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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第3章 決意編

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第22話 「何のために生きている」

『世界に神はいない。あるのは魔術だけだ』


    ──サラディン・シール『魔術物理学の神』より

 帰りは静かだった。

 空に届くような純白の城も、豪勢な街並みも、僕らの目を再び奪うことはなかった。

 みんながどこかを見ていた。


 下を向いて考える。

 自分の心を鎮める方法を、必死になって考える。

 それは内側にあるのか、外側にあるのかは分からない。

 ただ『探す』ということ自体が大切なことだと思った。

  

 もともと閑静なこの街も、僕にとってはうるさくて、実際、この沈黙を誰かに邪魔されるのは本当に嫌だった。

 これは反発だ。

 無言で抵抗するように、この街と、そこに存在する唾棄すべき人間たち全てに対する反発だ。

 力のない者の反発だ。

 

 でもだからこそ、そんな自分が嫌になる。

 こんなことでしか抗えない自分が嫌になる。


 結局それも心の中だけだ。

 なら、僕は何に抗っているのだろう。 

 現実の世界と頭の世界。

 この二つが全く異なるものだとしたら、今こうしていることになんの意味がある?

 なぜ抗う。

 誰に抗う。


 それは、自分なのかもしれない。


 徹底的に無力な自分、そんな自分のどうしようもなさに抗っているのかもしれない。

 きっと僕の体の中には弱い自分がたくさんいて、彼らが狭い領地を取り合っているのだ。

 それは誰かのためじゃなく、自分のためだ。

 自分の心を守るためだ。

 

 つまり無駄に豪奢な建物も、華美なドレスも銅像も、自分を守る鎧なんだ。

 

 僕は力が欲しい。

 大切な人を守れる力が。

 大切な人を守れる自分を守れる力が。

  

 二度と、こんな思いをしないように。



---



 ぼくたちは外区の中央広場まで行くことにした。

 前祭があった場所だ。


 珍しく、レイナが行こうと言ったのだ。

 落ち込んだぼくたちを気遣ってくれたのかもしれない。

 

 広場に着いても相変わらず会話はなかった。

 僕らは自然と、その心を晴らすかのように広場の中心に進んだ。


 そこには歌や踊りなど、見世物をする人が所狭しと並んでいた。

 良いものも悪いものも全て一緒くたになって、平等な世界を作っていた。

 思い思いのことを披露し、観る方も自分の感覚だけを頼っている。

 僕にはそれが、なんとも心地の良いものに思えた。

 

 広場の中心を過ぎた。

 隣を歩いているロイがこちらを見る。 


 しかし、僕はふと、後ろを振り返る。


 雑多な人が行き来する中心、一人だけ、立ち止まっている男がいた。

 僕からは体の前面が見える。

 何か見世物だろうか、とも思ったけど、中心でやる人はいない。

 邪魔になるからやってはいけない。

 

 男は辺りを見回す。

 両足を左右に開く。

 地面がせり上がる。


 群衆はいつも通り、広場を歩くだけ。

 ぼく以外、誰も気づいていない。


 男は右手を空にかざした。

 微かに光る。


 空が爆裂した。



---



 体がバラバラになるほどの音が響く。

 空間は静止。

 

 その後、慌ただしいほどの運動を始めた。


「逃げろ!!!!!!!」

「なんだなんだ????」

「知らねえよ!!!!!」

「押すなって!!!!!」

「きゃああああああああ!!!!!!!」

「うるせえ!!! 早くしろ!!!!」

 

 爆発の襲撃を受けた何百という民衆は、あわや暴動を起こすほどだった。

   

 僕はいまだ動けない。


「ウゥゥルセェェェェェェ!!!!!!!!!」


 その場の叫喚を全て呑み込むほどの、男の豪声が響いた。

 野太く、力強い声だった。


 辺りは一斉に振り返る。

 広場の中心。


「はァ⋯⋯やっとこっち向きやがった⋯⋯少しやりすぎたか? まあいい」


 先ほどの男がいた。

 数時間前に会ったあの男。

 突き上がった台に乗り、群衆を見渡している。

 

 両手を広げ、叫んだ。


「よォォく聞けェ!! 地上にへばりつく愚民ども!!

