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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第3章 決意編

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第23話 「決意」

 静まり返っている。

 誰も言葉を発さない。

 いや、発せなかった。

 あの男の圧勝。


 ロイもレイナも喋らない。

 ぽかんとしている。


「チッ」

「行こうぜ」

「ああ」

「しょうもねえ」


 人混みは薄れていった。

 恨み言を吐きながらも、その目はどこか、焦点が定まっていないようだった。

 

 まばらにしか広場に人がいなくなった。

 だが、熱はいまだにここにある。

 一日では消えないほどに。


「帰ろう」


 ぼくは言った。


「うん」


 ロイは言った。


 太陽は、ギラギラと眩しく輝いていた。





「空の書、か」


 先生は言った。


 ぼくらは帰るなり部屋に行き、今日あったことを全て話した。

 公爵のことに関しては、先生は本当に申し訳なくしていて、ひたすらに謝られた。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。


「知っていますか?」


 ぼくは言う。


「⋯⋯いや⋯⋯知らないね。

 魔術のことに関しては帝国が最前線にいるから。

 正直私は全く追いつけてないよ」

「先生にも知らないことがあるんですね」

「はは。当たり前さ」


 先生は笑った。


「それで、場所は魔族の村か」

「はい、こっちに関しては?」

「もちろん知っている。

 人間を寄せ付けない排他的な村でね。

 そもそも入れるのかどうかすら分からない」


 難問だ。


「それでも、行くのかね?」

「はい。大学で学ぶのもいいかもと思ったんですけど、ロイが『今からいく』ってうるさいので⋯⋯それに」


「ぼくも待ってられないんです」


「そうだね。それがいい」


 いろんなことがあった。


 それらは嵐のように過ぎていき、手のひらからするりと落ちて、考えることを許してはくれなかった。

 いや、考えないでいたんだ。

 言われた通りに生きてきて、解放されて、それでもぼくは、路上の花のように震えている。


 自由の味は、コーヒーのように苦かった。


「ロイくんも故郷のことは良いのかね?」

「はい!」


 ロイは言った。


「⋯⋯大人として言いたいことがあるが、君は言っても聞かないからな」

「はい!」


 ロイは言った。


「一つだけ。君はもっと人を大切にしろ。

 あとで気づいても遅いからね」

「はい」


 分かったような分からないような、そんな顔だ。


「でも、村に入れないのであればどうしようもないですね」


 ぼくは言った。


「そうだね⋯⋯」


 先生は斜め上を見る。


「であればだ。誰かを頼るしかない」

「またですか?」


 嫌な予感しかない。


「そう嫌な顔をするな。

 ⋯⋯まあ、兄のことは申し訳なかった。

 ただ今回は大丈夫だ」

「本当ですか?」

「たぶん」

「ほら!!」


 また罵倒されるのか。 

 絶対嫌だ。


「⋯⋯いや、まず間違いなく酷いことはされない。 

 それは保証する。罵倒も暴力もね。

 心根は優しい女だから」

「女性⋯⋯何者なんですか?」

「アマラ・フィデリア。世間では彼女をこう呼ぶ」


「愛の魔女」





「魔女⋯⋯て、あの?」


 ぼくは言う。


「なにそれ?」


 ロイは言う。


「特異な魔術を操る者のことだよ。

 ぼくも詳しくは知らないけど、確か、六人いるとか。

 存在するのか疑問だったけど、本当にいるんですね」


 昔の授業でちょっと聞いた気がする。

 『そんな人たちがどうやらいるらしい』って。

 あの先生も絶対わかってなかったな。


「よく知っているね。そうだ。

 愛の魔術、嵐の魔術、記憶の魔術、

 光の魔術、鏡の魔術、力の魔術。

 男なら賢者、女なら魔女と、使い手をそう呼ぶ」


 どんな魔術なんだろう。

 使ってみたいなあ。


「そんなすごい人に会えるんですね」

「ま、まあね」


 先生は顔を背ける。


「で! どんな人なんですか???」

「そうだね⋯⋯」


 斜め上を見る。


「まあ、あれだ。あまり『君たち』には会わせたくないというか」

「はあ」

「しかしだ! 奴ならきっと何か知っているはず!

 ずいぶんと長いこと生きているからね!

