第22話 「何のために生きている」
『世界に神はいない。あるのは魔術だけだ』
──サラディン・シール『魔術物理学の神』より
帰りは静かだった。
空に届くような純白の城も、豪勢な街並みも、僕らの目を再び奪うことはなかった。
みんながどこかを見ていた。
下を向いて考える。
自分の心を鎮める方法を、必死になって考える。
それは内側にあるのか、外側にあるのかは分からない。
ただ『探す』ということ自体が大切なことだと思った。
もともと閑静なこの街も、僕にとってはうるさくて、実際、この沈黙を誰かに邪魔されるのは本当に嫌だった。
これは反発だ。
無言で抵抗するように、この街と、そこに存在する唾棄すべき人間たち全てに対する反発だ。
力のない者の反発だ。
でもだからこそ、そんな自分が嫌になる。
こんなことでしか抗えない自分が嫌になる。
結局それも心の中だけだ。
なら、僕は何に抗っているのだろう。
現実の世界と頭の世界。
この二つが全く異なるものだとしたら、今こうしていることになんの意味がある?
なぜ抗う。
誰に抗う。
それは、自分なのかもしれない。
徹底的に無力な自分、そんな自分のどうしようもなさに抗っているのかもしれない。
きっと僕の体の中には弱い自分がたくさんいて、彼らが狭い領地を取り合っているのだ。
それは誰かのためじゃなく、自分のためだ。
自分の心を守るためだ。
つまり無駄に豪奢な建物も、華美なドレスも銅像も、自分を守る鎧なんだ。
僕は力が欲しい。
大切な人を守れる力が。
大切な人を守れる自分を守れる力が。
二度と、こんな思いをしないように。
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ぼくたちは外区の中央広場まで行くことにした。
前祭があった場所だ。
珍しく、レイナが行こうと言ったのだ。
落ち込んだぼくたちを気遣ってくれたのかもしれない。
広場に着いても相変わらず会話はなかった。
僕らは自然と、その心を晴らすかのように広場の中心に進んだ。
そこには歌や踊りなど、見世物をする人が所狭しと並んでいた。
良いものも悪いものも全て一緒くたになって、平等な世界を作っていた。
思い思いのことを披露し、観る方も自分の感覚だけを頼っている。
僕にはそれが、なんとも心地の良いものに思えた。
広場の中心を過ぎた。
隣を歩いているロイがこちらを見る。
しかし、僕はふと、後ろを振り返る。
雑多な人が行き来する中心、一人だけ、立ち止まっている男がいた。
僕からは体の前面が見える。
何か見世物だろうか、とも思ったけど、中心でやる人はいない。
邪魔になるからやってはいけない。
男は辺りを見回す。
両足を左右に開く。
地面がせり上がる。
群衆はいつも通り、広場を歩くだけ。
ぼく以外、誰も気づいていない。
男は右手を空にかざした。
微かに光る。
空が爆裂した。
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体がバラバラになるほどの音が響く。
空間は静止。
その後、慌ただしいほどの運動を始めた。
「逃げろ!!!!!!!」
「なんだなんだ????」
「知らねえよ!!!!!」
「押すなって!!!!!」
「きゃああああああああ!!!!!!!」
「うるせえ!!! 早くしろ!!!!」
爆発の襲撃を受けた何百という民衆は、あわや暴動を起こすほどだった。
僕はいまだ動けない。
「ウゥゥルセェェェェェェ!!!!!!!!!」
その場の叫喚を全て呑み込むほどの、男の豪声が響いた。
野太く、力強い声だった。
辺りは一斉に振り返る。
広場の中心。
「はァ⋯⋯やっとこっち向きやがった⋯⋯少しやりすぎたか? まあいい」
先ほどの男がいた。
数時間前に会ったあの男。
突き上がった台に乗り、群衆を見渡している。
両手を広げ、叫んだ。
「よォォく聞けェ!! 地上にへばりつく愚民ども!!
つまんねェ人生にしがみつく愚民ども!!
