第23話 「決意」
静まり返っている。
誰も言葉を発さない。
いや、発せなかった。
あの男の圧勝。
ロイもレイナも喋らない。
ぽかんとしている。
「チッ」
「行こうぜ」
「ああ」
「しょうもねえ」
人混みは薄れていった。
恨み言を吐きながらも、その目はどこか、焦点が定まっていないようだった。
まばらにしか広場に人がいなくなった。
だが、熱はいまだにここにある。
一日では消えないほどに。
「帰ろう」
ぼくは言った。
「うん」
ロイは言った。
太陽は、ギラギラと眩しく輝いていた。
—
「空の書、か」
先生は言った。
ぼくらは帰るなり部屋に行き、今日あったことを全て話した。
公爵のことに関しては、先生は本当に申し訳なくしていて、ひたすらに謝られた。
でも、そんなことはどうでもいい。
「知っていますか?」
ぼくは言う。
「⋯⋯いや⋯⋯知らないね。
魔術のことに関しては帝国が最前線にいるから。
正直私は全く追いつけてないよ」
「先生にも知らないことがあるんですね」
「はは。当たり前さ」
先生は笑った。
「それで、場所は魔族の村か」
「はい、こっちに関しては?」
「もちろん知っている。
人間を寄せ付けない排他的な村でね。
そもそも入れるのかどうかすら分からない」
難問だ。
「それでも、行くのかね?」
「はい。大学で学ぶのもいいかもと思ったんですけど、ロイが『今からいく』ってうるさいので⋯⋯それに」
「ぼくも待ってられないんです」
「そうだね。それがいい」
いろんなことがあった。
それらは嵐のように過ぎていき、手のひらからするりと落ちて、考えることを許してはくれなかった。
いや、考えないでいたんだ。
言われた通りに生きてきて、解放されて、それでもぼくは、路上の花のように震えている。
自由の味は、コーヒーのように苦かった。
「ロイくんも故郷のことは良いのかね?」
「はい!」
ロイは言った。
「⋯⋯大人として言いたいことがあるが、君は言っても聞かないからな」
「はい!」
ロイは言った。
「一つだけ。君はもっと人を大切にしろ。
あとで気づいても遅いからね」
「はい」
分かったような分からないような、そんな顔だ。
「でも、村に入れないのであればどうしようもないですね」
ぼくは言った。
「そうだね⋯⋯」
先生は斜め上を見る。
「であればだ。誰かを頼るしかない」
「またですか?」
嫌な予感しかない。
「そう嫌な顔をするな。
⋯⋯まあ、兄のことは申し訳なかった。
ただ今回は大丈夫だ」
「本当ですか?」
「たぶん」
「ほら!!」
また罵倒されるのか。
絶対嫌だ。
「⋯⋯いや、まず間違いなく酷いことはされない。
それは保証する。罵倒も暴力もね。
心根は優しい女だから」
「女性⋯⋯何者なんですか?」
「アマラ・フィデリア。世間では彼女をこう呼ぶ」
「愛の魔女」
—
「魔女⋯⋯て、あの?」
ぼくは言う。
「なにそれ?」
ロイは言う。
「特異な魔術を操る者のことだよ。
ぼくも詳しくは知らないけど、確か、六人いるとか。
存在するのか疑問だったけど、本当にいるんですね」
昔の授業でちょっと聞いた気がする。
『そんな人たちがどうやらいるらしい』って。
あの先生も絶対わかってなかったな。
「よく知っているね。そうだ。
愛の魔術、嵐の魔術、記憶の魔術、
光の魔術、鏡の魔術、力の魔術。
男なら賢者、女なら魔女と、使い手をそう呼ぶ」
どんな魔術なんだろう。
使ってみたいなあ。
「そんなすごい人に会えるんですね」
「ま、まあね」
先生は顔を背ける。
「で! どんな人なんですか???」
「そうだね⋯⋯」
斜め上を見る。
「まあ、あれだ。あまり『君たち』には会わせたくないというか」
「はあ」
「しかしだ! 奴ならきっと何か知っているはず!
ずいぶんと長いこと生きているからね!