 唯一の手がかりだ!」

「はあ」


 先生の言うこと、信じるしかないか。


「大丈夫だよ、ハル」


 ロイが言った。


「なんで?」

「悪いやつなら俺がやってやるから!」


 だめだ。誰も信用できない。


「ロイくん、絶対に逆らってはだめだ。

 恐ろしいことになる」


 先生は怖い顔で言った。


「え」


 ロイはぽかんとしている。


「とにかくだ。兄とは違うから安心してくれ。

 私のことを言えばきっと良くしてくれるだろう」

「わかりました、一旦、認めます」


 こうして、話し合いは終わった。





 夕方、レイナの部屋にぼくはいた。


「行っちゃうんだね」


 レイナを連れて行くわけにはいかなかった。

 

「⋯⋯ちゃんと戻ってきてね、無事に」

「うん、絶対に」


 レイナには、大切なことを教わった。

 ぼく一人ではたどり着けなかったこと。


「レイナも、無事でいてね」

「うん、絶対に」


 彼女の力の込もった声に、胸が苦しくなった。

 押しつぶされそうだった。


 沈黙は流れ⋯⋯。


「お守り」

「え?」

「お守り」


 レイナはそう言うと、何か、四角い白い塊をこちらに渡してきた。

 少し柔らかくて、一方の側面がちぎられたようにギザギザしており、ネックレスのような紐がついていた。

 裏面には、たどたどしく『レイナ』という文字が書かれている。


「トウキョウでは、これがお守りとして使われるの?」

「うん、旅立つ人に渡すの」

「へえ、ありがとう。大切にする」

「これも」


 今度はぼくに渡したのとほとんど同じようなものを差し出した。


「これは?」

「ハルくんの名前を書いて」


 言われたとおりに、お守りの裏面に自分の名前を書いた。


「これは私が持っておくの。そういう決まりだから」

「へえ、そうなんだ。面白いね」

「なくさないでよ?」

「なくさないよ」


 ぼくらは、それぞれ自分のお守りの紐に首を通した。


「おそろいだね」

「おそろいだ」


 うれしかった。


「レイナは、これからどうするの?」

「そうだね⋯⋯元の世界に戻ることは一旦やめにする。

 どうすればいいのか検討もつかないし」

「⋯⋯そうだね」

「でも、そのかわりに夢ができたよ。

 そのために先生のもとでもっと勉強して、帝国魔術大学に入りたい」


 きっぱりと、そう言った。

 強い目だった。


「そっか」

「うん、頑張ろうね、お互いに」


 夜が更けてきた。

 

「そろそろ寝るよ、朝早くに立つから」

「うん、じゃあおやすみ」


「おやすみ」





 朝、庭の門の前。

 相変わらず何の装飾もなく無骨だ。

 そこがいい。


 隣にはロイ、そしてトカゲがいる。

 トカゲはぼくたちの護衛をしてくれるらしい。

 頼もしいな。


 が、そんなことよりも。


「でかくない?」


 ぼくは声を上げた。


 トカゲは大人よりも頭一つ抜けるくらいに大きくなっていた。

 前は膝くらいだったのに。


「成長期みたいだからね。そういうもんさ」


 先生は言った。

 そういうもんなんだろうか。


 クーとトカゲは鳴いた。

 小さい羽をパタパタさせている。


「じゃあ君たち、元気でね」

「はい、先生も」


 ぼくは言った。


「また剣のこと、教えてください」


 ロイは言った。


「ああ、きっとね」


 先生は、風のように笑う。


「そうだ、これを」


 そう言うと、先生は何かを差し出した。


「これは⋯⋯」


 剣と杖だ。


「いいんですか? こんなもの⋯⋯」

「ああ、記念さ。二つとも貴重な魔石で作られている。

 大事に使ってくれ」

「ありがとうございます!」


 ぼくらは言った。


 素晴らしいものだった。

 水色の魔石が埋め込まれた小ぶりな杖。

 しかし、感じる魔力はとても大きい。

 

 本当に先生には、感謝してばかりだ。


「ハルくん、ロイくん、また会おうね」

「うん」


 ぼくらは言った。


「私、ずっと祈ってるから」


 レイナは泣いていた。

 光を受けて煌めいて、宝石のような涙だった。


 別れは辛い。 

 でも、きっとまた会える。


 ぼくらはトカゲに乗った。

 重い荷物を背負って。


 門を出た。

 空は晴れ。


 なのに雨粒が、膝に落ちた。

 第3章 決意編 終

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