 つまんねェ人生にしがみつく愚民ども!!

 今から俺は!!!!」


「人類の夢を語る」


 空を見据え、そう言った。 



---



 静まり返る。

 誰の声も聞こえない。


 何が起こったのか分からない。

 何を言っているのか分からない。

 ただ、男を見つめるしかなかった。


 口を開く。


「数十年に渡り、ある調査が帝国で行われた」


 その場にいる全員、男がいきなり何を言い出したのか分からず、唖然としていた。

 ただその言葉には独特の魅力があった。


「それは度々報告される、空から降ってきたとされる物体の調査。

 何かは分からない。そもそも、それが一つの物体であるという証拠もない。

 破片かも知れないし部品かもしれない。

 ただ、根気強く調査は行われ、ついに一歩近づいた」


「空の書」


「それは古文書の解読により明らかになった、とある魔術を記した三つの書の一つ。

 その魔術を使えば空へと行けるらしい。

 魔族の村レイモール、そこにあるとかないとか⋯⋯」


 男は続ける。


「そして一年半ほど前、クラリス領のとある街。

 突然、城が街を呑み込んだ。突然。

 すぐさま調査隊が派遣され、王都からも増援され、そして、隊は滅びた⋯⋯。

 一部の人間は叫んださ。

 『神の怒りだ!! 鉄槌だ!!』と」


「バカヤロウ。

 そんなものはありゃしねェ。全てのことには理由がある。根拠がある。

 その証拠に、その『鉄槌』はついに解明された」


「魔素異常症」


「それは、体内に許容できないほどの魔素を体に溜め込み起こる病気だ。

 症例は少ないが、稀に報告されている。

 もう一度言う、鉄槌でも呪いでもねェ、『病気』だ」


 そう言うと、男は息を吸い込んだ。


「そして!!

 『異常なほど濃い魔素』とは何を意味するか!

 魔素とは太陽の恵みである!

 高地ほど強く! 濃い!! つまり!!!」


「城は空から降ってきた」


 止まらない。


「だから目指す!! 前人未到の天空を!!

 必ずある!! 何かは知らねェ!!

 未知のものがあるはずだ!!!

 だが金がいる! 物がいる!! 人がいる!!!」


「だからここへやって来た!!!

 天才じゃねェ!? カスでいい!!! 

 行きてェヤツは誰でも来い!!!

 必要なのは情熱だ! 欲望だ! 執念だ!

 それがあるなら誰でもいい!!

 オレは待つ!!!」


「帝国魔術大学で!!!!!」


 圧巻だった。

 驚嘆だった。

 爆発だった。


 心は完全に掴まれた。

 振り払おうと拒んだけど、力はドンドン増してった。

 永遠に抜けない鉄釘を、ズシリと深く埋められた。


 しかし、


「しょうもねえ」

「何が空だ」

「行けるかよ」

「死ね」 


 ほとんどの群衆には刺さっていない。

 そりゃそうだ。

 あまりにも突飛過ぎる。


 だけど、そうじゃない。

 何か、それだけじゃない気がしたんだ。


「そうか。そりゃあ良かった。

 一生地面に這いつくばり、つまんねェ人生送って死ね」


 男は吐き捨てる。


 反論。


「ああ?? 人類の夢?? ふざけるな。

 誰も望んじゃいねえし不可能だ。

 世界はそういう風に出来てんだ。

 ま、ヒゲモジャのお子様には分かんねえだろうがよ」


 ドッと笑いが起こった。

 一度支配した静寂を、今度は自分で塗るかのように。


「はァ⋯⋯救えねェ。貴族も民衆もこのザマだ。

 夢を語る度胸がねェのを世界のせいにするんじゃねェ。

 他人のせいにするんじゃねェ。

 まったくおめェら⋯⋯」


「何のために生きている?」


 その場は、再び男に制圧された。

 誰一人として、抗うものはいなかった。


 男は張り上げる。


「さあ!! 終幕だ!!

 黄金時代の幕開けだ!!

 空の海を漕ぎ出して!!

 必ず頭は天に届く!!

 それじゃあおめェらァ!!!!!」


「神のご加護を」


 男は去っていった。


 僕は、その背中をいつまでも、見つめていた。

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