剣に手を添える。
「⋯⋯アマラぁぁ」
再び床に突っ伏し、それからすすり泣く音が聞こえた。
拳を地面に押し付け、頭をガンガン打ち付けている。
大丈夫な人なのか?
治癒魔術、かけないほうがいいんじゃないだろうか?
いや、でも⋯⋯。
頭やばそうだし⋯⋯。
男は立ち上がる。
「ひ!」
ぼくは声を上げる。
チラリともこちらを見ず、男はシムーンの方へ走っていった。
『アマラアマラアマラアマラアマラアマラアマラアマラアマラ』と、
唱えながら。
「だい、じょうぶだったのかな⋯⋯?」
ロイは言う。
「た、たぶん」
ぼくは言う。
うん、元気そうだったし、だいじょぶ。
「行こうか」
アマラという魔女の存在に恐怖を覚えたけど、もう引き返すことも出来ないので進むことにした。
巡礼団の人も止めなかったし。
だいじょぶ、な、はず⋯⋯。
‐‐‐
「ここかな」
途中で『これより先、魔女の館』という看板を見つけ、その分かれ道を進むと、大きな館が見えてきた。
真っ黒い三階建ての大きな館で、屋根にはたくさんの鳥が止まっている。
入口には薄赤色の大きな門があった。
「ぽいね」
門に近づくと、『魔女の館 どなたでも歓迎いたします』と書いてある木で出来た看板があった。
「行こう、ハル」
少し足がすくんだけど、ぼくは何とか前に進んだ。
「よし」
門を通ったそのとき、玄関から人が出てきた。
というより、集団、三十人ほどの男たち。
彼らはほとんど全裸みたいな格好で、葉っぱで出来たパンツをかろうじて穿いている。
て、何か見覚えがあるような。
男たちは玄関の前で整列をした。
見事なものだった。
五人ずつの列をつくり、美しい四角形を形作っている。
玄関から女性が出てきた。
薄赤色の長い髪に、胸元の空いた黒いローブを着ている。
目が合った。
彼女は『ん?』と首をかしげると、こちらに歩いてきた。
「絶対そうだ」
「うん、間違いないよ」
小声で言う。
さらに、ゆっくりと、女性はこちらに歩み寄る。
まるで王女様かと思うほど所作は美しく、自分が今、その人の目の前に立っているのだということを一瞬、忘れさせた。
「どうしたの? 坊やたち」
艷やかな、少し低い声。
赤い髪は風になびく。
美しかった。
芸術とは、この人のことだと思った。
「⋯⋯愛の魔女さんに会いに来たんです」
ロイは平然と言った。
「へえ、私がそうよ。珍しいわね。子どもが来るなんて」
女神のような微笑み。
「歓迎するわ。ようこそ」
「アマラの結婚相談所へ」