今から俺は!!!!」
「人類の夢を語る」
空を見据え、そう言った。
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静まり返る。
誰の声も聞こえない。
何が起こったのか分からない。
何を言っているのか分からない。
ただ、男を見つめるしかなかった。
口を開く。
「数十年に渡り、ある調査が帝国で行われた」
その場にいる全員、男がいきなり何を言い出したのか分からず、唖然としていた。
ただその言葉には独特の魅力があった。
「それは度々報告される、空から降ってきたとされる物体の調査。
何かは分からない。そもそも、それが一つの物体であるという証拠もない。
破片かも知れないし部品かもしれない。
ただ、根気強く調査は行われ、ついに一歩近づいた」
「空の書」
「それは古文書の解読により明らかになった、とある魔術を記した三つの書の一つ。
その魔術を使えば空へと行けるらしい。
魔族の村レイモール、そこにあるとかないとか⋯⋯」
男は続ける。
「そして一年半ほど前、クラリス領のとある街。
突然、城が街を呑み込んだ。突然。
すぐさま調査隊が派遣され、王都からも増援され、そして、隊は滅びた⋯⋯。
一部の人間は叫んださ。
『神の怒りだ!! 鉄槌だ!!』と」
「バカヤロウ。
そんなものはありゃしねェ。全てのことには理由がある。根拠がある。
その証拠に、その『鉄槌』はついに解明された」
「魔素異常症」
「それは、体内に許容できないほどの魔素を体に溜め込み起こる病気だ。
症例は少ないが、稀に報告されている。
もう一度言う、鉄槌でも呪いでもねェ、『病気』だ」
そう言うと、男は息を吸い込んだ。
「そして!!
『異常なほど濃い魔素』とは何を意味するか!
魔素とは太陽の恵みである!
高地ほど強く! 濃い!! つまり!!!」
「城は空から降ってきた」
止まらない。
「だから目指す!! 前人未到の天空を!!
必ずある!! 何かは知らねェ!!
未知のものがあるはずだ!!!
だが金がいる! 物がいる!! 人がいる!!!」
「だからここへやって来た!!!
天才じゃねェ!? カスでいい!!!
行きてェヤツは誰でも来い!!!
必要なのは情熱だ! 欲望だ! 執念だ!
それがあるなら誰でもいい!!
オレは待つ!!!」
「帝国魔術大学で!!!!!」
圧巻だった。
驚嘆だった。
爆発だった。
心は完全に掴まれた。
振り払おうと拒んだけど、力はドンドン増してった。
永遠に抜けない鉄釘を、ズシリと深く埋められた。
しかし、
「しょうもねえ」
「何が空だ」
「行けるかよ」
「死ね」
ほとんどの群衆には刺さっていない。
そりゃそうだ。
あまりにも突飛過ぎる。
だけど、そうじゃない。
何か、それだけじゃない気がしたんだ。
「そうか。そりゃあ良かった。
一生地面に這いつくばり、つまんねェ人生送って死ね」
男は吐き捨てる。
反論。
「ああ?? 人類の夢?? ふざけるな。
誰も望んじゃいねえし不可能だ。
世界はそういう風に出来てんだ。
ま、ヒゲモジャのお子様には分かんねえだろうがよ」
ドッと笑いが起こった。
一度支配した静寂を、今度は自分で塗るかのように。
「はァ⋯⋯救えねェ。貴族も民衆もこのザマだ。
夢を語る度胸がねェのを世界のせいにするんじゃねェ。
他人のせいにするんじゃねェ。
まったくおめェら⋯⋯」
「何のために生きている?」
その場は、再び男に制圧された。
誰一人として、抗うものはいなかった。
男は張り上げる。
「さあ!! 終幕だ!!
黄金時代の幕開けだ!!
空の海を漕ぎ出して!!
必ず頭は天に届く!!
それじゃあおめェらァ!!!!!」
「神のご加護を」
男は去っていった。
僕は、その背中をいつまでも、見つめていた。