唯一の手がかりだ!」
「はあ」
先生の言うこと、信じるしかないか。
「大丈夫だよ、ハル」
ロイが言った。
「なんで?」
「悪いやつなら俺がやってやるから!」
だめだ。誰も信用できない。
「ロイくん、絶対に逆らってはだめだ。
恐ろしいことになる」
先生は怖い顔で言った。
「え」
ロイはぽかんとしている。
「とにかくだ。兄とは違うから安心してくれ。
私のことを言えばきっと良くしてくれるだろう」
「わかりました、一旦、認めます」
こうして、話し合いは終わった。
—
夕方、レイナの部屋にぼくはいた。
「行っちゃうんだね」
レイナを連れて行くわけにはいかなかった。
「⋯⋯ちゃんと戻ってきてね、無事に」
「うん、絶対に」
レイナには、大切なことを教わった。
ぼく一人ではたどり着けなかったこと。
「レイナも、無事でいてね」
「うん、絶対に」
彼女の力の込もった声に、胸が苦しくなった。
押しつぶされそうだった。
沈黙は流れ⋯⋯。
「お守り」
「え?」
「お守り」
レイナはそう言うと、何か、四角い白い塊をこちらに渡してきた。
少し柔らかくて、一方の側面がちぎられたようにギザギザしており、ネックレスのような紐がついていた。
裏面には、たどたどしく『レイナ』という文字が書かれている。
「トウキョウでは、これがお守りとして使われるの?」
「うん、旅立つ人に渡すの」
「へえ、ありがとう。大切にする」
「これも」
今度はぼくに渡したのとほとんど同じようなものを差し出した。
「これは?」
「ハルくんの名前を書いて」
言われたとおりに、お守りの裏面に自分の名前を書いた。
「これは私が持っておくの。そういう決まりだから」
「へえ、そうなんだ。面白いね」
「なくさないでよ?」
「なくさないよ」
ぼくらは、それぞれ自分のお守りの紐に首を通した。
「おそろいだね」
「おそろいだ」
うれしかった。
「レイナは、これからどうするの?」
「そうだね⋯⋯元の世界に戻ることは一旦やめにする。
どうすればいいのか検討もつかないし」
「⋯⋯そうだね」
「でも、そのかわりに夢ができたよ。
そのために先生のもとでもっと勉強して、帝国魔術大学に入りたい」
きっぱりと、そう言った。
強い目だった。
「そっか」
「うん、頑張ろうね、お互いに」
夜が更けてきた。
「そろそろ寝るよ、朝早くに立つから」
「うん、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
—
朝、庭の門の前。
相変わらず何の装飾もなく無骨だ。
そこがいい。
隣にはロイ、そしてトカゲがいる。
トカゲはぼくたちの護衛をしてくれるらしい。
頼もしいな。
が、そんなことよりも。
「でかくない?」
ぼくは声を上げた。
トカゲは大人よりも頭一つ抜けるくらいに大きくなっていた。
前は膝くらいだったのに。
「成長期みたいだからね。そういうもんさ」
先生は言った。
そういうもんなんだろうか。
クーとトカゲは鳴いた。
小さい羽をパタパタさせている。
「じゃあ君たち、元気でね」
「はい、先生も」
ぼくは言った。
「また剣のこと、教えてください」
ロイは言った。
「ああ、きっとね」
先生は、風のように笑う。
「そうだ、これを」
そう言うと、先生は何かを差し出した。
「これは⋯⋯」
剣と杖だ。
「いいんですか? こんなもの⋯⋯」
「ああ、記念さ。二つとも貴重な魔石で作られている。
大事に使ってくれ」
「ありがとうございます!」
ぼくらは言った。
素晴らしいものだった。
水色の魔石が埋め込まれた小ぶりな杖。
しかし、感じる魔力はとても大きい。
本当に先生には、感謝してばかりだ。
「ハルくん、ロイくん、また会おうね」
「うん」
ぼくらは言った。
「私、ずっと祈ってるから」
レイナは泣いていた。
光を受けて煌めいて、宝石のような涙だった。
別れは辛い。
でも、きっとまた会える。
ぼくらはトカゲに乗った。
重い荷物を背負って。
門を出た。
空は晴れ。
なのに雨粒が、膝に落ちた。
第3章 決意編 終




